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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅳ 魔王の娘
105/291

幕間 休養 ①

 休養を言い渡された翌日のことである。エイジは自室のベッドで目を覚ます。倒れた時によく眠ったせいか、なかなか寝付けず、昨夜は自らに催眠を施して無理に寝たのだが。


 部屋を見る。窓からは強い光が差しており、既に昼ごろに思える。そして今は夏。しっかり布団を被ったせいか、じっとり汗ばみ、暑い。とここでようやく両腕の違和感に気付く。何かに押さえられているらしく、動かない。仕方なく目だけ動かし、念力で布団を捲る。


「あー、オハヨ〜」

「おはよ〜ござ〜ますわぁ〜」


 モルガン、ダッキ。朝起きたらいる、なんてこの二人には慣れたもの。抱き枕、兼抱きつかれ枕である。


「なんだ、お前らか。金縛りかと思って焦った。」

「え〜、反応薄〜い」


「もう慣れた。そんで、暑くないのか? オレ汗かいてるんだけど」

「ちょっと暑いですけどぉ、あなたに包まれるならぜ〜んぜん苦じゃありませんわ! んっ……汗の匂い、好き〜……」


 更に強く抱きつかれる。柔らかく、モフモフの触感にはいつも癒されているが、今回ばかりは暑く、疎ましい。


「暑い。離れろ」


 そっけない言葉にふくれつら。可愛いけど、暑いものは暑い。


「……分かったよ。少し、手を空けさせてくれ」


 エイジが折れた。頼みにモルガンが渋々手を離す。カーペットを念力で数カ所めくると、そこや壁に魔術を撃つ。


「仕事増えるから後で怒られるが、仕方ない」


 撃ったところには氷塊が出来上がる。オマケに軽く冷風を吹かせると、あっという間に部屋の温度が十度以上下がる。


「さっ、さむ!」


 寒気に身を震わすモルガンが、ひしっと抱きつく。


「わたくしもー、えいっ!」


 抱きついた二人はエイジを押し倒すと、布団を被せ包まる。


「これで快適〜ですわ」


 エイジもこれなら文句ない。と落ち着いたところで疑問が。


「お前ら、どうやって部屋入った。鍵かけたよな」

「わたくしは、秘書! ですわ」


 胸元から取り出すは


「合鍵……メイドに頼み込んだな」

「せ〜かい、ですわ〜」


 まあ、こんなところも可愛いよな、ということで許す。


 これでゆっくり、まったりとできる。そう安堵したのだが、それが危険だった。油断するとやはり、二の腕に押しつけられた柔らかい感覚に意識が向く。特にこの二人は、周囲の女性の中でも、大きい方。そしてやはりエイジも男、愚息は元気になってしまう。


