幕間 休養 ①
休養を言い渡された翌日のことである。エイジは自室のベッドで目を覚ます。倒れた時によく眠ったせいか、なかなか寝付けず、昨夜は自らに催眠を施して無理に寝たのだが。
部屋を見る。窓からは強い光が差しており、既に昼ごろに思える。そして今は夏。しっかり布団を被ったせいか、じっとり汗ばみ、暑い。とここでようやく両腕の違和感に気付く。何かに押さえられているらしく、動かない。仕方なく目だけ動かし、念力で布団を捲る。
「あー、オハヨ〜」
「おはよ〜ござ〜ますわぁ〜」
モルガン、ダッキ。朝起きたらいる、なんてこの二人には慣れたもの。抱き枕、兼抱きつかれ枕である。
「なんだ、お前らか。金縛りかと思って焦った。」
「え〜、反応薄〜い」
「もう慣れた。そんで、暑くないのか? オレ汗かいてるんだけど」
「ちょっと暑いですけどぉ、あなたに包まれるならぜ〜んぜん苦じゃありませんわ! んっ……汗の匂い、好き〜……」
更に強く抱きつかれる。柔らかく、モフモフの触感にはいつも癒されているが、今回ばかりは暑く、疎ましい。
「暑い。離れろ」
そっけない言葉にふくれつら。可愛いけど、暑いものは暑い。
「……分かったよ。少し、手を空けさせてくれ」
エイジが折れた。頼みにモルガンが渋々手を離す。カーペットを念力で数カ所めくると、そこや壁に魔術を撃つ。
「仕事増えるから後で怒られるが、仕方ない」
撃ったところには氷塊が出来上がる。オマケに軽く冷風を吹かせると、あっという間に部屋の温度が十度以上下がる。
「さっ、さむ!」
寒気に身を震わすモルガンが、ひしっと抱きつく。
「わたくしもー、えいっ!」
抱きついた二人はエイジを押し倒すと、布団を被せ包まる。
「これで快適〜ですわ」
エイジもこれなら文句ない。と落ち着いたところで疑問が。
「お前ら、どうやって部屋入った。鍵かけたよな」
「わたくしは、秘書! ですわ」
胸元から取り出すは
「合鍵……メイドに頼み込んだな」
「せ〜かい、ですわ〜」
まあ、こんなところも可愛いよな、ということで許す。
これでゆっくり、まったりとできる。そう安堵したのだが、それが危険だった。油断するとやはり、二の腕に押しつけられた柔らかい感覚に意識が向く。特にこの二人は、周囲の女性の中でも、大きい方。そしてやはりエイジも男、愚息は元気になってしまう。
少し息を止めて、冷静になる。この二人に興奮してることがバレでもしたら……ロクでもない展開になること請け合い。煩悩滅却、鎮まれ鎮まれ……
「あ……ウフフ。エイジくん、興奮してる?」
バレた。モルガンはからかうように、手に指を絡める。
「なんのせいだと思ってる」
「ふふふ〜、当ててるんですわ」
「ヤケになってる〜。かわいい〜!」
耳元で囁くようにして、更に体を密着させる。
「ううっ……ヤらないからな!」
ここでようやく効いてくる。興奮は少しずつ鎮まっていった。二人は残念そうだが、諦めてくれたようだ。官能的に誘惑するより、甘える方にシフトする。
エイジは息を吐いて、温もりに浸る。そしてウトウトして、再び意識を手放す……そうとしたところでノック。
「お邪魔しま〜…あっ」
現れたのはテミス。エイジの顔の横にある角と耳。それで全てを察したらしい。
「どうされました、テミス様?」
「とっととしなさいよね」
冷静で落ち着いた声と、前よりは丸くなった刺々しい声がする。
「エイジくん? どうしたの?」
「大丈夫ですの?」
青ざめる。修羅場の予感。
「早く出て…」
「いやですわ⭐︎」
「こっ、この愉快犯め!」
震える声での懇願は、キャピッと拒否された。
