7 ソロモン鉄道 ①
マリナに別れの挨拶を告げ、神域から元いた地点へ帰ってきたエイジ。元の世界へ戻ったのを確認すると、胸一杯にアストラスの空気を吸ったのち、麓の工場拠点へと降下する。
「ん……え、あれ?」
違和感を抱く。確かに空から全体を見渡したことは少ないけれど、それでも何かが違うと感じる。
と言っても、それは別に荒廃していたとかいうわけではない。むしろその逆。
「なんか……随分と発展しているような」
今まではなかったはずの施設が建っていたりした。住居も拡大し、活動拠点は拡大している。その代わり、人は以前より減っているようにも感じる。
「ホントに……五日だよな……?」
実はエイジが現場に来なくなってから、二週間近くが経っていた。そのため、報告書に目を通していたとしても、これほどとは思えていなかったということもある。そのことに彼もやや遅れて気付くが、それを加味しても随分と進展しているように感じられた。
驚嘆しつつも、工場地帯の中心、仮設本部前へと着地。
「ベリアル様〜、いらっしゃいますか〜?」
テントの中には、誰もいない。千里眼で効果範囲内を走査するも、やはりいない。
「城に居んのかな」
採掘場にいるかもしれないが、こちらで探すのは諦めて、転移陣へと向かう。
城に到着したら、玉座へと向かう。そこにいなければ円卓へ。そう考えて四階の廊下を歩いていたエイジだが……
「エイジ様⁉︎」
後ろから声が聞こえ、そして紙の落ちる音がする。聞き慣れたその声、彼女だなと思いつつ振り返る。
「ああ、シルヴァ、ただいま」
シルヴァは落とした書類を気にするそぶりも見せず、駆け寄ってくる。
「腕は、もう大丈夫なのですか?」
「ああ、この通りな」
右肩をぐるぐると回す。いつもと変わらぬ調子のエイジを見て、シルヴァも安堵したような顔を浮かべる。しかしそれも一瞬で、すぐさま顔を引き締める。
「あなた様が告げた期日まではまだいくらか猶予がございますが、今は一体何をなされているのですか?」
「ん? まあ……一週間ってのはてきとうに言っただけだし、宰相たるものあまり国を空けるわけにはいかない」
「今更です」
「あはは……その通りだ。それと、ベリアル様たちに手伝ってほしいことがあってね。探しているところだ」
「ベリアル様でしたら……確か本日は玉座の間に。少々お待ち下さい、お供いたします」
先程落とした紙の束を拾い集めると、シルヴァは斜め後ろにぴたりとついてきた。
「では、報告会を始めるぞ」
全員でこそないが、円卓部屋に幹部たちが集まり、ミーティングが始まろうとしていた。どうしてこうなったか。その経緯を説明しよう。
エイジはシルヴァを連れたまま、玉座の間へと向かった。そしてベリアルやエリゴスたちに声をかけて、神界での修行に付き合ってもらうつもりだった。しかし……そのことを提案するより早く、エイジの姿を認めたベリアルは号令をかけ、幹部を集めてしまった。帰ってきたエイジは現状の情報を求めるだろうと思って。こうして修行の相談を持ちかける間も無く、会議が始まってしまったのである。
「まあ、別にいいんんだけどさ……どこまで進んだかは普通に知りたかったし……」
「どうかしたのか?」
「いえ、なんでもありません。ではお願いします」
修行のことを考えて、内心はソワソワしていたが、大人しく席について話を聞くこととする。しかし……席に座って話を聞く側に回るというのは珍しく、やや慣れない。
「では、まずはお嬢、頼みます」
「分かったわ。アンタがいない間に、どこまで進んだか教えてやるわ。まず……はいっ、コレ」
レイエルピナは腰に下げていた何かを、投げて寄越した。それは…
「え、これって……まさか⁉︎」
「ふん、それは試作型だけど、完成したわ」
