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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅰ 宰相、始動
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4 未来の宰相の鍛錬(二日目)②

 講義後、食堂に向かうと、厨房には見知った顔が。


「あれ? あんたら?」

「はっ、ご、ご主人様⁉︎」


 フィリシアが叫び、それに釣られて複数人のメイドがエイジを見る。そこにはハインリヒとフェルトもいた。そんなことより、彼の視線は彼女達の手元へと向けられていた。



「これは、こうするんじゃい!」


 そのあとエイジは厨房にズカズカ入り込み、食材と調味料を調べた。そして自ら調理を始めたのだ。昨日の食事はクソ不味かったが、原因がわかった。それは、そもそも魔族には活動のエネルギーを周囲の魔力から得られるため食事があまり必要ではなく、調理という文化があまり根付かなかった結果、味などほとんど気にしていないことだ。つまり昨日のは、料理などではなかったということである。ノクトが不思議そうな顔してた理由が分かる。だがエイジはまだ魔力の吸収がうまく出来ず、少なくとも彼はその味に耐えられない。故に、調理をすべくメイド達の群れに割り込んだ訳だ。因みに彼女達の大半は、下寄りの中流階級の悪魔族系らしい。



 三十分後…


「これでよし」


 調理完了。今日の食材は川魚と野草だったが、美味しく食べられるものを判別し、適切な下処理をし、調味料をかけたり、ドレッシングを有り合わせで自作することで、なんとか食べられるようになった。一応、彼は一人暮らしで自炊の経験もある。そして、この持論…


__オレは美食民族日本人だ。より良い味を追求する__


 しかし、圧倒的に使用できる食材、調味料が少ない。主食がパンだけなのもいただけない。食の改革は、早めにすべきだと考える。因みに、調理された魚とサラダを食べたメイド達は目を丸くしていた。


 それからというもの、この城のメイドたちは代わる代わるエイジのもとにやってきては指導を請うようになり、メイド達の仕事の精度は、見違えるように向上したとして評価された。




「さて、今日は何をしたい?」


 メイドたちに調理を教え込んだのち、エイジは昨日と同じ鍛錬場に来ていた。案内付きで。城は一日二日、しかも限られた時間で全容が把握できる大きさではなかった。


「そうですね……他に体系立った武器種はありますか?」

「ふむ。短剣や斧、戦鎚、盾であったり格闘術等があるが……あれもこれもと手を出しては、結局何も身に付かぬ。まずは何かを極め、その上でどのような武器でも戦えてこそ一流と言えよう」


 そんなことはわかっている。しかし…


「それでも……やらせてください。私は、一つを極めるということが苦手なのです」

「……わかった。好きなようにやらせよとの命だ。そう望むのなら、我らも総力をかけて教授しよう」


 どこか呆れた様子ではあった。しかし投げ出さないでくれたことに感謝しつつ、エイジは鍛錬を始めた。


 だが彼らは知らなかった。なぜこうもエイジが多種の武器を扱うことに拘るのか、その真の意味を。なぜならば、エイジの特殊能力、その内容を知るのは彼(とそれを与えた者)だけだからだ。



 エイジの要望通りに様々な武器種を教えるその前に、エリゴスは昨日教えた基本の武器を振らせる。


「…ん? どうした」


 だが、どうにも様子がおかしい。振り方に違和感がある。


「それが……腕が、筋肉痛で」


 エイジは武器を置いて、痛そうに上腕を揉んでいる。


「……そのようだな。これでは教えようにも、ものにならん。変な癖がついても困るしの……ふむ」


 悩んだ様子のエリゴスは、ノクトに目をやる。


「およ? ああぁ。よし、任せて!」


 視線に気づいたノクトは、エイジを鍛錬場の端に連れて行く。


 床に布を敷き、そこに寝るよう促すノクト。エイジもされるがままにする。


「じゃあ、やっていくよ」

「くぁあ……」


 エイジの肩を掴むと、指圧していく。それから腕に向かって、徐々に、揉みほぐしていく。ちょうど良い力加減、ツボを押さえた的確なもみかた。その心地よさにエイジの瞼は重くなっていく。


「……よし終わり。起きて」


 ノクトに揺すられ、起きる。施術時間は十分ほど。そのうち、いつの間にか眠っていた。


「じゃあ、いくよ」


 ノクトはエイジの背中に手を乗せると、二回何かの魔術を発動した。


「はい終わり。調子はどう?」


 エイジは起きて、肩を回してみる。痛みは、消えていた。


「回復魔術の一種で、片方は疲労回復、もう片方で筋肉を修復させたんだぁ。ちゃんと巻き戻しじゃなくて回復にしたから、成長したはずだし安心してね。マッサージは、事前に解しておかないと回復で歪な形になることがあるからねえ、いちおうやっといたよ」


