5 転移者、国家を説く③/3
「では話すとしよう。この国の有様を」
エイジが部屋に戻ってくると、出た時と全く同じ面々がいた。エイジが昼食を済ませている間も、この部屋にいたということであろう。
「魔王国の正式名称は『ソロモン魔王国』である。成り立ちは、私が上級の魔族らをスカウトし、従えて集団を作り、大陸各地より私と魔王国の噂を流す、もしくは直接声をかけてこの地に魔族らを集めたことである。建国歴にしておよそ五十年といったところか。お前曰くこの国は国家として成り立っていないのだろうだがな」
まだ根に持っているらしい。
「五十年……相当若い国ですね。人の一生より短い。前身となった国はありますか? そして参考までに他の国家の建国歴もご存知でしたら教えてください」
「前身となる国はない。ここは元はただの原であった。建国歴は、帝国が三○○年以上。王国であれば二五○年、聖王国百五○年、ポルトなら前身となるものも合わせれば四○○年以上もあるそうだ。」
追加情報に驚く。魔王国の若さもだが、他の国の歴も予想以上に長かった。
「なるほど。その短期間であれば制度が整っていないのも納得がいく。しかしながら魔王様、他国を参考にすることは出来なかったのでしょうか」
「勉強不足は認めよう。だが我ら支配者階級の魔族の多くは、人の文明より遠く離れた地にて発生したものである。触れる機会が少なくてな」
「その割にはこの城の設計であったり設備、家具など明らかに文明錯誤な物があったりしますが」
「……その訳は、すまないがまだ話せない。わるいな。お前が宰相になって暫くし、世界に慣れたら必ず話すと約束しよう」
あからさまに何かはぐらかしている様子に、不信感と疑念を抱かざるをえない。他の幹部達もそれぞれ何か隠している。エイジとて、とても多くのものを隠していてお互い様であるのだけれど。互いに多くのものを隠していたとして、宰相になった時に信頼関係など築けるのかと。
「分かりました。では、民達の暮らしは?」
よく考えれば出会って三日である。信頼し切れというのも無理な話。そのことが分からぬわけでもなし。
「ここから少し離れた所に城下町がある。そこに、この城に勤める者達の家族の住まいがある。低級から上級まで、居住区は分かれているが、同じ街に住んでいる。そしてその暮らしはおおよそ、お主の想像通りである。経済は物々交換によって成り立っているが、満足な交換はできないから、できうる限り平等に分配している」
「その制度は、魔王様が定め管理しているのですか?」
「いや、私は強制してはいないが」
「さながら共産主義だな。そんなんで社会が成り立っているとは驚きだ」
資本主義の世に生きてきたエイジにとって、この有り様はとても気持ち悪く感じられた。
「成り立っているとは、言い切れぬな。今まで何度も奪い合いがあった。何度も話した通り、我らには物資が足りぬ。強き者により弱き魔族は淘汰される。魔族の道理よ」
「弱肉強食ね。それ、集まったことで、かえって苦しくなったんじゃないか?」
「そんなことはない‼︎」
エイジの批判は、強く否定された。レイヴンによって。
「かつて魔族は、世界に散在していた。弱き魔族は人間によって迫害され、強き魔族も孤立し、飢えと不安の苦しみに喘いでいた。魔王様はそんな彼らを救ったのだ‼︎ 確かにお前からしてみれば苦しい生活なのかもしれん。だが、少なくとも以前よりは絶対的にマシなんだ!」
「そうか、随分と厚い信頼だな。アンタのその忠誠に、魔王様は見返りを与えているのか?」
「ああ、私の信頼に応えてくださ
「違う、そうじゃない。報酬の話だ」
返答に詰まる。つまり、それは…
「何も、与えられていないと? 魔王様はカリスマもあるし、尊い行いをしているのは間違いない。だがアンタには利益がない。幹部でさえそうなら、それ以下の魔族はなんだというのか!」
「それは全て、私の責に他ならない。すまないな」
「魔王様が謝罪することでは…! おい、この状況で報酬など払えるものか。あるとすればなんだ」
「土地とか、貴重品など価値あるもの。」
