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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅴ ソロモン革命
132/291

6 港区占領作戦 ①

 今後の展望、そして兵器と工業的製法についての会議があった二日後のことだ。


「レイヴン、軍貸してくれ」


 エイジは、将軍の下を訪れていた。


「計画書類に目は通しておいた。城に残っている三千のうち、上位五百名の兵を用いての海岸線占拠作戦、承認しよう。」


 会議終わってすぐ、宰相は作戦プランを提出していた。以前の魔王演説直前に仕事として、五千の駐屯兵と三千の新たな兵を交代させた。その兵を使っての作戦である。


「だが、これは個人的な意見なんだが……魔王様も言っていた通り、早すぎないか?」

「ワガママ言ってごめんよ。けどね、今オレ仕事なくて暇なの。それに、早く王国に行かないと、何かを逃してしまいそうな気がしているんだ」


「……わかった。今のお前を止めても無駄そうだな。兵力は少数とはいえ、接敵の可能性も低いのだろう? なら大丈夫そうだな」

「当たり前だろ。それにもし接敵しても、今のオレなら、本気出せば数千人程度の一般兵なんかで」


「ふっ、自信満々だな。前に比べれば良いが……あまり慢心をするなよ」

「りょーかい。じゃ、行ってくるわ」


 レイヴンからの承認書と作戦プランを携え、それ以外には特別な準備も何もせず、三階の例の部屋に向かう。召喚能力の前に忘れ物はない、準備要らずでどこにでも身一つで行けるのは便利この上ない。


 そんな、海岸線を馬車で行くことを想像し、旅行気分のエイジの目に何かが留まる。


「どこに…行くの」


 メディアが向かいからやって来て、さらには声までかけられる。


「一昨日の会議で言った、半島の海岸占領作戦へですよ」


 そう告げたエイジに、メディアは珍しく目を合わせるように上を向く。その目はエイジからはフードで見えなかったが………じっと何かを窺うように数秒見つめられると、ふと彼女は視線を下ろし、再び歩き始める。


「……気をつけて」


 すれ違いざまに、そんな言葉を残して。


「…………なんなんだ?」


 大した事でもないのに、珍しく殊勝なことだなと、不思議だった。




 そんな一幕もあったが、エイジは無事に砦へ到着。砦の者たちへ作戦内容を通告し、部隊を編成。さっさと昼前には砦を出発した。あとは海岸線に沿って走っていくだけのこと。少数部隊であり、馬も上物。順調に進めば、日が暮れるか暮れないかくらいには着くであろう。


 エイジは馬車に揺られながら、優雅に景色を眺めていた。正直彼一人なら、空を超高速で飛行するため、最短距離で三十分と経たずに目的地に到着することができる。そして砦との転移陣さえ敷設してしまえば、保守要員もすぐに到達できる。そうしなかったのは、単にゆっくりと移動を楽しみたかったからである。



 出発してしばらく。落ち着いた頃に、地図を取り出す。目的の確認だ。


 彼が行くのは東側、半島となって飛び出ている部分の入り口近く、北部を占領する。そして、ラジエルを取り出すと中国の地図を出す。そして目的地は地球なら、黄河の河口だな、などと考える。もはやこの能力の使用に、以前ほどの躊躇いを感じなくなっていた。


 道程は道なりにいくと、そこまででも砦から帝都までとほぼ同じくらいの距離になってしまう。遠すぎる半島の先端まで行く必要はない。港を北部と南部に作り鉄道で繋ぐ陸路を作ってしまえばいいからだ。しかもそこなら、魔王国南東の港からも、湾内を陸に沿って進むだけで辿り着けるので、何かと都合がいい。


 さらに、この半島の入り口なので帝国の侵入を阻み、以東は魔王国の自由にできる。加えて、ここを占領してしまうと、帝国は東の海岸をほぼ使うことができなくなるのだ。残るは王国との国境付近のみ。そして北の海は、砕氷船は魔王国のほうが早く作れるという自信がエイジにはあった。つまり、帝国の海洋進出の望みは、ほぼ断たれることとなる。


 以上の観点から、半島は帝国の要所である。だから、帝国軍が取り戻そうとしてくることもあるかもしれない。しかし、戦争で疲弊し切った帝国が、魔王国の脅威となるほどの兵を寄越せるとは思えない。景色を楽しんだら、さっさと仕事して、とっとと城に帰ろう。


 そう思うエイジは、変わらぬ景色と馬車の揺れで、瞼が重くなってきていた。車上で舟を漕ぐ。そして意識が落ちようとした時。


「宰相!」

「………ッ! なんだ!」


 護衛隊の馬が、エイジの乗る馬車に駆け寄ってくる。


「あちらをご覧ください!」

「あれは……」


 指差された方向。寝惚け眼を擦りながら目を凝らすと、そこには人影が。そしてその出立は、一般人ではないようだ。


「ああ、王帝連合軍の歩哨ねえ」

「いかがなさいますか」


「ほっとけほっとけ。どうせ奴らは何もできやしねえさ」

「もし、来たら…」


「大軍を派遣するのはあり得ない。想定範囲内なら、オレの敵ではないし、想像以上の規模なら逃げればいいだけだ。……すまんが、私は眠い。海が見えたら、あるいは何か有事の際は起こしてくれ」


 その言葉を最後に寝転がると、エイジは熟睡モードに入った。




 その頃レイヴンは、自身の執務室で書類と睨めっこしていた。他の幹部たちと違って技術者ではなく、根っからの戦闘向きである自分にできることは、書類の整理やモルガンの手伝い、現地でマニュアル通りに指示を出すくらいのものだ。


