4 着手 ①
魔王城、城門前。統括局に情報院、人事部が集結。臨戦体制で構えている。
「さあ、捌くぞ。ブツの用意は十分か」
顔を見合わせる面々。手に何かを持って、頷き合う。
「いくぞ持ち場につけい!」
係員が移動を終えたのを確認すると、エイジは拡声器を取る。
「お待たせいたしました、志願者の皆様! これから手続きを行いますので、カウンターの前にお並びください!」
エイジの一声で団塊がざっと崩れ、列を成す。
「壮観だ」
多種多様、種族もバラバラの魔族に、それ以外の者さえも、一つの列に並んでいるのだから。宰相になる前のエイジには、全く想像のできないことであった。
「前にお進みください!」
各所から声が上がる。その案内に従い、列が動き出す。
「お名前を教えてください」
「種族はなんですか?」
三人一枠。質問する者、記入する者、そして……プレートを手渡す者。
「こちらをお受け取りください。決して失くさないようにお願いします。それでは、あちらで指示があるまでお待ちください」
それには、今言われた名前と、種族識別文字、そして記述されていた六桁の番号が記載されていた。
「ナンバープレート、ですか」
「ああ、そうだ。いちいち人の名前を覚えていては大変。番号で一括管理しちまえばいいのさ。名前と種族はオマケ」
エイジは秘書と共に、トラブルがないかの見回りをしている。
「どうだい? 暴動とか、起こってないか」
「今のところは。しかし魔族同士にも差別や偏見、種族間のおおよその性格の違いなどもありますから。油断はできません」
結論から言うと、揉め事はあった。しかしどれも小規模な、押し倒された程度のもの。それどころか、有名人エイジは握手を求められたりと、そちらの騒ぎの方が大きくなることさえあった。
「エイジ様〜、処理がある程度進んだそうですわ」
そんな魔族らの対応もある程度片付き、横に人が溜まり始めた。エイジの出番だ。
「そうか、では……」
拡声器を取り出しつつ、カウンター列の横へ移動。集まった魔族達を見据え、メガホンを口に当てる。
「魔族の皆さん、よくぞご集まりいただきました。只今より皆様には、働いていただくこととなります。職場は、アストラス山脈。何をするかというと、穴を掘っていただくこと」
ベリアルの気迫にやられて、何をするかも分からず取り敢えずここに来た者達も多い。何故そんなことを、と思う者も多いようだ。
「とはいえ、非力な者や女子供もご安心を。仕事は鉱山を掘ったり、鉱石を運ぶだけではない。木を切って建物を建てたり、ある装置を動かしたり、正常に動いているかの確認などである。また、魔力を持つ者は申告してくれ、特別な仕事を与える」
魔力を持つ者は特別、というと生まれ持った物で差別されている印象は強いだろう。魔族達も、誇らしげだったり或いは羨んだりしている。しかし、彼らは知る由もない。魔力を持つ方が、仕事が辛いということを……
「今はまだ、何も動いていない。君たちはきっと、辛い思いをするだろう。何のために働いているか疑問を持つこともあるだろう。しかし、安心してほしい。いずれ分かる。少しずつ生活が充実し、衣食住が満ち足りるよう提供されるだろう。……この国の礎となる意思ある者は来るがよい! 番号10001から30000までの者よ、諸君らが第一陣だ。魔力を持つ者は魔王城内へ向かえ! 持たぬ者は、あちらで控えている輸送隊の元へ。それ以外の者は一時帰宅せよ。一週間以内に、皆に仕事が与えられるであろう」
マントを翻し、魔族達の前から離れていく。
「ではのちほど、また会おう!」
その外套を脱ぎ去ると、悪魔・竜・堕天使と三対の翼を広げ、一足先に目的地へと向かった。その印象的な姿は、魔族の目にしかと焼き付けられたようだ。
さて今は、夕方の六時ごろ。真夏であるため、まだいくらか明るいものの、暗いことに変わりはない。しかし……それは魔族にとっては好都合。夜こそ彼らの力は増す。
つまり、真昼間のスピーチなんぞ、本当は辛くて堪らない者も多いのだが、それでもあれだけ集まったということは、魔王のカリスマはその程度では覆らないということであろう。
転移魔術陣で転移した者は、早くも採掘係や、炉での錬金係など仕事分けが為されていた。とはいえまずは、設備を建てるところから始まるわけだが。
仕事分けは簡単、各部署の名簿に番号を書けばいいだけである。分けられた者は、管轄の場所に応じた色のカードが渡され、それをプレートにつけることになる。
そうして今、荷馬隊も到着し、魔力を持たない労働者達が到着した。エイジも仮眠より目覚めた頃である。
「さーて君たち、仕分けには慣れたかな? では、さっきより効率的にできるはずだよね? がんばろう。とはいえだ、疲れた者は無理せず休めよ。無理する方が効率悪くなるからね」
「ブーメランです」
「貴方もゆっくり休んでくださいまし」
「……分かっているさ」
そんな、秘書に釘を刺されたエイジは、仮設本部へと呼ばれていた。
現場監督にはエリゴスをはじめ、ノクトやレイヴンら幹部達、さらには魔王城中の使用人やエリート達までもが駆り出され、直々に指揮をとっている。一般市民達にとっては雲の上の存在である幹部達。そんな彼らが直属の上司とあれば、モチベーションも上がるに違いない。
そんな指揮を執る彼らのための前線基地が、イベントなどでよく見かける集会用テントのような、この革天幕の本部である。
「用件は何かい」
「エイジ、労働者用の住居はどうした」
問うたのはレイヴン。初日の現場担当はエリゴスとノクトであり、エレンも荷馬隊の指揮を採っている。
「ああ、仮設住宅ね。ワンルーム 25㎡ × 6 部屋の二階建て。設計図はあるはずだけど」
ワンルームと言ってもトイレと風呂もなければ、キッチンも無い。非常に簡素な部屋。
「まだ建っていないようじゃないか。このままじゃ労働者は野宿だぞ」
「うん、そうだね」
「そうだねって、お前……そうか、彼らに建てさせるのか。通りで多くの者を割り振るわけだ」
額に手を当て肩をすくめるレイヴン。よく見る仕草だ。
「それで、我が秘書達よ設備建設係の指示をしているのは、誰だい?」
「お前、把握してなかったのかよ」
「さっきまで寝てて」
「……仕方ないとはいえ、まったくだ」
前日や午前も仕事をしていて、倒れたこともあるエイジに、強くは出られない。
「現場監督をしているのはゴグ氏で……その補佐がテミス様ですね」
「なに⁉︎ テミスが現場だと⁉︎」
「……行かれますか?」
「案内頼む」
テミスは長年の敵国の皇女。乱暴されていないだろうか。そう心配しているエイジのことを察し、シルヴァは案内を始める。
「おいエイジ! せめて住居の話を!」
「大丈夫ですわ、レイヴン様」
「なんで⁉︎」
「エイジ様が向かった先は、住宅の設営を手掛ける生産部門の重鎮二人がいる場所。そしてテミス様はエイジ様に、エイジ様はテミス様に、それぞれ想いを寄せていますわ。そんな大好きな彼女のために、どうしてエイジ様が張り切らないと考えられますの?」
「そういうことか……そう言われればそうかもだ。だが、何故そうアイツのことが分かる」
「わたくしは彼の秘書ですわ。それに……女の勘を、舐めてはいけませんことよ」