「残念ながら、オレは金品を集め、愛でる趣味などない。通貨もないから換金もできない」
「吾らとて、土地を与えられたところでどうしようもないしの。使い方が分からぬ」
「……開墾して作物を育て、それが利益となる。まさかとは思うけど、農業の方法が確立されて、なかったり…?」
「その、まさかである…」
「え……マ…?」
余りのショックに石灰化しかけるエイジ。
「下級の者達は狩猟採集生活でその日暮らし、ある程度上の階級の者は食事の必要が薄れる。根付かないのだ…」
「よくそれで、国を作ろうなど思えたものですね…」
「……ごもっとも………」
意気消沈の魔王。
「それで他に。名誉とかなんかは欲しくないんです?」
「そんなものあって何の足しになる」
「はぁ……さては魔族には欲がないのか……?」
「魔族らは迫害され、集った今もひもじい思いをしている。今は個人の思いを優先している余裕はないのだ」
__は、魔族ね。聖人の間違いじゃないのか?__
「そう、盲信してるんだね。まあ、最も忠誠心のありそうならアンタならそう言うかもしれないけど。他の幹部の皆さんはどうなんです?」
「…もう随分と遠慮がなくなりやがったな」
初日こそ敬語混じりだったり遠慮がちだったが、今やズバズバとタメ口で話す様に難色を示すレイヴン。
「いいじゃないか。壁を感じなくなった、つまり仲良くなれたってことなんだ」
即刻擁護し、前に出るはノクト。
「僕はレイヴンほど真面目じゃないよ。ただ、面白そうだから付き合ってるだけ〜」
「ワタシもおんなじカンジ〜」
気づくとエイジは右にノクト、左にモルガンに挟まれる。二人は本当に楽しそうな態度である。何より距離感ブレイカー。
「吾にとってベリアル様は命の恩人にて。忠誠を誓っている」
「私モ、行ク当テモナカッタ所ヲ拾ワレタ身ユエ」
「私はスカウトされた身ですが……私にとってこの城は、研究環境として最適でしてね。研究さえさせて下さるのなら、その成果を提供するという契約をしています。必要な物資こそ自力で調達する必要はありますが、この条件に今のところ不満は全くないのでね」
「……ここは………星を観るのに…丁度いいの」
こちらは恩人であることと、利害の一致から仕えていると。
「ふーん………」
一通り言い分を聞き終えると黙りこくるエイジ。
「……この魔王国の状況はは、お前の想像を遥かに下回っていたのだろう。失望させてしまったかもしれぬ。だが……そうだな、以前と立場は逆になるのだが……どうか我らの宰相となって国を導いては
「ふふっ……」
ベリアルが言い終わる前に笑い出すエイジ。不安になるベリアル、カチンときたレイヴン、そして幹部らも固唾を飲んで次の展開を待つ。
「ふふっ、ははは! 面白いではないですか魔王様ぁ!」
「……へ?」
突拍子のない言葉に固まる真面目組。そして彼の左右の二人は、面白い展開に顔を輝かせる。
「一応訊いておきます。この国も魔術の技術は、他と比べてどうなんです?」
「フォラス」
「ええ。自信を持って、圧倒的に優れていると言わせていただきましょう」
「でしたら何の憂いもない」
目を瞑り、足を開き腕を組んで……目を見開き堂々と
「この魔王国には非常に高いポテンシャルがある。発展した魔術の技術に魔族の特性。現時点で判断できる程度でさえすごいと思うのです、まだまだ私が想像もできないような物があるに違いない。それに資源とて本当に無いのかなんて分からんのであろう? であらば! 私の率いる魔王国がどこまでやれるか、どこまで発展できるか‼︎ とても、楽しみでしょう?」
評価を一変させるを得なかった。初対面の時は、この自信なさげな冴えない男に不安しかなかった。だが今ではどうだ。覚悟を持ち、自身らと対等に話している。自身らどころか、この世界では持ち得るもののいない知識を膨大に持ち、それを分かりやすく説明。武術や魔術の成長速度も速く、他にもまだ多くの能力を隠しているだろう。何より、あの魔王が就任してくれと嘆願する程である。
「まあ、そうするためにはとっとと力をつけて勉強しなくてはならない訳なんですが。というわけで、鍛錬のお手伝いお願いします。今日こそは、新たな武器の扱い方を」