「何事ですか……はぁ」
痺れを切らしたシルヴァが入り、事態を察して額を押さえる。
「これは……レイエルピナ様、少しお待ちくだ
「何してん……なに、これ」
業を煮やして、レイエルピナも入る。__あ、詰んだか__
「なんでアンタの部屋、氷生えてんの?」
「そっち⁉︎」
修羅場かと思ったら、全然違うことに驚き過ぎて、起き上がりつつ、つい突っ込む。
「ああ、そうよね。アンタ何してんの? 女侍らせてさ」
「コイツらは勝手に入り込んだ」
「そう。でも、どうかと思うわよ」
「でも君だって、オレの寝てるところに潜り込んだよね?」
「あーッ‼︎ はいはい‼︎ そうです‼︎ 潜り込みました‼︎ わるかったわね‼︎ ああー‼︎」
超ヤケクソ大爆発。顔真っ赤。耳も真っ赤。
「そうです! どうかと思いますよ、エイジさん! 想い人は一人に
「テミス……君も添い寝した仲だよね」
「くっ……ううっ」
何も言い返せない。こちらも恥ずかしさで顔中真っ赤。
「…………」
絶対零度の視線。この中で唯一、最近添い寝していない者の視線が鋭い。
「シルヴァサン……?」
すぐそばの二人も、射竦められたように震える。密着した腕に、細かい振動がよく伝わる。
「不公平だと思います!」
ポカンとする。__今シルヴァはなんといった?__エイジはしばらく意味がわからなかった。
「はい?」
「だから! 不公平だと言っているんです! ダッキやテミス様、レイエルピナ様さえもが添い寝できているのです! 私だって、したっていいでしょう⁉︎」
震えながら、顔を少し赤くして、目を潤ませて、ちょっと我儘。__死ぬほどカワイイ__心の中で吐血した。
「そんなんで、いいの?」
「エイジ様は自分の価値をわかっておられません! 統括部の面々であれば、エイジ様との添い寝は何物にも代え難い光栄にして至福……!」
「「それは言い過ぎだと思う(いますわ)」」
暴走気味のシルヴァに、つい冷静に突っ込む。
「……おほん。失礼、取り乱しました」
「で、一つ訊きたい。君ら三人は、なんで来た?」
「あのあと、わたしも休むよう言われたのよ」
「はい、私も同様に休暇を戴きました」
「そして、私もなぜかわかりませんが、休暇を……なのでまずは、エイジのお見舞いを、と思って」
「なるほど、さすがは魔王様だ」
レイエルピナは、先日の戦闘での消耗がまだ癒えていない。シルヴァは、エイジにも負けず劣らず働き詰めだった。その負担は、宰相に比べれば軽いが、ハードなのはいうまでもない。テミスも、元敵国の要人。感じるストレスは大きいだろう。彼女らにも休みが必要だった。
「オレの心配もいいけど、自分の体を大事にな。特にシルヴァ。張り詰めすぎだ」
「はい。心配をお掛けして申し訳ありません。お手を煩わせぬよう今後は
「そういうのがダメっつってんの! オレのこととかいいから」
「エイジ様〜、シルヴァのこと、お任せしてくださいませんか? あの性格、なんとかしてみますので〜」
「大丈夫だろうな?」
ダッキに弄ばれて、変な性格にならないか心配である。
「あ、でもダッキ、すごかったのよ? エイジくんが倒れた後のコト」
「や、やめてくださいまし!」
モルガンの話そうとしたことに、久々に焦った調子で、エイジを押し退けてモルガンを制止しようとする。
「シルヴァちゃん引っ叩いて、『ウジウジすんな!』とか、ワタシに『手を動かせ』とか、テミスちゃんに『さっさと慣れろ、足手まとい』みたいに叱咤してたのよ〜」
「や、やぁ……! 言わないでくださいまし〜……はずかしぃ」
これで、モルガン以外は全員赤面したことになる。
