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伝説になれないかもしれない勇者(仮)

作者: まるせい


◆勇者◆


「はぁ。本当に困ったよね」


 僕は盛大に息を吸い込むと溜息を吐いた。


「全ては神の試練ですわ勇者様」


 柔らかい笑顔で僕を励ましてくれるのは白の法衣に身を包む金髪碧眼の美少女。


「だけど、完全に手詰まりってわけでも無いだろ?」


 純白に銀の刺繍がされた鎧に赤いマント。更に魔法石で装飾が施された凝った意匠の長剣を片手にした青年が僕に質問する。


「こうも手立てを失うと若干無理無謀かと思いますけど」


 僕が質問に答えようと思った所で黒のローブにトンガリ帽子。さらにはさほど高くない身長より長い杖を持ったこれまた美少女が変わりに質問に答えてくれた。


 僕は三人を見渡すと結局地面を見つめて再度溜息を吐いた。


 どうしてこうなった?



 ◆聖女◆


 まずは状況を把握しなければなりません。


 現状、勇者様は落ち込んでおります。物憂げな表情とまだ幼さの残るその姿は保護欲をそそられると共に、優しい顔は見ていて安心する事が出来ます。


 何故勇者様が落ち込んでいるかといえばそれは目的が果たせないからです。


 私と勇者様が出会ったのは今から一年程前になります。

 私は日課のお祈りを捧げるべく神殿の礼拝堂で膝をついていましたところ、神託が下ったのです。


 『聖女よ。お主はこれから復活する魔王を討伐する運命にある。神殿に伝わりし封印を解き勇者を手助けするのだ』


 それは、初めて聞く神の言葉でした。私はその言葉に従い勇者様が現れるのを待ちました。


 ある日。私は炊き出しに参加すべく大量の卵を茹でていました。

 小鳥から魔物まで。様々な大きさの卵があったのでいちいち割るのは面倒です。


 そんな訳で大釜にお湯を張り一度に茹でました。


 そんな中、私は彼に会いました。


 白馬に乗り、マントをたなびかせて私の前に立つ彼を見たとき、私は感動のあまり失禁してしまいそうになりました。

 白馬から降り立ち、私と目線を合わせると勇者様は言いました。


 『この神殿に神の乗り物があると聞いてきたのですが』


 その時。私の信仰対象は変わりました。神より勇者様へと。





 ◆聖騎士◆


 勇者が落ち込んでいる。情け無さそうに落ち込む姿は普段の戦闘では見ることが出来ない年相応の表情だ。


『お前は勇者なんだからそんな顔を人々に見せるな』


 出会った当初はこいつが何かあるたびにメソメソしていたから俺が叱咤してやったもんだ。

 最近では俺達の目の前以外ではこういう表情を出す事はしなくなった。


 きっとこいつなりに自分が背負う物へのプレッシャーだったり覚悟があるんだろう。最近では俺もとやかくいう事は少なくなった。俺なりにこいつの事を認めてるからだな。



 思えばこいつに初めて出会ったのは三年前になる。



 王宮で日々の訓練に励んでいた俺は魔王が復活したと聞いて気が気じゃ無かった。

 俺の剣は当然王国を護る為にある。その事は否定しない。だが、俺がこうしてのうのうと鍛錬をしている間にも力なき人々が魔王によって蹂躙されていく。そんなもやもやを抱えて生きていた。


 俺はそのもやもやを日々の訓練で発散していた。

 王宮の宝物庫にあった古くくたびれた鎧。こいつがなんとも頑丈だった。


 管理者に問い合わせてみたが、目録にも載っていない鎧だったので俺の訓練に丁度良く毎日最高の技を繰り出しても壊れやしねえ。

 俺は面白くなり、その鎧が壊れるまで徹底的に鍛錬を行えた。


 ある日。俺は王に呼ばれた。

 周辺を大国に囲まれちゃ居るが、政治の手腕と周辺国家との条約締結により平和が保たれている。

 

 平時であれば文句なしの名君として名を残す人物と評価できる。


 そんな王が一騎士である俺をワザワザ呼び出すのだからどういう事かと思って訪ねてみたら。


 居やがった。


 黒髪に黒目。大人しそうな顔をしたこいつがだ。

 身長だって今より全然低いし、胸板も殴ればすっ飛んでいくほど華奢だった。


 そんな俺の視線を感じたのかこいつは俺から目を逸らしやがった。


 俺は王に呼び出されたのを思い出して玉座を見ると。


「この者こそ、神託が示す勇者也。貴様には今日から聖騎士の称号を与える。勇者と旅立ち魔王討伐を果たすのだ」


 その時の俺の感じた高揚感。目の前のもやもやが消えスッキリしていくのを感じたね。


 俺は王の命令に即座に頷いた。だってそうだろ?