銃だった。ボディは魔導金属製、口径はやや大きめの約1.5cm。マガジンを引き抜いてみると、そこにはカットされた魔晶石が入っていた。
「魔銃がもうできたのか⁉︎」
「ええ。テストも済ませたわ。後で試射してみなさい、自信作よ」
腰に手を当て胸を張り、渾身のドヤ顔。カコイチ決まっている。
「へぇ〜、すっげえな!」
「ふふん」
感動されて、更に気分が良くなったらしい。嬉しそうなオーラが溢れている。
「え……お嬢、機関車の話ではないのですか?」
「レイエルピナ、それは一体?」
「ごめんなさいお父様、秘密。」
どうやら、本当に話さないでいてくれたらしい。今試射したり、踏み込んだ話さえしなければ、何なのかは察せられないだろう。
「差し出がましいですが、補足させていただきます」
フォラスがすぐそばまで寄って耳打ちしてくる。これも知られないようにするための配慮だろう。
「その銃の参考にしたのは、あなた方の得意とする魔弾です。魔晶石から魔力を取り出し、圧縮。そして、限界まで圧縮されると、圧縮室が開かれ発射されます。我々は魔弾を撃つ時、無意識に魔力の成形をしていますが、それを意思なき銃でするとなると、このような形式が一番安定しました。この特性から、魔弾は無属性に限定されます。他にも魔術陣を組み込んだタイプも製作済みです。そして魔弾専用のライフリング処置も施しました」
「それぞれの特徴は?」
「魔術陣のタイプは、一定の威力を安定して打ち出すことが可能です。各属性の因子を付加することも可能です。その代わり、銃身のサイズ的にあまり高威力のものは刻めません。圧縮型は、魔力の圧縮率と量を任意で調節できるので威力の調節が可能ですが、安定性がなく使い手の技量に依存します。ですが、慣れてしまえば、銃の内部で圧縮することができるので、素手から撃つより威力は高くなります。だから誰であろうと使う意義はあるかと」
「あとは、グリップ部から使い手の魔力を吸収する方式も開発したわ。これなら、高い魔力を持つ奴も使う意義ができると思う。発射方式も、銃の後方に魔力を溜めて爆発させる方式も考えたし」
「随分速い完成だな」
「魔道具のノウハウがありましたから」
「デメリットは?」
「発射まで、魔力圧縮のタイムラグがあるのと、弾速が遅いわ。圧縮率が低いと魔力が拡散しちゃうから射程も短いし。いつでも発射できるように魔力を詰めてると銃が傷んじゃうもの」
「圧縮型と爆発式は併用できないか?」
「……なるほど、考えてみるわ」
「あとはどうしても口径が大型化してしまいますね」
「ふむ……爆発型は応用すれば、実弾と魔弾の撃ち分けも可能になるだろう。口径は要改善。ところで実弾タイプは?」
「量産体制が全然整ってないわ。ダメよ」
「ここで実弾についての案だが、実弾に魔術陣を刻むというのはどうだ? 着弾地点でも術が発動するようになるみたいなの」
「考えておきましょう。ただし、考慮すべき事項は多そうですが…」
「それから、魔弾で思い出したんだけど、ビームサー……圧縮した魔力をフィールドで固定化し、刃を形成する武装なんか作れないかな」
「それも、考えておきましょう。」
「そろそろいいだろうか…!」
内緒話に痺れを切らしたレイヴンが割って入る。確かに長話が過ぎたし、大事なことは話し終わった。軽く合図をして、二人を下がらせる。
「ううん、ごめんなさいレイヴン。さて、じゃあ蒸気機関車の話をするわ」
これもこれで興味のある話だ。銃についての想像はいったんよけて、聞く姿勢に移行する。
「蒸気機関車についてだけど、プロトタイプは完成したわ」
「え、もう⁉︎」
「ええ。どこかの誰かさんが無理して集めたおかげで、資料には困らなかったし」
どこか責めるような視線を感じるのは、エイジの気のせいだろうか?
