2 先行 ①
会議終わって翌日。
「いや、やっぱ速いわ」
もう人員の異動が終わったという。
「そしてまた会議ですか」
昨日散々喋ったにも関わらず、翌日また会議があった。エイジは喉が痛いのに。開始時刻は遅めではあったが。
「……まだ不機嫌?」
ジトっと視線が絡みつく。
「ワカッタノカ?」
不機嫌になった理由。
「えっと……もしかして……オレが辞めたら悲しいから、とか?」
自惚れ発言、恥ずかし過ぎる。笑われる……! と恐れていたが、皆満足げに息を吐く。
「え、マジ?」
「マジだマジ。お前はもっと自分に自信を持てってな」
レイヴンがわざわざ近寄って、背中を叩く。
「レイエルピナさんは、それでいいの?」
「……はぁ。アンタまだそんなこと気にしてんの? わたしはアンタのこと認めてるし、宰相としての能力もあると思ってる。ていうか、自分のこと嫌いな奴が抱きついてくるとでも思ってるの?」
答えに窮する。流石にないもの。
「でも、こんなに異動が早く終わるとはね
「あ、逃げた〜、かわいいわァ」
「うんうん、かわいいかわいい」
「……う、うるさい。……意外というか、やればできるんだな」
モルガンとノクトのかわいい責め。苦手である。言われ慣れず、恥ずかしいから。
「ん〜? だって皆、ある程度残してそれ以外は皆異動〜ってやってたし。部署異動の記録は後でするしィ」
「いいのかそれ⁉︎」
「ダメ?」
「まあ……思い立ったが吉日、善は急げ。やること多いし時間かかるから、やるに越したことはない」
まだ何が起こるかわからないし、結局今管理しても無駄かもと思い始めている。
「では。なぜ会議を?」
「忘れたので、もう一度教えてくれ」
「だよね……」
口をムニムニさせる。仕方ないとは分かるけど、もう一度話すのはなかなか面倒。
「じゃあ、まずすべきことを整理する。開発部門は蒸気機関車を設計する。魔導院はそれを補佐しつつ、魔晶石の純度を上げる精錬法と運動エネルギーへの変換効率を上げる技術の研究を。生産担当は、設計図を作り可及的速やかに工場を建てましょう。手が余ったもの及び調査と兵站が木材や鉱石、魔晶石等の材料調達を。他は魔王様を中心に、周辺集落の魔族たちのスカウトを。ああそうだダッキ、獣人と妖精たちの長を呼んでくれ。話をつけたい。さて、最後にモルガンだが……仕事多いぞ」
「ぶぅ……や〜」
唇尖らせ不満そう。幹部の中で一番使えなさそうに見えるが、これでも仕事はしっかりこなせる方である。そうでなければ幹部ではない。
「統括部の面々ら、情報担当など補佐を多く充てるから頑張ってくれ……仕事は、労働条件の策定、名簿の作成だ。例えば……労働は一日十時間、週休三日。四時間、三時間、三時間、休憩はその間に一時間で拘束時間ちょうど十二時間。この城にいると忘れがちだが、本来魔族は日光が苦手だったな。であれば基本の始業時間を18時頃に設定してみるとか。それと、全員が同じ時間に始めるのは非効率。だから六時間おきに始業時間を設けるとか。一日中ノンストップで回した方が都合はいいからね。こんなふうに、条件ルールみたいなのを作ってくれ。あとは、定められた日数、時間以上働いた者にはボーナスを出すとか。ではボーナスが出る条件、そしてボーナスとはどのようなものであるか。そういうことを考えてくれ。これ次第で労働者達の意欲も変わる」
「え〜……今エイジクンが言ったのでいいんじゃない? …………むぅ、わかった。やるけどォ……ワタシにもボーナスちょうだいね」
「はいよ。検討しとく。さあて、やるべきことはわかったかな? 私、宰相エイジは、主に魔導院と開発部門、生産部門とモルガンら人事の手伝いをする予定だ。まずは生産、次に機関車、そして属国首脳との対談が直近の予定。うん……うぁ、やること多っ、ダルっ、めんどくせぇ!」
突如愚痴を吐き始めたエイジに、皆は生暖かな目を向ける。お前が言い出したことだろ、とでも言いたげであるが。
「ふう、愚痴終わり。すいませんね、ボク、定期的に弱音というか文句というか、言って発散しないといけない性格なんです。まだまだ未熟にて、お赦し下され。さて、と……たった今ひとつ思いついたことがあるんですが、いいですかね」
「簡単なことならね。難しいこと言われたって、今じゃわかりっこないし。それにすぐやることはもう決まったんだから、アンタが覚えとけばいいわ」
「……うん、簡単なこと。これなんだけど」
エイジは手の甲を見せるように右手を上げる。
「これ、ベリアル様から貰った指輪なんだけど……通信機能がついてるんだよね」
「へえ、お父様から………………で、それがどうかしたわけ?」
複雑そうな顔のレイエルピナ。それほど、その指輪は特別扱いの証らしい。
「思い付いたんだけれども。これを各部署の統括に配るというのはどうだろう。これから各部署は城の外にまで出ることになるが、離れ離れになってしまう。そのせいで、情報の伝達が遅れるとかありそうじゃないか? 通信機があれば便利だと思ってねえ」
「それなら、戦争で使ったアレでいいじゃないか」
アレ。とてもお世話になった、石のような通信魔道具だ。
「いや、ダメだ。一つの物から一対一や多人数での会話を任意で、距離が離れていても使えるようでなくては。……と言っても、これは難しい?」