 男に生まれたからにはでっけえ事やりてえじゃねえか。




 ◆大魔道士◆


 勇者さんが落ち込んでます。

 普段頼もしくて優しくしてくれる方なのに……。


 落ち込む姿を見るとなんだか逆立場になったみたいで頭を撫でてあげたくなります。


 思えば私達が始めてであった時も、泣いている私の頭を優しく撫でてくれましたね。


 あの時から二年も経つのです。お互いに少しは成長したようで、最近では勇者さんを見ると心臓がドキドキする事があります。


 私が住んでいたのは魔道士が集まる集落のような村でした。

 そこでは大人達が日々を魔法の研究をして過ごしていました。


 ある日。私は建物に忍び込みました。

 大人達が入っちゃ駄目と注意する建物に。


 奥へと進んでいくと人気は無く、なにやら魔力が集中している台座を発見しました。

 そこに刺さっているのは今まで見たことも無い程綺麗な剣でした。


 私はその剣に触ってみたくなり、手を伸ばしました。

 ところが、封印が邪魔をするせいで触れません。


 私は当時から天才でした。封印があるのなら魔法陣を弄って解除してしまえばいいじゃないですか。


 そんな私の安易な考えでずらした魔法陣。目の前の美しい剣は一瞬にして折れてしまいました。


 焦る私をよそに住人達が集まってきます。

 そして折れた剣を見ると嘆きながら村唯一の鍛冶屋へと運び込みました。


 そして出来上がったのは見た目からして全然違う短剣でした。

 私は両親や長老にこっぴどく怒られました。


 毎日お尻を叩かれ。「とんでもない事をした」と怒鳴られ続けました。


 そんな折に、勇者さんが現れたのです。夕日を背にしていたので表情はわかりません。だけど、ただ優しく私を撫でてくれたのです。


 その時に私はこう思いました。


 この人の力になりたい。この人を支えてあげたいと。

 それから私は村から逃げるように飛び出すと勇者さんの後を追いかけました。




 ◆勇者◆


 僕が黙っていると皆も静かになってしまった。

 聖女様は優しげな視線を相変わらずおくってくれているし。聖騎士は弟を見るような感じだ。

 大魔道士ちゃんは相変わらずの無表情で物言いたげな視線を向けてくる。


 さて。そろそろ僕が何に悩んでいるかを説明しなければなるまい。


 まずは僕たちの目的から。


 僕を勇者と呼ぶ人たちが居る。そしてその僕を助ける仲間が居る。

 それぞれが年数よりも濃い時間を共有しており、既に無くてはならない存在だ。


 勇者の目的は何か? それは物語が語るように魔王の討伐である。


 僕が神託により勇者として祭り上げられてから三年。僕らはそれを目標にここまで頑張ってきた。

 だが、魔王と言うのは別格の存在なのだ。


 がむしゃらに討伐しようとしても簡単に倒せるものではない。全ては入念な準備を行わなければ適うはずも無いのだ。


 よって僕は旅に出る際、色々と調べた結果魔王を倒すのに必要な三つについて知ることが出来た。



 ひとつ。魔王城に至る為の乗り物。



 魔王城とは難攻不落の山脈奥地にある。もしも徒歩で向かうとすれば月単位の移動を余儀なくされるだろう。危険な魔物に食料事情。リスクを考えればきりが無い。




 ひとつ。魔王の力の一部を封じ込める聖剣。




 魔王が現れるのは今回が初めてではない。歴史を紐解けば過去にも魔王は存在した。そんな訳で、歴代の勇者の所有した聖剣。それこそが魔王に対して大打撃を与える鍵になる筈だった。




 ひとつ。魔王の力を受け止める聖鎧。


 魔王が繰り出す攻撃の一つに闇属性の魔法がある。これを受けると一時的に魔法での回復を受け付けなくなる。つまり、一度ダメージを受けてしまえば自然治癒でなければ治らないという事だ。