「試験走行も終わったから、テストのデータを基に本作を組み立てているわ。大きなトラブルさえなければ、あと三日から四日で稼働すると思うの」
「俺からも補足だ。その頃には、ここから山脈地帯までのレールの敷設もおおよそ完了する。総走行距離は約六十キロ。安全確保のための柵は、少し遅れるがな」
「……」
あまりに想定外のことに、エイジはぽかんと固まる。
「モウ…ソンナニ……ススンデルンデスカ……?」
「まあな。魔王国、獣人や精霊、亜人族にその他魔獣さえ導入し、魔王国の全てをかけて作っている。労働者たちはかなり疲弊し、不満も溜まっているようだが……蒸気機関車を見れば、そんなことはどうでも良くなるほどに感動するだろうな」
しみじみとした様子のレイヴン。彼自身、試作型の機関車を見て大いに驚き感動したのだろう。
「さてえ、次は僕からの報告だ」
立ち上がったのはノクト。それと入れ替わるように他の者は着席する。
「最初に謝っとくよ、ごめんね。ハーバー・ボッシュ法なんだけど……密閉容器に関しては魔導金属を使ってクリアしたんだけど……圧力が200atmには少し足りない。もう少し時間がかかりそうなんだ」
「いやそれはいいんだけど……いや待ってよ。魔導金属製⁉︎ それといいこれといい、やけに魔導金属出てくるけど、そんなに量産できるものだっけ⁉︎」
手に持つ銃にも目を落とす。ベリアルから聞いた話だと、貴重なものだと聞いていたが。
「ああ! それなんだけどね、魔導金属は皆がみんな、伝説の武器やベリアル様の鎧みたいな神鋼ではないんだよ。それにだ、エイジクンが教えてくれた合金……青銅や真鍮、ジュラルミンにステンレス、チタン合金なんかの合金をね、試しに高位の錬金術で作ってみたら……魔導金属になったんだよ! このおかげで分量とか作り方が分かったし、しかも鉄以外の溶鉱炉も建てているから、生産量も増えてる。鋳造用の金型にも使えたし、兵器や蒸気機関車の主要パーツは、みんな魔導金属製だ‼︎」
「なんだと……?」
魔力の媒体としての性質が高く、魔術によって作られた金属であるために、ただの金属より強度がある。そんなものが大量生産できるとなれば、その優位性は……
「……ノクト、そのことは」
「え? ……ああ、そーいうことね。安心して、まだこのことを知っているものは少ない。それに、最低でもランク4以上の錬金術と、B以上の魔力の質がいるから。これからも、公開は控えるよ」
「判定ランクBというと……上級魔族程度、人間でも最上級か。魔晶石なら多面体になっている。なるほど、魔王国以外では技術的な壁があるか」
そう簡単に普及するものでもないらしい。そこは一安心できる。
「では、次は吾から。現在採掘しているものは、各種鉱物。工業に使える金属の他、ノクト殿から要請のあったざまざまな石を掘り出している。そして魔晶石、石炭。これらは近くにある採掘場はあらかた掘り尽くしてしまった。これ以上掘り進めれば崩落の危険があるほどにな。そのため、現在のものは放棄、遠くの地点を調査しそこを掘り進めている」
「遅くなるのか…」
「しかし、レールや魔導具といった器材は使いまわせるし、作業員たちも採掘作業に慣れてきておる。寧ろ採掘速度は上がっているほどである」
「……空恐ろしいな魔王国」
資源、労働力、そして技術。恐らく全てにおいて、この大陸のどの国をも上回るだろう。きっかけさえ与えてしまえば、魔王国の全てを動員することでこれほどの発展が出来るとは。宰相は、完全に魔王国のポテンシャルを見誤っていた。
「私からも報告だ。お前の制圧した半島の南北に港を整備している」
「港⁉︎ しかも南北にですか⁉︎」
馬車に乗っていた時に、ちょうど考えていたことだ。
「ああ。荷馬車からお前の地図が見つかってな。それを参考にした。私の思いつきではないのだよ」
それでも、半島の南北に丸を描いて、それを線を結んだだけである。よく察せたものだと感心する。