「ええ。そんな多機能にするには、技術が足りません」
「仕方ないか。じゃあ、部署数は十だから……90個必要だねえ。一対一にするなら」
「多いですね。まあ、できない量でもありません。当時は増幅機の製造や、複数の連動が必要でしたが、それよりは簡単に作れるでしょう」
フォラスは苦い顔をしたが、必要性はわかるために、了承した。
「では、それでお願いします。まだ質問がある者は残ってくれ。それ以外は即刻活動開始である」
多くの者が席を立ち、各々職場に向かわんとする。しかし、そこで一つ手が挙がる。
「質問よ…」
「……なんでしょう、メディアさん」
「労働者の…ご飯……どうするの?」
「…………あっ」
完全に盲点だったらしい。自らも魔力により、生命維持のエネルギーを得るようになって、他の城内勤務の者も食事をしていない。いつの間にか、食事が必要だという感覚が抜け落ちていた。
「あー……」
「そういえばそうだな」
他の者達も、今回ばかりは責められない。彼らとて、全くそのことを考えていなかった。
「どうするよ、宰相」
「くっ……城の地下の食料を解放しても足りないよなぁ……自然から採取つっても、たかが知れてるし、賄えないし……炭水化物が欲しいけれど、城周辺の穀物はまだ収穫できる状態じゃないんだろう? うーん………………テミス‼︎」
「はいっ⁉︎」
突然呼ばれて、びくりと跳ね上がる皇女様。
「帝国で金属は売れるか? 木材は? それと魔晶石は高値で売れるか?」
「ええと……どうだったかなぁ」
顎に手を当て目を瞑り、うんうんと唸り。ハッと思いついたように顔を上げて。
「地下牢の鍵、管理者はどなたですか?」
「俺だ。何か用でもありますか、テミス皇女?」
「はい。ある者達に、用があります。皆さま、少しお待ち下さい」
待つこと十分弱。食料のことが気になり過ぎていたが、ともかくモルガンと案を練っていたエイジが忘れかけた頃、テミスが戻ってきた。
「連れてきたぞ、宰相」
彼女はレイヴンに睨まれていて、そしてその背後には
「諜報部隊……」
先日捕えたスパイの面々がいた。
「用件と聞いた。何だ」
「ふむ……」
物資が売れるかどうかの確認。彼らがいれば、その先に行ける。
「アンタらには、帝国或いは王国でも構わないが、食料を調達して欲しい。金属、木材、魔晶石と人員を預けるから、それらを使って手筈を整えてもらいたい。転移陣の使用許可も与えよう」
「ザイード……お願いできますか?」
エイジはちょっと忘れかけていた。なぜテミスがこんな遠慮気味なのか、そしてレイヴンの態度といい。そういえば、テミスは囚われ、脅されているという立場だったなと。
「姫様の頼みとあらば。しかし魔王国の宰相よ、我々の仕事がこのようなものでよいのか」
「よいかっていうと?」
「暗殺や国家機密漏洩、略奪だのでも命じられるかと」
「今のところは、これ以上にことを荒立てる気は無いさ。今は自国内で手一杯だし」
「……了解。引き受けよう。そして私は貴様を信用するとしよう」
エイジは驚き、そして彼の部下達でさえ発言にギョッとしている。
「隊長⁉︎」
「ふん……どうやら姫様の話によると、この者とテミス姫は良好な関係らしい。無闇な乱暴を働いたことも無いとな。姫が信じるというのなら、私もまた信じるだけだ」
関係性が、早くも見破られてしまったようだ。エイジの視線が自分に向き、冷や汗を垂らすテミス。
「……テミス?」
「あ、あはは……もうバレちゃいました?」
「いくらなんでもボロ出るの早過ぎだろ。どうせこの人らと話しているうちに、油断して素を出したな?」
もうバレてしまったのをいいことに、テミスはすっかり気を抜いて、エイジとフランクに話し出す。隊長は目頭を押さえて呆れ、部下達はまだ状況を飲み込めていないよう。
「はあ……テミス様は無事。それどころか幸せそうだ、とでも陛下に報告するか」
幸せ。そこまで見抜かれ、ただ恥ずかしい。さすが諜報部隊、人心把握にも長けるか。
「いいや、テミス姫は酷い環境に置かれているとでも言ってやれ」
「なぜだ。我々にしたことと同様に、憎悪を煽ってどうする」
その表情、声音は一切が平坦で感情を感じさせない。言葉通りに受け取る他ない。
「だってその方が、奴らが真相知った時の反応面白そうだろ?」
「貴様、碌な死に方せんぞ。まあいい。その依頼、引き受けた」
「じゃあ頼むわ。詳細は二日以内に。それと、魔導院と開発部門、宰相執務室と玉座以外への自由行動を認める。まあ、重要施設には鍵がかかっているがな。侵入者用の防犯設備も応急ながら実装したし。変なマネしたら首飛ぶよ」
「承知している。寝床は」
「今日中には手配する。用件は以上だ、下がってよい」
指示すると、彼らは音も無くスッと消える。
「はい、手配完了。安定して入ってくるまでの間は、地下の貯蔵庫と城下町で蓄えられているものを解放して補うってことで。他、質問はありませんか?」
見渡す。既に何名かは姿を消しており、残った者も無さそうである。
「ではダッキ、頼んだぞ。さてレイエルピナ、フォラス氏、始めようか」
「魔導院の裏に来てください。そこで会議としましょう」
フォラスの提案に乗り、三人は魔導院へと向かった。




