8.世界観
「クリス、人数とか覚えているか? 顔だけでもいいけど、逃がしていないか確認だな」
「うーん、知らねえっす。興味もないし」
手枷が外れたのが嬉しいのか、ぷらんぷらんと手首を振っている。
「うわ、すごいっすね。もしかして誰一人としていないんすか?」
「俺は殺戮教の信者じゃないんでな」
「殺戮教? そんな宗教あるんすか?」
いや、ねえよ。
流石に適当に言ったことに突っ込まれても困るから流して、クリスに誰がこの中で一番上の人間が探してもらう。
クリスは手際よく縄でぐるぐる巻きにしていき、更に余っていたであろう奴隷の輪を容赦なくつけていく。
「おい、待て。そのリングは」
「え?」
クリスは『最後の一つ』と思われるリングを奴隷商の手首につけていた。
「いやー、ちょうど足りてよかったっす」
「…………マジかよ」
「どうしたっすか?」
「……いや、いい」
マジかよ。これを押収しようと思っていたのにまあいいか。
……とりあえずボスを捕まえて適当に謝礼でももらえんかな。
「これがボスっすよ」
俺にナイフを向けてきた、そもそも俺を気絶させた男だった。
意識は既に取り戻していたのか、倒れた状態で憎々しげに睨んでくる。
「クリス、てめえ。俺たちを裏切るのか?」
「裏切るも何も、このリングさえなければあんたらに従う必要もないんで」
冷めた声でクリスは見下ろしている。
自分を今まで虐げていた男と逆転した立場になっているし当たり前か。
「アラタ、こいつどうするっすか? 殺す?」
「殺さねえよ。奴隷と一緒に引き取ってもらうつもりだ」
「大丈夫っすかね……こいつら結構規模大きいと思うっすけど」
まだまだこの傷の男も中間管理職に過ぎず、組織は強大らしい。
仮に捕まえたところで、復讐にやってくる可能性もあるとクリスは説明してくれた。
……それもそうだが。
どうなんだろう。復讐されるか?
俺はあの奴隷の輪が欲しいだけだから、復讐さえ来なければいいんだけどそういうことを考えるべきだったか。
「……それでもいいさ。殺すのはよくないだろ。俺らを仮に奴隷にしようとしていたとしても」
「甘い男だ」
男が吐き捨てるように言った。
ブレンダはクリスと似たような冷めた表情でまるで興味のない玩具を見るような視線を向けている。
「アラタ、私はあなたに従うけれど、殺してもいいと思う」
……そっか。
この世界ではその発想が普通なのかもしれない。
でも、俺は地球出身のただの大学生だ。
「わかった、憲兵を呼ぶね」
俺の表情を見たのか、ブレンダは苦笑しながら一指し指を上に向ける。
ぼそぼそと何かを呟くと、夜空に赤い光が灯り辺りをさらに明るく照らす。
「今のは?」
「緊急の連絡用の魔法」
「そんな便利なのあるんすね」
クリスはふーん、と言ってそこまで興味はなさそうに反応した。
「この子も捕まえる?」
「え、マジっすか。俺も捕まるんすか!?」
「…………うーん、とりあえず人手が欲しいから後々にするか」
リーダー格の男は静観している。
俺の甘さをどう見ているんだろうか。でも、そんなに人を殺すのが当たり前でもない世界の人間が、そんな風に割り切ることはできない。
……まあ世界を二回も滅ぼしているから殺している人数は俺が圧倒的に上だが。
「他の奴隷たちも助けたいから、まずはちょっと手伝ってくれないか?」
俺たちはとりあえず奴隷商軍団を無視して、俺たちが捕まっていた牢屋の近くに歩いていく。
他の牢屋には布がかけられて中にすぐに見えない。
俺ら達は布を外していく。
…………そうか。
こんな世界なのか。
中には、ぼろぼろの布切れを身に纏った女性たちがやつれた顔でぐったりしていた。