21.自称囚人
「僕はジール。君の名前は?」
「俺はアラタ。ジール、お前に聞きたいこ」
そこまで言ったところで、ジールは鎖の先で自由になっている前腕を持ち上げてまるで静かに、というジェスチャーをして見せた。
いや、していないのかもしれないけれどそう見えた。
「ちょっと先に僕から質問させて頂けませんか? その答えさえ頂ければクリス君でしたか、その行き先を教えましょう」
おいおい、名前まで知っているのかよ。
そして質問の交換条件ですぐに情報をもらえるとは怖い。
何を聞かれるのか。
部屋の中央に捕らえられている彼がどう見えているのか確認するために、ぐるりと一周回ってみる。
微妙に顔の向きが動き、この目隠しではほぼ全く意味がないであろうことは推測できた。
「……俺に答えられることであれば」
「クリス君は北に向かったよ。多分今から全力で追いかければ会えるんじゃないかな」
「なっ……」
まだ答える前にいきなり情報を投げてこられたことに俺は動揺した。
なんだこの男は……
「では質問しようか。君は『異世界』から来たのかい?」
「…………なんで?」
なんで、としか言えなかった。
いきなり俺に対する核心を突かれ過ぎて、呼吸をするのも忘れてしまいそうだった。
なんで、知っているのか。この青年には何が見えているのか。
驚き過ぎて、恐怖すら感じる。
「ふふふ、その反応で満足だよ」
「……これが知の天才かよ。なんでわかったんだ?」
会話しても勝てる気がしない。
なんだよこの男。
「そんな無防備な歩き方をしていると、この世界で生きられないと思うけどね」
歩き方。
意識していなかったが。
「随分重心が高くて、周りを警戒していない歩き方。武器を使えるような動きでもないし、魔法中心的な動きでもない。魔力に自信があるとはわかるけれど」
……参考にさせてもらうか。
というか見えていないのに、見えているのか。
「そしてその服装を見るに、この世界の人間ではないと思う方が普通では?」
「……化け物かよ」
「化け物だよ、君と同じように」
この白髪が何を考えているのかはわからない。
俺にとって有益な情報を渡してくれたのはわかるが、不気味だなこいつ。
「いやいや、そんな表情しなくてもいいだろ?」
「お前、やっぱ見えてんのかよ」
パキ、と薄氷を割るような音が聞こえると同時に、そいつは着地していた。
「は?」
「ごめんごめん。一応捕まっている体だから」
目隠しを外し、鎖を引きちぎり、足枷も外していた。
…………え、これどうすればいいんだ。
平和な世界からきている俺に臨戦態勢なんてないけれど、一応いつでも魔法を放てるように準備をしている。
「ジール、お前大罪人だから捕まっているって聞いたが」
「あ、それは本当だよ。でも、暇だったから自分から捕まってるだけ。本気出した僕は多分人間では制止できないよ。あ、アラタならできると思うけど」
「俺も人間扱いしろよ」
デックスもそうだが、このジールも俺の魔力を感じ取っているんだろう。
「その魔力を人間の身体に留めるなんて普通無理だから、人間ではないと考えるのが普通じゃないかな?」
「うわ、さらっとひでぇこと言ってくるな」
ジールの瞳は白かった。これ輪郭が黒いからわかるけれど、全部白めだと流石に気味が悪いぞ。
目の前の大罪人はくすくす笑いながら俺の方を改めて向き直った。
「君とは仲良くできそうだから、一応対等な関係になっておこうかと」
「お前とは仲良くなれない気がするなぁ……」
こういう意味深な強キャラと一緒にいるだけで厄介ごとに巻き込まれるのは必須だ。
とりあえず俺は、自分の目的の為にこいつを利用したいところだ。実際できるかはわからないけれど。
「ふふふ、そう言わないでよ。君には格安で取引してあげるんだから」
「仲良くしてくれるなら無償にしてほしいところだよ」
ジールはクスリと笑った。
何か、俺は何かぞくっと背筋が凍るような感じがする。
なんだろう、心霊スポットで霊感がある人とかこうなるのかな。
「それだと面白くないだろ? 君の世界の話を聞きたいわけだし。僕は暇が嫌いなんだ」
「だったらここで捕まった振りをしているのは暇つぶしなのか?」
白髪白眼の青年はにやりと笑った。
「ここにいたら、君たちが暇潰しのように現れてくれるからね。ほら、今回みたいに」