 少し息を止めて、冷静になる。この二人に興奮してることがバレでもしたら……ロクでもない展開になること請け合い。煩悩滅却、鎮まれ鎮まれ……


「あ……ウフフ。エイジくん、興奮してる?」


 バレた。モルガンはからかうように、手に指を絡める。


「なんのせいだと思ってる」

「ふふふ〜、当ててるんですわ」

「ヤケになってる〜。かわいい〜!」


 耳元で囁くようにして、更に体を密着させる。


「ううっ……ヤらないからな!」


 ここでようやく効いてくる。興奮は少しずつ鎮まっていった。二人は残念そうだが、諦めてくれたようだ。官能的に誘惑するより、甘える方にシフトする。


 エイジは息を吐いて、温もりに浸る。そしてウトウトして、再び意識を手放す……そうとしたところでノック。


「お邪魔しま〜…あっ」


 現れたのはテミス。エイジの顔の横にある角と耳。それで全てを察したらしい。


「どうされました、テミス様?」

「とっととしなさいよね」


 冷静で落ち着いた声と、前よりは丸くなった刺々しい声がする。


「エイジくん? どうしたの?」

「大丈夫ですの?」


 青ざめる。修羅場の予感。


「早く出て…」

「いやですわ⭐︎」

「こっ、この愉快犯め!」


 震える声での懇願は、キャピッと拒否された。


「何事ですか……はぁ」


 痺れを切らしたシルヴァが入り、事態を察して額を押さえる。


「これは……レイエルピナ様、少しお待ちくだ

「何してん……なに、これ」


 業を煮やして、レイエルピナも入る。__あ、詰んだか__


「なんでアンタの部屋、氷生えてんの?」

「そっち⁉︎」


 修羅場かと思ったら、全然違うことに驚き過ぎて、起き上がりつつ、つい突っ込む。


「ああ、そうよね。アンタ何してんの? 女侍らせてさ」

「コイツらは勝手に入り込んだ」

「そう。でも、どうかと思うわよ」


「でも君だって、オレの寝てるところに潜り込んだよね?」

「あーッ‼︎ はいはい‼︎ そうです‼︎ 潜り込みました‼︎ わるかったわね‼︎ ああー‼︎」


 超ヤケクソ大爆発。顔真っ赤。耳も真っ赤。


「そうです! どうかと思いますよ、エイジさん! 想い人は一人に

「テミス……君も添い寝した仲だよね」

「くっ……ううっ」


 何も言い返せない。こちらも恥ずかしさで顔中真っ赤。


「…………」


 絶対零度の視線。この中で唯一、最近添い寝していない者の視線が鋭い。


「シルヴァサン……?」


 すぐそばの二人も、射竦められたように震える。密着した腕に、細かい振動がよく伝わる。


「不公平だと思います!」


 ポカンとする。__今シルヴァはなんといった?__エイジはしばらく意味がわからなかった。


「はい?」

「だから! 不公平だと言っているんです! ダッキやテミス様、レイエルピナ様さえもが添い寝できているのです! 私だって、したっていいでしょう⁉︎」


 震えながら、顔を少し赤くして、目を潤ませて、ちょっと我儘。__死ぬほどカワイイ__心の中で吐血した。


「そんなんで、いいの?」

「エイジ様は自分の価値をわかっておられません! 統括部の面々であれば、エイジ様との添い寝は何物にも代え難い光栄にして至福……!」

「「それは言い過ぎだと思う(いますわ)」」


 暴走気味のシルヴァに、つい冷静に突っ込む。


「……おほん。失礼、取り乱しました」

「で、一つ訊きたい。君ら三人は、なんで来た?」


「あのあと、わたしも休むよう言われたのよ」

「はい、私も同様に休暇を戴きました」


「そして、私もなぜかわかりませんが、休暇を……なのでまずは、エイジのお見舞いを、と思って」

「なるほど、さすがは魔王様だ」


 レイエルピナは、先日の戦闘での消耗がまだ癒えていない。シルヴァは、エイジにも負けず劣らず働き詰めだった。その負担は、宰相に比べれば軽いが、ハードなのはいうまでもない。テミスも、元敵国の要人。感じるストレスは大きいだろう。彼女らにも休みが必要だった。


