9.王女様
牢屋を前にして、俺は言葉を失っていた。
こんな酷いことが……非人道的な許されるのか。
俺はちらっとブレンダ、そしてクリスを見るが、彼らは全く表情を変えていない。
つまり、この世界ではこれが当たり前なのか。
奴隷なんて小説の産物だと思っていたが……
俺たちに怯えるように牢屋の隅に集まっていく女性たち。
痛々しいその姿に、俺は数秒沈黙していた。
「……まさか、首輪を外そうとしているんすか?」
「ダメか?」
クリスが止めてくる。
その表情には何の感情も浮かんでいないが、それでも俺に対してマイナスの感情は示されている。
「その首輪を外したとして、この子たちが生きていけると思うんすか? 奴隷はもう奴隷でしか生きられないんすよ」
「それはこいつらが決めることだろ」
この少年がどんな人生を歩んできたのかはわからない。
でもそれを決めるのは俺たちではない。
仮に奴隷でも、ここから努力して頑張ってくれる人がいるならそれでいいと思う。
俺はクリスを無視して、牢屋に入る。
「その首輪を外したいんなら、俺の近くに来てくれないか。もしも、そのままでいいならその状態でいい」
彼の助言を完全には無視できていない気もする。
「多分、これから奴隷商を捕まえに憲兵が来てくれる。そのあとのことは俺も知らん」
……俺が鉄格子を歪めたから怯えているわけじゃないんだよな?
俺が牢屋に進めば進む程、元奴隷たちは隅に逃げようとしている。
「……アラタ」
「ブレンダ」
「この子たち、多分言葉がわからないんだと思う」
暗くてわからなかったが、奴隷たちには俺たちみたいな顔の横についた耳は存在しておらず、俗にいう獣耳だった。
尾も生えており、見るからに人間ではない。
「なるほど、見ず知らずの言語で話しかけたから怯えているのか」
「それもあるっすけど、いきなり鉄格子をぐにゃぐにゃにしたら当たり前だと思うっす。ついでにアラタは強面」
おい、最後のは完全に俺への悪口じゃないか。
まあ仕方ないか。
「ご無事でしたか!」
風を切る音があたりに響き、空中から……何人おりてくるんだよって言いたくなるほどたくさんの兵士たちが降りてくる。
「うん、奴隷商に捕まったところをこの人に助けてもらったところ」
隊長格と思われる一番偉そうな男はいち早くブレンダに近づき、頭を下げた。
馬車のような形をした乗り物が更に着陸して、憲兵は手際よく捕まった奴隷商達を連れていく。
「全く、お一人での行動は控えるようにとあれほど!」
「一人じゃなかったから」
「しかしですね……」
ブレンダが面倒くさそうに対応していた。
まるで母親のように隊長はぐちぐちと小言を言っていたが、ため息をついて俺の方に近寄ってくる。因みにクリスは少し別の場所にいた。
「ありがとうございました」
「あ、いえいえ、なんか偶然助けて助けられてなんで感謝されるものでもないです」
声からして、多分自分の父親と同じくらいだろうか。
甲冑に身を包んでいるから正直誤差20歳くらいだと思う。
「とりあえず皆様を安全な場所までお送りしますので」
馬車のような形をした乗り物が俺たちの前にも降りてきて、憲兵に招かれて俺とクリスは乗り込む形となる。
ブレンダは別のに乗り込むようだ。
俺と対峙する様に兵士が二人、そして隊長。じろじろと見つめてくる。
やだやだ、こういう興味ありますみたいな視線。
「あの、これどこに向かうんですか?」
「とりあえず王宮です」
「お、王宮!?」
クリスが素っ頓狂な声を出す。
まあ、正直俺はそこまで驚かない。あの憲兵のトップのような男がブレンダに丁寧な口調を使っている時点で少し察したから。
「……やはりあなたは知っていましたか」
「まあ知っていたというか、対応で分かりますよ、流石に。一応自己紹介しますね、お……私はアラタ・テンライといいます」
「ご丁寧にどうも、アラタ様。私はブレンダ第三王女の親衛隊隊長のデックスと申します。以後お見知りおきを」
…………王女様だったのか。
まあ予想の範囲内だが、国のお偉いさんを誘拐した奴隷商って絞首刑じゃね?