「え〜? でもカッコよかったわよォ? 特にィ、ですわ言葉をかなぐり捨てて怒ってたり」
「ほんっとやめてぇ⁉︎ あんなんわたくしのキャラじゃないですわぁ‼︎」
顔を手で隠して、イヤイヤプルプル。
「ま、まあ、事実ですので……褒めていただいてもよろしくてよ……?」
期待するような上目遣い。仕方なーく頭をわしわしすると、毛布が揺れ動く。嬉しそうなパタパタ。ダッキの本当の感情は、耳と尻尾によく出るのだ。
そんな二人の会話をよそに、しれっとエイジの足元からベッドに侵入してくる者が。
「シルヴァ、どさくさに紛れて何してんの」
エイジの上に乗っかると、胸を枕にして、しがみつくように手を添える。顎のあたりに頭があり、爽やかないい匂いが香る。さっきまでは濃厚な甘〜い香りに包まれていたから、新鮮に感じる。
「私が頑張ったと思うなら、ご褒美が欲しいです……少し、甘えても、良いですか?」
「はぁ……こんなんでいいなら、いくらでもいいさ」
ちょうど両手が空いたから。片手で背中を押さえ、片手で頭を撫でる。シルヴァは遠慮がちに頬擦りし、安らかな顔。だが気付けば、ベッドの両側に二人のお姫様が控え、見下ろされている。
「……なに。いや分かるけど……仕方ないやん
「そろそろ交代を要求します!」
またも予想外の答えに、エイジは思考停止。
「えっ……えっ?」
「ふん、横のアンタら、その様子じゃ夜からいたんでしょ」
「ふふ〜」
「そのと〜りですわぁ」
「そろそろ私の番です!」
テミスはダッキを、レイエルピナはモルガンを引き剥がそうとする。
しかし、
「レイエルピナちゃん……エイジくんのこと好きなの?」
モルガンの言葉に、レイエルピナは硬直する。
「え、いや、別にそういうわけじゃ……!」
「じゃあ、なんでこんなことするの?」
理由を問われて、答えることができず、その手から力が抜ける。
「な、なんとなくよ! なんか、嫌なの!」
けれども、すぐに開き直って引っ張る。そんな、自分の感情に気づいていないレイエルピナは、モルガンとダッキからしてみれば微笑ましく、シルヴァとテミスからしてみれば厄介なライバルが減るから、できれば気づいて欲しくない。
そんなわちゃわちゃをよそに、エイジは手を頭の後ろで組んで枕にすると、皆を見回し、呆れたようにつぶやく。
「はぁ……あのさ、恋人でもないような人にこういうことするの、どうかと思うよ」
四人の動きが凍りつく。胸の上からも、ビクリという震えを感じる。
「この世界の貞操観念がどうなのかは知らないけど、少なくともオレは抵抗を感じる」
彼女らは失念していた。エイジは凄まじく鈍感なことを。いや正確には、さすがに気付いているが、受け入れ難い。テミスという前例はあれど、自己肯定感は未だ低く、女性からの好意を否定する。
今すぐ叫びたかった。遊びじゃなくて、本気だと。けれど、そんなことはできない。この流れで言ったら、軽く受け止められてしまうし、ライバルから牽制や妨害を受けることもあるかもしれないから。
その点、既に想いを伝えたテミスは大きくリード。抱き枕に関しては、いざという時のペット枠を使えるダッキが強い。モルガンは関係を持ってはいるけれど、ダッキに発破された通り、強い手札ではない。一番弱いのはレイエルピナ。己の抱く感情が、一体どういうものなのか分かっていない。ただこの場の空気に流されて、独占欲を発揮しているだけ。
エイジの言葉で固まった空気。レイエルピナだけちょっと分かっていない様子だったが、牽制し合うバチバチの視線がぶつかり合う。
膠着し、息の詰まる空気。渦中のエイジは、居心地悪すぎてとっとと出て行きたいが……