「オレの心配もいいけど、自分の体を大事にな。特にシルヴァ。張り詰めすぎだ」

「はい。心配をお掛けして申し訳ありません。お手を煩わせぬよう今後は

「そういうのがダメっつってんの! オレのこととかいいから」


「エイジ様〜、シルヴァのこと、お任せしてくださいませんか? あの性格、なんとかしてみますので〜」

「大丈夫だろうな?」


 ダッキに弄ばれて、変な性格にならないか心配である。


「あ、でもダッキ、すごかったのよ? エイジくんが倒れた後のコト」

「や、やめてくださいまし!」


 モルガンの話そうとしたことに、久々に焦った調子で、エイジを押し退けてモルガンを制止しようとする。


「シルヴァちゃん引っ叩いて、『ウジウジすんな!』とか、ワタシに『手を動かせ』とか、テミスちゃんに『さっさと慣れろ、足手まとい』みたいに叱咤してたのよ〜」

「や、やぁ……! 言わないでくださいまし〜……はずかしぃ」


 これで、モルガン以外は全員赤面したことになる。


「え〜? でもカッコよかったわよォ? 特にィ、ですわ言葉をかなぐり捨てて怒ってたり」

「ほんっとやめてぇ⁉︎ あんなんわたくしのキャラじゃないですわぁ‼︎」


 顔を手で隠して、イヤイヤプルプル。


「ま、まあ、事実ですので……褒めていただいてもよろしくてよ……?」


 期待するような上目遣い。仕方なーく頭をわしわしすると、毛布が揺れ動く。嬉しそうなパタパタ。ダッキの本当の感情は、耳と尻尾によく出るのだ。


 そんな二人の会話をよそに、しれっとエイジの足元からベッドに侵入してくる者が。


「シルヴァ、どさくさに紛れて何してんの」


 エイジの上に乗っかると、胸を枕にして、しがみつくように手を添える。顎のあたりに頭があり、爽やかないい匂いが香る。さっきまでは濃厚な甘〜い香りに包まれていたから、新鮮に感じる。


「私が頑張ったと思うなら、ご褒美が欲しいです……少し、甘えても、良いですか?」

「はぁ……こんなんでいいなら、いくらでもいいさ」


 ちょうど両手が空いたから。片手で背中を押さえ、片手で頭を撫でる。シルヴァは遠慮がちに頬擦りし、安らかな顔。だが気付けば、ベッドの両側に二人のお姫様が控え、見下ろされている。


「……なに。いや分かるけど……仕方ないやん

「そろそろ交代を要求します!」


 またも予想外の答えに、エイジは思考停止。


「えっ……えっ?」

「ふん、横のアンタら、その様子じゃ夜からいたんでしょ」


「ふふ〜」

「そのと〜りですわぁ」

「そろそろ私の番です!」


 テミスはダッキを、レイエルピナはモルガンを引き剥がそうとする。


 しかし、


「レイエルピナちゃん……エイジくんのこと好きなの?」


 モルガンの言葉に、レイエルピナは硬直する。


「え、いや、別にそういうわけじゃ……!」

「じゃあ、なんでこんなことするの?」


 理由を問われて、答えることができず、その手から力が抜ける。


「な、なんとなくよ! なんか、嫌なの!」


 けれども、すぐに開き直って引っ張る。そんな、自分の感情に気づいていないレイエルピナは、モルガンとダッキからしてみれば微笑ましく、シルヴァとテミスからしてみれば厄介なライバルが減るから、できれば気づいて欲しくない。


 そんなわちゃわちゃをよそに、エイジは手を頭の後ろで組んで枕にすると、皆を見回し、呆れたようにつぶやく。


「はぁ……あのさ、恋人でもないような人にこういうことするの、どうかと思うよ」


 四人の動きが凍りつく。胸の上からも、ビクリという震えを感じる。


「この世界の貞操観念がどうなのかは知らないけど、少なくともオレは抵抗を感じる」


 彼女らは失念していた。エイジは凄まじく鈍感なことを。いや正確には、さすがに気付いているが、受け入れ難い。テミスという前例はあれど、自己肯定感は未だ低く、女性からの好意を否定する。


 今すぐ叫びたかった。遊びじゃなくて、本気だと。けれど、そんなことはできない。この流れで言ったら、軽く受け止められてしまうし、ライバルから牽制や妨害を受けることもあるかもしれないから。


 その点、既に想いを伝えたテミスは大きくリード。抱き枕に関しては、いざという時のペット枠を使えるダッキが強い。モルガンは関係を持ってはいるけれど、ダッキに発破された通り、強い手札ではない。一番弱いのはレイエルピナ。己の抱く感情が、一体どういうものなのか分かっていない。ただこの場の空気に流されて、独占欲を発揮しているだけ。



 エイジの言葉で固まった空気。レイエルピナだけちょっと分かっていない様子だったが、牽制し合うバチバチの視線がぶつかり合う。


 膠着し、息の詰まる空気。渦中のエイジは、居心地悪すぎてとっとと出て行きたいが……

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