 ただの魔物や四天王クラスであればまだ何とかなるかもしれない。だが、相手は魔王だ。きちんと聖鎧を身につけ仲間に攻撃が行かないようにガードしなければあっという間に全滅は免れないだろう。






 そんな訳で。僕が打倒魔王に必要と思ったこれらを探す事から始めたのだが……。


 まず鎧について。

 これは伝説によると、鎧は勇者が現れる地域の何処かにひっそりと出現するらしい。


 何故そんな現象が起きるかについては伝説なので良くわからないがそういうものらしい。

 もっとも、鎧と言っても最初はそれっぽい形をしていないそうだ。錆や汚れが酷く、それらを綺麗に磨き上げなければ本当の姿を現さない。


 僕が最初に行ったのは近くにある古い鎧を磨く事だった。

 王様や周囲にも協力してもらい、集めたそれを毎日磨く。他人には任せなかった。


 何故なら、その鎧は勇者が磨けば磨くだけ防御力が上がるのだ。最初は何処にでもある錆びた鎧が、いつしか勇者が身につける聖鎧になる。

 そんな文献にしたがって僕は毎日鎧を磨き続けた。


 一ヶ月経過した。

 僕の目の前には綺麗に磨き上げられた鎧の数々。どれも引き取った当初とは見た目からして違う。中には中々の高級品もまぎれていた。


 だが。僕が捜し求めている勇者の鎧はそこには無かった。

 僕は落胆した。自分がしてきた1ヶ月はなんだったのだ?


 これならとっとと町をでてスライム相手に戦闘経験を積んでおくべきだったのではないか?

 1ヶ月を無駄にした。その間に魔王軍に殺された人々の事を思うと僕は悔しさと申し訳なさが消えなかった。




 ◆聖騎士◆


 まだ勇者が落ち込んでいる。出会った当初からこいつとは色々話をした。

 だからこいつが今何について悩んでいるのか俺は察してやることが出来た。


 だから俺は勇者に対してこう言ってやる。


「鎧の件は残念だったが、それでもおまえ自身が磨き上げた最高の鎧があるじゃねえか」


 こいつが磨いていた鎧の中に、一風変わった鎧が潜んでいた。最初はたんなる錆びた小汚い鎧だと思ったんだが、磨かれてみてびっくり。なんと精霊が宿る鎧だった。

 お陰でこいつは旅の間に精霊に助けてもらえる。


 俺達パーティーも精霊の加護で何度ピンチを救ってもらったかわかりゃしねえ。


 俺の言葉に勇者は顔を上げると。


「ありがとう。そうだよね。<<聖鎧は何故か王城の廃棄場でずたずたになっていたけど>>。無い物ねだりはやめにするよ」

 

 最後に俺に清清しい笑顔を見せてくる。どうやら完全に吹っ切れたようだな。

 そんな眩しいばかりの勇者の笑顔。普段は弟のように接し、完全に子ども扱いしていた俺だが今のこいつには何も言える気がしない。


 俺は勇者の言葉に対し、初めて背筋から汗がでるのを自覚し、そっとその視線を勇者から逸らした。




 ◆勇者◆


 聖騎士になぐさめられてしまった。思えば彼はいつも僕の事で親身になってくれる。

 旅に出始めた当初。技術も経験もない僕は彼の足を引っ張った。


 無理も無い。生まれてこのかた剣を振ったことも無ければ魔法を使った事も無いのだ。

 そんな僕に対して彼は根気良く剣を教え、時には魔物から護ってくれた。


 何やら顔色が悪いみたいだが、急な風邪だろうか?

 もしそうだとするならあまり長く話すのはやめておいたほうが良いだろう。


 とにかく鎧については仕方ない。今の鎧も闇魔法ははじけないが、それでも精霊がついている。オートーヒーリングがあるのでそれを使えば戦闘中のダメージもある程度はその場で回復させられるだろう。



 さて。どこまで話したかな?

 えっと。僕が鎧を手に入れられなくて旅に出たところまでだったかな?


