93.どこまで進んだ
ホイルから指摘された呼び方について、アナスタシアはこれまでまったく考えたことがなかった。
言われてみれば、恋人同士となれば違った呼び方をするものなのかもしれない。
しかし、どう呼ぶべきなのか見当が付かず、アナスタシアは唸る。
「……いや、言っといて何だけど、別に無理して変えなくてもいいんじゃね。まだ先輩も卒業したわけじゃないし……」
あまりにも悩んでしまったアナスタシアを見かねたのか、ホイルが助け船を出す。
そこで休憩時間が終了となり、結局アナスタシアは呼び方については棚上げしておくことにした。
放課後は寮のレジーナの部屋で、お茶を飲みながら話す。
お土産の交換もした。
アナスタシアからは父が土産として持たせてくれた菓子と茶葉、レジーナからは化粧水と香油だった。
「これは、セレスティア王家御用達の……! この茶葉、なかなか手に入りませんのよ。下手な宝石よりも高価ですし……」
どうやら、とても高級な茶葉だったらしい。
アナスタシアは驚きながら、土産のひとつとしてかなり無造作に積まれていたような気がすると、乾いた笑いが浮かび上がってくる。
「そうだったんだ……そういうのには疎くて……父から土産だってもらったものをそのまま持ってきたの。レナは茶葉に詳しいの?」
「わたくしは実家が商会を経営しているので、ある程度の知識はありますわ。それより、ステイシィのお父さまって……セレスティア聖王国の国王陛下……ですわよね?」
「うん、そう」
アナスタシアが頷くと、レジーナはやや体を固くしたようだった。
「いえ……当たり前と言えば当たり前なのですわよね……わたくしの実家も爵位は持っておりますが、末端なもので……圧倒されてしまいますわ」
自らを落ち着かせるように、レジーナは茶を一口含んで息をつく。
「でも……確かステイシィの身内は、ひどい仕打ちをしてきたと……大丈夫だったのかしら?」
「そう、それなのだけれど、実は王妃が呪いをかけていたらしくて……」
アナスタシアは、セレスティア聖王国であった出来事を語る。
継母である王妃がアナスタシアに呪いをかけ、美しさを奪っていたこと。そして、呪いを増強するために、アナスタシアに劣等感を抱かせるような行いをしていたことを説明した。
「それで、前に髪型や姿勢のことについて、レナがアドバイスしてくれたことがあったでしょう。あの出来事がきっかけで、呪いが解けたらしいの。レナのおかげよ……本当にありがとう」
「まあ……そんなことがありましたの……でも、呪いを解いたのはステイシィ自身ですわ。わたくしはただきっかけを作っただけですけれど……でも、手助けができたのなら嬉しいですわ」
レジーナは微笑みながら、穏やかに答える。
「レナは魔力抵抗力が高いの? 魔力抵抗力が高いと、呪いの影響をあまり受けないらしくて」
「それなりに高いほうだと思いますわ。最初の頃、ステイシィのことは磨けば光るはずなのにもったいないと思っていましたわね」
「そうだったんだ……ブラント先輩も魔力抵抗力が高いから、呪いの影響がなかったみたい」
「ということは、最初からステイシィが今と変わらないように見えていたのかしら。もしかして、ブラント先輩はステイシィの顔に一目惚れしたのかしら……?」
考え込みながら、レジーナが尋ねてくる。
アナスタシアは少し照れて、俯きがちになってしまう。
「ええと……それは、私が魔族を拳で叩きのめしているのを見たときにって……」
「……そうですの」
だが、アナスタシアの答えに対するレジーナの反応は、冷淡だった。
あっけにとられているようでもある。
確かに、アナスタシアも最初にブラントからそれを聞いたときは、あまりにも意外すぎて混乱していた頭がかえって冷静になったくらいだった。
「ブラント先輩がこれまで学院で浮いた話のひとつもなかったという理由が、分かったような気がしますわ……」
ため息混じりに、レジーナは茶を飲む。
そして、意識を切り替えるように頭を軽く左右に振った。
「ところで、ブラント先輩とはどうなりましたの?」
「……二十年ほど前にジグヴァルド帝国に奪われた、マルガリテスという地を取り戻して、結界を修復すれば結婚を認めるって言われたの。今は返還交渉中で、結界の魔道具も調査中」
「そういうことになりましたのね。やっぱり簡単ではないのでしょうけれど……でも、ステイシィとブラント先輩ならどうにかなりそうですわね。もし、わたくしにもお手伝いできることがあったら、言ってくださいね」
「うん。ありがとう、レナ」
アナスタシアは微笑みながら答える。
しかし、これで大体のことは話したはずだが、レジーナはまだ何かを聞きたくてたまらないといった顔をしているようだった。
「……レナ、どうかしたの?」
「肝心なことがまだですわよ。ブラント先輩とはどこまで進みましたの?」
「……どこまで進んだ?」
質問の意図がよくわからず、アナスタシアは首を傾げる。
条件を満たせば結婚を認めてもらえることになって、その条件も今話したばかりのはずだ。
何か足りない部分があったのだろうかと、アナスタシアは眉根を寄せる。
「だから、ええと……口づけくらいはしていますわよね?」
すると、まったく予想外の質問を投げかけられ、アナスタシアは固まった。