 そんな彼が珍しく書類を読んでいたのは、なぜか、こうしないと落ち着かないから。


 複数枚の書類を読み、やはり自分はこういうことには向いていないと再確認。少し落胆しながらも、かつてエイジが仕入れてきたいい茶葉から淹れた紅茶を含み、香りを堪能。していると、ノックが聞こえる。


「入れ」

「失礼スル」


 その来訪者は、レイヴンにとって少し意外だった。


「エレンか、珍しいな。何の用だ」


 この騎士が自分に話しかけてくるとなると、それは軍事関連に違いない。しかし、今はそのような気配を全く感じていない。それ故に不思議だった。調査結果あたりであれば、魔王様や宰相、王女様や魔導師あたりに伝えるだろうに。


「エイジ宰相ガ何処ニイルカ、知ッテイルダロウカ」

「ああ……奴なら__」


 それなら別に不思議ではない。城の中にいないから、ちょうど残っていた自分に訊きにきたのだろう。伝言でも頼まれてやろうか、そう考えていたレイヴンの言葉は、途中で遮られた。


「レイヴン! エイジ知ってる⁉︎」


 二人目の来訪者が現れた。レイエルピナ、その顔は焦っているように見える。


「どうしてだ、レイ嬢?」

「やなよか………いえ、アイツに質問したいことがあったの!」


 言い訳を考えるかのような絶妙な間の後、その様子に似つかわない理由が飛んでくる。素直じゃないあたりが可愛らしなと思いながら、二人にエイジについて伝えようと。


「エイジなら、先日の会g__」

「エイジ様! エイジ様は何処ですか⁉︎」


 レイエルピナ以上の勢いで、黑銀が飛び込んできた。


「アイツは海g__」


 言おうとしたところで、また扉が開く。


「シルヴァちゃんがここに駆け込んでいくのが見えたけど……もしかしなくても、エイジクンのことよね」


 現れたのはモルガン。目を伏せ、片手で体を抱くようにして、不安げであった。


 そして、レイヴンは紅茶を含み、もう話そうともしなかった。どうせあと数人、遮るように飛び込んで来るのだろうと。


「エイジさんはいらっしゃいませんか⁉︎」


 今度エイジの言っていたタバコを試してみよう、と思いながら眺めている。


「エイジ様はおりますか〜? なんだか胸騒ぎがしますの」

「もしかして……皆さんも同じ感覚を?」


 そして気付けば、アイツの周りに居る女どもが揃っていた。そしてベリアルやノクトはあっちにいる。もう来ないだろう。ようやく話せる。


「エイジは__」

「彼なら…半島へ行った……」


 またも、入ってきたメディアによって、言葉は遮られる。全然自分に喋らせてくれない。レイヴンは悲しくなった。


「半島って……一昨日の会議の⁉︎」

「ええ……それにしても…鋭過ぎない…?」


 勢揃いしているのを見て、メディアが呆れたようにボソボソと。


「おい、一ついいか。……なぜ貴女方はこちらに来た」

「なぜだか……酷く心配なのです」

「やっぱり、みんな同じ感覚がしたのねェ…」


 ようやく発言できたが、すぐにシルヴァ、モルガンと話し始め、また入る余地がなくなった。


「そう……その予感は…正しい」

「何か知ってるの⁉︎」

「ええ……私は…予言者だもの……どうか、落ち着いて聞いて。彼は…そこで……◾️◾️◾️◾️◾️◾️」

「なっ…」


 メディアの告げた言葉に、動揺が広がる。


「なぜそれを早く言わなかったんですか!」

「くっ…エイジ様! すぐに私が__」


「もう遅い! アイツが出発してから、六時間は経っている。今行っても何もできない。いや、寧ろお前達が胸騒ぎを感じた瞬間に、事は起こったのではないか? それに、死んだわけじゃないんだろう」


 今この場で、一番落ち着いているのはレイヴンだ。彼のことになると暴走しがちになる彼女らを止めるのは、自分であると、彼女らがこの部屋に集まったということから感じていた。


「私は…警告はした……けど…運命は……変わらなかった」

「一応訊いておくけど、メディアちゃん、どんな警告したの」


「……気をつけて、と」

「それだけですの⁉︎」


 知っていたにもかかわらず、ほとんど干渉しなかったメディアに非難の目が集まる。


「いや、しかし。なあ、エイジの恋人達よ」

「こ、恋人じゃないわよ!」


「そうなのか? まあ、それは置いといて。今まで、メディアがエイジに話しかけたりした頻度や、その内容はどうだった」

「そういえば…」


思い返せば。ほぼずっと彼のそばにいるような秘書達でさえ、あまり関わることはなかった。それに、


「関わりがあるときは、大抵何かしらの事件の折ですね……」

「もしそうだとするなら、察せなかったアイツが悪いということになるな」


 しかし、それにも擁護の表情をする過保護な同僚や側近。このままだと自分に矛先が向いて面倒になると察した彼は、なんとか考えを練っていく。そして閃いた。


「それに、メディアは、あえて言わなかったのではないか? エイジの過労を装う策を講じるような者が、みすみすそのような見逃しをするものか。防ぐためなら、秘書でも連れて行くように手引きしたはずだ。つまり……」


 真意を語れと、目配せする。裏があるのは分かり切っている。分かりにくいが、これはそういう女だ。


「……うん…この失敗は…彼の成長に…欠かせないものなの…」

「とのことだ。彼を想うのなら、できることは甘やかすことだけではないことを知るのだな」


 各々苦々しい顔であるが、どうにか堪えてくれたようだ。ようやくレイヴンは落ち着ける。


 __どいつもこいつも、アイツに対して甘過ぎる__


 必要なのは、手助けや称賛などの飴だけではない。そのことを知り、その上で真に厳しく当たれるのは自分くらいしかいないと知っているために、その汚れ役を引き受けるのだ。


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