17.元奴隷
「とはいえ、これから話すにしても時間が随分かかるかもしれません。明日にしてはどうでしょう?」
「まあそれもそうか。折角ほしい情報が手に入りそうだけどなぁ」
「喰いつき過ぎも危ないですよ? 人を動かすのはよいですが、動かされるものは危ないものです」
……それもそうだな。
明日きちんと話すために今日は休もうか。
こうしてデックスは立ち去った。
扉が閉められて一人。
俺はベッドで天井を眺めていた。
夜中である……というか、少し明るくなってきている気がする。
日中に気絶していたからか、眠気が襲ってくることはない。
そして扉がノックされた。
「……起きてるっすか?」
中性的な声に俺は答える。
「クリスか、どうした?」
明るい廊下から現れたのは転移してから出会って、助けた少年。
この元奴隷少年は何しに俺のところに来たんだ。
俺はロリコン、ショタコンではないぞ。
そんな冗談を心の中でしつつ、彼を部屋に招き入れる。
「俺、ここにいる理由もなくなったんでもう帰るっす」
あっけらかんとした表情で、笑いながらそう言ってきた。
「……帰る?」
どこに?
俺はこの世界にきてまだ一日目だからわからないが、こいつにも故郷くらいあるだろう。
「折角奴隷から解放されたわけなんで、もうここにいる必要もないんすよ。地元に帰ってのびりすることにするっす」
楽しそうに笑っているのを見ると、やはり奴隷から解放されるというのは非常に嬉しいらしい。奴隷制度のない俺からしてもそれくらいわかる。
多分この少年もまだまだ楽しい未来が待っているだろうし、当たり前と言えば当たり前か。
「で、わざわざ俺のところにきたのは?」
「流石にお礼を言っておこうと思ったんすよ。俺ってば律儀なところあるなぁ」
ぺこりと茶色の後頭部をしっかり見せるほど深く頭を下げた。
今日一日でいろんな人に頭を下げられたけれど、クリスが一番深かった。
俺の世界では小学生の年代だろう。小柄の彼を見ていると、自分がその年齢の時しっかり他人にお礼を言えただろうか?
「お礼の品も渡してなかったっすし」
「別に品なんていらないのに」
ポケットから取り出された袋。
それをベッドの方に投げて、すぐに背を向けた。
俺の方を見ることなく、扉を開いた。
「まあまた会おうっす。今度はまたもっと面白いことが起こるといいっすね」
面白いこと。
それは俺たちが捕まったことだろうか、それとも俺が首輪を破壊して奴隷商を潰したことだろうか、クリスを助けたことだろうか。
俺にはわからない。
でも、この少年の無邪気な笑いに俺は少しだけ違和感を覚えた。
「クリス?」
「なんすか?」
振り返った彼の顔を見て、疑念が深まるだけだった。
でも、何が疑念なのかもわからない。
「……いや、なんでもない」
「そっすか、またっすね。是非気に入ってくれるとありがたいっす」
不思議そうに首を傾げて、彼は部屋を出ていった。
「結局、何をくれたんだろうか」
袋を持つと、ジャラジャラと鳴った。
音からして金というわけでもなさそうだ。
…………これは。
クリスが渡してきたのは、三つの輪。
「奴隷の、輪?」
あの時最後の一つだと思われていた輪。
……何故彼が余りを持っていたのか。
なんで俺にこれを渡してきたのか。
「……わからん」
わからんが、これで俺は三回までは魔法を使えるという事だ!
素直に感謝しておこう。クリスがどこにいなくなったのかは知らないし、どこへ行くかも知らない。それでも多分また会えるだろう。
またあのとんでもない魔法が使えるという喜びを感じつつ、俺は気が付いたら眠りについていた。
そして数時間後、俺は叩き起こされることになるのだが。




