26.傷跡
俺は少しげんなりしながらブレンダに聞いてみる。
俺はこうストレートに言われるのはあまり得意じゃない。
「フィリスもついてくるのか?」
「ううん、お母さまを守ってもらうつもり」
確かに、王妃も狙われる可能性が……あるのか?
ジールがいる限り王宮は安全ではあると皆が言っているのでそう思うのだが、俺の知らないところでは沢山の計略があるのだろう。
「まったく、年頃のお姫様が男と二人きりの旅なんて大丈夫なのか?」
「私は第三王女だから。第一王女だとそうもいかないけど」
第一と第二、第三の区別がよくわかっていない俺は曖昧に頷くしかない。
多分第一が一番権力的には高くて、その旦那が王位を継承するのだろうが、俺にとっては未だに理解を越えている。
こういう時イギリスとか欧州のように王族がいるような国家出身だったら理解は早かっただろうに。
「ブレンダは普段何をしているんだ?」
「ん? 普通に冒険者」
……そもそも王族らしいことをしていなかった。
彼女のゆらゆらと揺れる髪を見ながら、俺は食事を始める。
ジールに指摘されたが、俺は無知であることを隠せていないらしい。
余計な詮索をされないように多少は利口に立ち回りたいものだ。
だからこそ、これ以上何かを聞こうか迷ってしまった。
「アラタはこの国出身じゃないよね」
「……まあな、東の小さな島の出だよ」
俺の返答に、少しホッとしたようにブレンダは小さく息を吐いた。
何か、俺に隠し事をしているような仕草だが特段不思議ではない。というか王族の第三王女で権力闘争に巻き込まれている時点で人には話せないことが一つや二つあってくれないと。
「先にこの町を案内しようか?」
「確かにそれもそうだな。ヘカトーへ無理矢理急いでいく必要はないし」
三か月以内であれば……多分。
もしかしたらこの町でもオールミラーについての情報が集められるかもしれない。
あとクリスについても。
俺は黙々と食事をとっているブレンダの顔を見ながら、この少女はクリスが奴隷商を殺したことを把握しているのかと思案していた。
別に何か情報が得られるかと思っているわけではないのだが、自分よりも年下の少年が人殺しというのはこの世界ではどういう認識だろうか。
だが、奴隷商への扱いを見るところ異常なのは俺の方か。
「何かついてる?」
「あ、いや別になんでもないさ」
キョトンとしている少女から目を逸らす。
「そういえば」
「どした?」
ブレンダが今度は俺の顔を凝視した後に話しかけてくる。
いや、違う。視線は俺よりも少し下に向けられていた。
「その首の傷、大丈夫?」
傷?
俺は首を触ってみると、でこぼことした傷跡を触れる。
奴隷の首輪を外した時に……正確には溶かした時にできた傷だ。
完全に忘れていたが、気が付いたら傷は多少治癒されているようで跡として残っているだけでそこまで痛くも痒くもなかった。
「治さないの?」
俺は無言で、なるべく表情を変えないようにした。
その質問の意図は、何故魔法で傷を治癒しないかという事だ。俺が魔法をほとんど使えないことを当たり前に考慮していない返答に困る質問。
「あー…………」
何か考えろよ俺。
というかそもそも完全に忘れていた。
「ま、あ、あれだ。失態を犯した証拠として、消さないでおいただけだよ。戒め的な?」
「……そっか」
何か思ったんだろうが、俺は適当にはぐらかす。
「それよりも、この町を案内してくれるんだろ? いこうぜ」
「うん」
レシートがなかったから料金計算は出来なかったが、適当に金貨を出せば何とかなったから今度逆算してみるか……
俺とブレンダは午後の街に繰り出した。