「そして、魔王国南東にも港を作っている。他国のものを参考にしている、お前が無理する必要はない。それに、そこまで線路を引く計画も立てているところだ」
「……船は?」
「テミス姫とお前の秘書のおかげで、購入することができた。三隻購入し、半島の南北に一隻ずつ、一隻は参考のために解体し、設計図を作り終わったところだ」
「なんと、それほどとは! ……ところで、推進器を船尾に搭載する余地はありますか? 魔力噴射式、あるいはスクリューを載せられればいいのだけれど…」
「うむ……レイエルピナ!」
「はい、伝えておきます。エイジ、あとでスクリューってのが何なのか教えて」
「……さて、これであらかたの報告は終わり…どうしたメディア」
報告すべき内容、その全てが(銃を除く)頭に入っていたレイヴンは、会議を締めようとするが、メディアが手を挙げて遮る。
「宰相……これを…貴方に」
「これって……!」
メディアが持っていたもの。その見覚えある物は。
「教科書じゃないか! どうしてこれを⁉︎」
「…えっと………図書室の…机の上に…置いてあった…から。…こんな…変なもの……大抵…貴方関連」
「たしかに、その通りだ」
教科書を受け取り、裏返すとそこには彼の名前が……書いてなかった。
「そういや、オレってこういうの書かないんだったなあ」
懐かしくなって、苦笑いが出る。
「まあともかく。こいつで勝ち確だ」
教科書をパラパラとめくり、確かに記憶と一致することを認めると、エイジは例の如く亜空間へ放り込む。
「ふむ。さて、これでこちらからの連絡は以上だ。エイジ、お前からは何かあるか」
レイヴンが話を振ってくれる。さあて、漸く……ようやくだ。あの話ができる。
「あのですね……ベリアル様、レイヴン、ノクト、エリゴスさんにお願いがあるのですが」
「何事だ?」
早くも訊いたことを後悔するように、レイヴンが問い返す。
「実は、まだ修行は終わりではなくてですね。いい鍛練場を見つけたので、修練を手伝っていただきたいのです」
「なんで〜?」
名指しされた者は、あまり好ましくない顔をする。彼らとて忙しい身だ。たとえ彼の頼みでも、立場というものがある。
「私は、課題を見つけたのです。……私はなまじ出来ることが多いが故に、咄嗟の時多すぎる選択肢を前に迷ってしまうのです。そのため、あなた方と闘い、戦闘の経験を積みたい。そして、新しく得た技も試してみたい」
「ふむ、納得のできる理由だ。して、日程は」
「期日は……二日間です。一週間空けると言って、今までで五日。余っていると……思うんですが……どうですか……いつでもいいんですけど…」
どんどんと尻すぼみになっていく声。手間かけさせて申し訳ないし、強く拒否されるのも怖いが……。
「まあ、俺はいいだろう。既に作業員たちは、どうすればいいか理解しただろうしな。自分達でなんとでもできるはずだ」
「私も、構わんよ。レイヴンと同じ理由でな」
「吾も、認可しよう。お嬢や姫殿が残るなら、さほど支障はなかろう」
「僕もいいよん。けど、一日待ってほしいな〜。色々とやることがあってさ」
「良いんですか⁉︎ では、明後日お願いします‼︎」
予想外の答えに、意気揚々と退室しようとするエイジ。しかし影が立ちはだかる。
「エイジ様? 何処に行かれるおつもりですか?」
陰のある微笑みを浮かべたシルヴァである。
「その……自室で寛ごうかと…」
「……」
瞬間、笑みが消える。そして、全く微笑みのかけらもない絶対零度の圧が…
「エイジ様、もう一度訊きます。修行までは今日と明日、二日の猶予がありますが、何処で何をなさるおつもりですか」
「ァッ……執務室でお仕事します…」
返答を聞くと、シルヴァはくるりと背を向けて会議室の扉を開ける。
「他人の心配をしている場合ではなかったようだな……」
ツカツカと進むシルヴァを慌てて追いかけるエイジの背中に、生暖かい視線が刺さった。