 目的の物が一つなくなったぐらいじゃ僕は諦めない。無ければそれなりの手段をとればいいだけだからだ。

 そんな訳で僕と聖騎士は次の目的を果たすことにした。


 次の目的。それは封印されし聖剣である。


 これに関しては人里離れた場所に封印されていると記述があった。

 僕と聖騎士は目撃情報や噂をあてに東に西にと走り回った。


 そして今から二年前。とうとうその手掛りを入手した。


 山奥にある魔道士達が住まう隠れ里。そこに魔道士の魔法力を原動力に封印されし聖剣がある。


 僕らは時間を惜しんで駆けた。鎧の二の舞にさせてたまるかと思い、里へと到着した。


 そこで僕は見たのだ。封印が既に解かれており、聖剣が刺さっていた台座には何も残されていない。


 絶望した僕は住人達に詰め寄った。

 だが。どの人も僕から目をさっと逸らすとこう言うのだ。


『すまない。聖剣は永遠に失われた』


 僕は落胆した。聖鎧に続いて聖剣まで。これではたとえ魔王に辿り着いたとしても倒す事が出来ないではないか。

 そんな時。僕は彼女に出会った。


 当時。泣きじゃぐる彼女を見て僕は幼い子供が泣いていると思った。僕自身も泣きたい気分だったのだが、他人が泣いていると冷静になれる。

 危ういところで僕は人前で無様を晒す所だったのだ。


 そして彼女の柔らかく暖かい頭を撫でている内に段々と気持ちが落ち着いてきた。


 僕が彼女にお礼を言って里を出ると驚く事に彼女は僕を追いかけてきた。

 そしてある物を差し出すと旅に同行したいと言い出したのだ。


 僕は懐かしい事を思い出したなと思い、目の前にいるその少女へと目を向けた。



 ◆大魔道士◆


 勇者さんがこっちを見ている。

 先程までの落ち込んでいた姿ではなく、昔会った時を思い出すような優しい顔をしていました。


「勇者さん。平気ですよ。魔王の闇魔法なんて私の大魔法で押し返してみせますから」


 そんな勇者さんの役に立ちたくて、私は大げさな言葉を口にします。

 相手は魔王なんですから。私の魔法がおいそれと通じる相手ではありえません。


 だけど、私のそんな無理した言葉が利いたのか勇者さんは。


「ありがとうね大魔道士ちゃん。もし闇魔法が飛んできても君たちは僕が身を挺して護るから」


 そう言って頭を撫でてくれます。私はさり気なく帽子を外すと頭を再度差し出します。

 出来ればじかに撫でられた方が嬉しいですからね。


 そんな風に考えて距離が近かったのか。

 撫でながら過去を思い出したのか勇者さんはぽつりと呟きました。


「それにしても……里に封印されていた聖剣はどこにいったやら……魔王が持って行ったのか?」


 その瞬間。私は固まりました。そして勇者さんの腰に刺さったそれを見ます。


「ああでも。大魔道士ちゃんがくれた<<この短剣>>。これのお陰で冒険は随分楽になったよね」


 何かの役に立つかもしれないと思って里から持ち出した短剣です。封印されていた長剣の成れの果て。

 そう。元々は長剣だったわけで…………。


「大魔道士ちゃん?」


 返事をしない私を心配そうに勇者さんが覗き込んできます。


「えと……えっと……」


 慌ててわたわたした後。私は勇者さんからそっと目を反らす事に成功しました。




 ◆勇者◆


 なんでだろう? 大魔道士ちゃんが目を合わせてくれない。

 やはり親しい間柄とはいえ勝手に頭に触れたのは不味かっただろうか?


 出会った当初は別にしても彼女は日々成長している。低かった身長は同年齢の子に比べて少し小さい程度。16歳という事を考えるのならまだこれから発達する余地は残している。

 最近では出会いがしらにはっと見惚れてしまう事もあり、なるべく意識しないようにしているのだが、もしかするとそんな心境を読まれた?