 もちろん、回復のエネルギーは術者持ちだ。


「……そうなのか。なんか…ありがとう」

「どういたしましてー。じゃ、再開しよっか?」

「待て」


 呼び止めたのはエイジではない。ノクトは呼び掛けられた方へ振り返る。


「どおったレイヴン?」

「どうもこうも、お前はそいつに甘すぎではないか⁉︎」


「まあ自分でもそう思わなくもないよ? けど、その方が効率良くない?」

「それはそうだが……ん? おいオマエ、その指輪は何だ」


 ノクトの返しに窮したレイヴンは、矛先をエイジに向けた。


「これ? いや魔王様から貰ったんだが。なんでも、魔王城の鍵になるとか何とか」


 右手を差し出し、見せる。


「は? 魔王城で魔術式の鍵がつくのは玉座と宝物庫くらいしかないぞ。よく見せてみろ……この方陣は…?」


 レイヴンは彼の右手を引っ掴み、まじまじと見る。


「それは魔王国のシンボルと…」

「いいや、それ自体に魔術的な意味は無い。その奥だ。……何だこれは、鍵の機能なんてありはしない。効力は、身体能力の向上にベリアル様との魔術通信回線、無属性のランク4攻撃魔術と回復魔術の術式、術者の魔力効率の上昇……しかも秘めているのはベリアル様の魔力だ…!」

「……なるほど。ふふっ、そういう」


 何度も驚愕し続けるレイヴンと、何かを察したらしいノクト。


「ふむ、だとしたらそれは、ベリアル様からの個人的な贈り物というやつであろうな」

「あー、それ言っちゃう?」


 途中から聞いていたエリゴスが答えてしまい、それにかなりのショックを受けたらしいレイヴン。


「ほら、魔王様もエイジクンには期待してるってことだよ」

「ぐぬ、ぬ…」

「じゃあほら、再開しよっか」


 悔しそうなレイヴンを宥めながら、ノクトがエイジを促した。



 疲労や痛みもなくなり、万全の状態で鍛錬に臨むことのできたエイジ。体が魔力になじみ、筋肉も成長し、初めてのことばかりだった昨日に比べれば、いくらか身体や精神が慣れたこともあって、昨日ほどは疲弊しなさそうだ。だが、何事も順調とはいかない。


「今日は、新たな武器に手を出すのはやめにしよう」

「な、なぜですか⁉︎」


「わからぬか? 昨日やったこと、それが抜けている。もう少し、基礎の動きを体に覚えさせるべきだ」

「……はい、分かりました」


 結局いつかはやらせてくれるのだ、これ以上のわがままは良くない。ましてや達人の言うことであるのだから、逆らえば碌に成長できないだろう。


 昨日習ったことと同じように、剣槍弓の武器の素振りと打ち込みを反復して行う。何度も何度も指摘を受け、幾度となく振りながら調整していく。疲れたら、魔術で回復してもらう。腹が減れば、誰かが何かしらを食堂から持ってきてくれる。超熟練の戦士の的確な指導と尽くことのない体力のおかげか、エイジの戦闘技能はメキメキと上達していくのであった。


「ふむ、随分と良くなった!」

「まあ、幾らかマシにはなったな」

「ふぅ…フーッ……それは、よかった、です……」


 例え体力を回復したとしても、疲労はどうしてもある程度蓄積する。それに、精神面での疲労は、すぐに治るようなものではない。


 勉強も体を動かすことも楽しいが、エイジは転生したのではなく転移した身。ブラック企業で身も心も大きく削れたサラリーマンと、地続きの存在であるのだ。故に……エイジは異世界や魔術でハイになり、幹部たちも彼の過去を知らないせいで、誰も気付けなかったことであるが、エイジは精神面で大きく消耗し不安定になっていた。そのせいだろうか、肉体スペックの割に、彼は疲れやすくなっている。


「うむ、形になってきた。であらば、次の段階に進んでもいいかもしれぬな」

「そうですか!」

「だが、無理は禁物だ。魔術の勉強もあるだろう。今日は、これで終わりとしよう

「はい、ありがとうございました」



 部屋に戻ったエイジは、ベリアルから貰った部屋着に袖を通すと、魔導書を開いて読み始める。さらに、特殊能力を軽く試すと……疲れからか、すぐに寝落ちしてしまった。

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