 だとすると非常に不味い。打倒魔王終盤の現在パーティー内がギクシャクするのは良くないからな。これからは適度な距離を保ちつつ彼女には接する事にしよう。


 聖騎士と大魔道士。どちらも無言になってしまった。

 そうすると会話の相手は自然と限られてくる。残るのは彼女だけだからね。



 僕が目線を向けると彼女とバッチリ視線があった。

 どうやら彼女はずっと僕を見ていたらしい。

 そりゃあ目も合うわけだ。


 思えば彼女と出会ってから既に一年が経とうとしている。

 様々な試練や旅を経ているのに未だに彼女との距離は曖昧だ。


 どこか一歩引かれているというか、腫れ物に触れるかのような扱いをされている。

 もっと聖騎士や大魔道士のように接して欲しいんだけどな。


「勇者様。次はどちらへ向かう予定でしょうか?」


 彼女はその澄んだ碧眼を僕へと向けてくる。あまりにも綺麗なので目を離せなくなってしまう。

 程ほどのところで僕は意識を取り戻すと。



「そうだね。とりあえず食事でもしよっか?」


 二人が心ここにあらずといった状況だ。この場で建設的な意見が出るわけも無い。

 美味しいものでも食べれば気分転換にもなるかと思って僕が提案すると三人は頷いてくれた。



 場所は変わって街の食堂。

 近くに養鶏場があるらしく、豊富な卵料理が自慢と噂が絶えない店だ。


 聖騎士がオムライスを、大魔道士が目玉焼きを注文する中、聖女さんは……。


「聖女さん。それだけで足りるの?」


 彼女が注文したのはゆで卵だった。


「ええ。私はこれで十分なんです」


 今までも旅の間でもそこまで多く食べなかった。

 事実彼女はこれで十分なんだろう。


 それにしても不思議だ。本人の少食は良く知っているのだが、身体の一部はそれに反比例するかのように育っているからだ。


 一体どのようは省エネが彼女の体内で起こっているのだろう?

 これは世界における不思議現象の一つかもしれない。


「勇者様?」


 僕が彼女の身体の一部を見ていた事に気がついたのか顔を赤らめて隠してしまう。そんな仕草が既にどうしようも無い程に可愛らしいので僕が見ている前以外ではやめて欲しい。

 とはいっても彼女と付き合っているわけでは無いのでそんな事を口にするつもりはサラサラ無いのだが。


 とにかくピンチだ。これから先も友好な関係を築いていく上で、彼女の事をやらしい目で見たという事実は良くない。

 だから僕は話題を逸らすことにした。


「好きなんですね」


「はっ……えぇ。それは……そうですけど。……まさか知っておられたのですか?」


 僕の質問に肯定しながらどこか意地悪をされたような拗ねた顔で見上げてくる。


「ええ。初めて会った時もそれ。茹でてましたよね?」


 彼女と初めて会ったのは神殿の広場だ。

 炊き出しの準備を行っている最中の彼女に僕が話し掛けたのだ。


「えっ……そっちですか?」


「ええ。ゆで卵ですけど? 何と勘違いされたんですか?」


 今の会話の流れならそれ以外に無いと思うんだが、他に彼女が好きな物といえば……。


「ええそうです。ゆで卵です。他にありませんとも」


 焦りながらゆで卵に塩を振り続ける彼女。あまりかけすぎるとしょっぱいよ?


「僕も好きなんですよ」


「ふぇえええええっ!!?」


 僕の発言に気をとられた際に塩の蓋が外れて塊がゆで卵に落ちる。


「あの時聖女様から頂いたゆで卵美味しかったなぁ」


 炊き出ししていた中でもとりわけ大きいゆで卵を彼女は僕に差し出してくれた。

 最初は遠慮していたのだが、「是非に」と押し付けられると僕は断るのも悪いと思ってそれを頂いた。


 その時食べたゆで卵の味といったら。濃くて深い味わいの黄身に口の中でさっと溶ける白身。まるで太陽を口にしているような暖かさで身体に力が溢れてくるような錯覚を覚えた。



 ◆聖女◆


 あの時のゆで卵を思い出しているのか勇者様は幸せそうな顔をしています。


 それにしても「好き」なんて発言。紛らわしすぎです。

 私が最も好きな人なんて答えるまでもありませんじゃないですか。


 そういう鈍い部分は出会ってから一向に変化が無いのですから。


「そういえば……」


「ん? どうしたの?」


 私は勇者様に出会ったときの事を思い出しました。


「結局見つからなかった神殿の乗り物と言うのはどのような形をしてるのですか?」


 勇者様が神殿を訪ねたのは神殿に伝わる神の乗り物を手に入れる為でした。

 折角訪ねてくださったのですが、どれだけ探せど見つからず。


 結局手掛かり一つ無いままに神殿を後にする勇者様に申し訳なく思った神殿は私を派遣しました。


 もしかすると私が見たことがある物かもしれません。であれば勇者様の落胆の一つを笑顔にかえられるかもしれない。

 そんな私の考えを知ってか勇者様は答えてくれました。


「乗り物といっても船や馬車みたいな道具じゃないんだ。神獣ってやつだね」


「はぁ……神獣ですか?」


 あまりピンときませんね。私は自身のゆで卵の塩を手で払いながらも勇者様の言葉に耳を傾けます。


「それは。犬や猫のような愛らしい姿でしょうか? それともドラゴンのような恐ろしい姿でしょうか?」


 もしかすると神殿の何処かに存在したのかもしれない獣。今更ですが、過去を思い返して見ます。


「ははは。そんな姿だったら見分けがつかなさそうですね。伝説によると卵から生まれる不死鳥だそうです。歴代の勇者は不死鳥に乗って山脈を越えて魔王に挑むそうですよ」


「ふし……ちょう…………たま……ご……?」


 私は目の前にある鶏の卵を見つめました。

 神殿にも養鶏場はあるので、ニワトリもそのひよこも見たことが当然あります。


 この程度の小さな卵からあの大きさに育つニワトリ。生命の神秘を感じますね。


 私が言いたいのは卵の大きさは生まれてくる生き物の成体の大きさに比例するという事です。

 当時、勇者様に渡したゆで卵。あれは一抱えにもなる大物でした。


 後から神殿の関係者に確認したところ、用意したのは最大でダチョウの卵までとの事です。

 あの卵はそこから二周りは大きかったと記憶しております。


「なんでも勇者が触れると卵が割れて雛が産まれるらしいです。刷り込みによって初めて見る勇者を親と認識した不死鳥は1ヶ月ほどで成鳥になり勇者を乗せて飛べるようになるとか」


「そ……なんですか…………」


 私の体から汗がでています。それはもう凄い勢いで。


「聖女様。体調が優れないんじゃないですか? 凄い汗ですよ」


 まずいです。どうにか誤魔化さなければ。


「このゆで卵がしょっぱくてですね……つい」


「えっ? でもまだ一口も…………」


 勇者様の怪訝な表情を見るなり私はゆで卵を口へと押し込みました。

 半分は塩なのでじゃりじゃりと口の中が鳴り、味覚が刺激されて涙が出てきました。


 私はそれを幸いにと勇者様から目を逸らしました。




 ◆勇者◆


 おかしい。さっきまで落ち込んでいた僕が言うのもなんだが、完全に空気が死んでいる。

 聖騎士は「俺の黒歴史が……」とぶつぶつ呟いてるし。

 大魔道士は「天才の私があのようなミスをしたばかりに……」と後悔している。

 聖女は「普通。乗り物といったら道具を連想するじゃないですか。詐欺ですわ」と現実逃避している。


 普通に会話をしていたつもりなのだが、やはり彼(彼女)らとのコミュニケーションをもっととるべきかもしれない。


 ここは一つ気の利いたジョークで場を和ませるとしよう。


「皆聞いて欲しい事があるんだ」


 僕の言葉に三人はがばっと一斉に顔を上げる。おおうっ! 全員の目が血走っていて若干怖い。

 こういう場面では単なるジョークじゃあ駄目だな。


 僕が普段言わないような過激な発言をして頭を空っぽにするぐらい放心させなきゃこの状態異常は治らない。


「僕が見つけられなかった三つ目的物なんだけどさ」


『うん』


 三人はゴクリと喉をならし続きを促す。


「王様に指名手配してもらって犯人見つけて八つ裂きにしようかとおもうんだ。だってそのお陰で僕らは今魔王を倒す手立てを失ってるんだからね」


 どうよこれ? 僕らしくない過激な発言でしょ?


 後は聖騎士が「なら俺も手伝ってやるよ」と同意して。


 大魔道士が「ならばその下手人には魔王より先に私の大魔法の実験台になってもらいます」と乗ってきて。


 聖女が「駄目に決まってるじゃないですか勇者様。私達の気を紛らわせてくれる為にそんな冗談まで……」と場をならしてくれるはず。




 果たして得意げに目を開けた僕が見たものは―――――――。



 地面に頭をこすり付ける三人の姿であった。


 おしまい

二年前に遊びで書いた小説です。

楽しんで貰えたなら嬉しいです。

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[良い点] オリジナリティ溢れる展開が良い! [気になる点] この後がとても気になります!
[良い点] ブツは無念だけど 犯人には全て1発検挙ww [気になる点] 、、、、聖騎士 大魔道士 聖女 ある意味 厄介払いの放逐w まさか この勇者までもが! [一言] 作者様 まさか 魔王が正当な勇…
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