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【書籍化】死に戻り魔術姫は勇者より先に魔王を倒します ~前世から引き継いだチート魔術で未来を変え、新しい恋に生きる~  作者: 葵 すみれ
第3章 セレスティア聖王国

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87.飛んでいけたら

 アナスタシアが状況を把握できないでいるうちに、エリシオンは今度こそ去っていった。

 何故か悔しそうだったブラントは、アナスタシアが何だったのかと尋ねても、曖昧に言葉を濁すだけだった。

 それよりも戻ろうと促され、アナスタシアは先ほどの会話は身内同士、あるいは男同士で通じるといった類のものなのだろうと思うことにして、頷く。


 二人は【転移】で王城の地下神殿に戻ってきた。

 まっすぐ、国王メレディスの執務室に向かうことにする。


「魔王って、人間基準だと天人なんですよね……」


 ぼそりと、アナスタシアは呟く。

 セレスティア聖王国は始祖である天人セレスティアを神聖視し、その血を貴いものとして大切にしている。

 魔王エリシオンはセレスティアの兄なのだから、当然天人扱いだろう。


 ブラントが天人の血を引いているとわかれば、おそらくはすぐに結婚の許可が出るだろう。

 まして、セレスティアの兄の孫なのだ。

 立場は一気に逆転して、王女を得るために功績が必要だった平民から、王女を与えて繋ぎ留めたい存在になるだろう。

 それならば、わざわざマルガリテスを取り戻す必要もないのかもしれないと、アナスタシアはふと考える。


 だが、その考えは一瞬で打ち消した。

 天人の血を濃く引いているとなれば、完全に囲われるだろう。

 そして王家の本流に組み込むべく、アナスタシアが女王になる可能性が高い。

 やはり黙っておくべきだと、アナスタシアは結論付ける。


「……この扉の先には、天人の遺跡があったということにしておきましょう」


 アナスタシアは、そう提案する。

 魔王に会ったというのは論外として、天人に会ったということにしても、かなりの大事だ。

 誰かと会ったとなれば、そこに連れて行くか、その相手を連れて来いとなるかもしれない。

 それよりは、遺跡で何らかの手がかりを発見したことにしたほうがよいだろう。


「そうだね。一定以上の魔力がないと行けないことにしておけば、連れて行けと言われることもないだろう」


 ブラントも同意する。

 話はまとまり、二人はメレディスの執務室に向かった。


「……どうした? 扉は開けたのか?」


 執務室に通されると、メレディスはさほど期待していないように口を開いた。


「開けました」


「……本当か? あの先には何があるのだ?」


 しかし、アナスタシアが頷くと、メレディスは身を乗り出してくる。

 その顔は威厳ある国王のものではなく、好奇心に満ちた少年のようでもあった。


「天人の遺跡のようでした。魔素が濃くて、ある程度の魔力がないと留まれないような場所でした」


 アナスタシアが語るのを、メレディスはじっと聞いている。

 実は、まったくの嘘というわけではない。

 魔王は天人なので、魔王城は天人の遺跡のようなものだろう。

 魔素が濃いのも本当で、耐性のない人間が留まれば体調を崩すのも事実だ。


「少し気になるものを見つけたので、魔術学院に戻って調べてみたいと思います」


「そうか……もうじき、学院も再開する頃であろう。ちょうどよいのかもしれぬな」


 メレディスは深く追及することなく、頷いた。

 もっと色々探られると思っていたアナスタシアは、拍子抜けしてしまうくらいだ。


「それと、地下神殿の扉が転移箇所になっているので、転移する許可を頂きたいのです」


「……転移箇所?」


 眉根を寄せ、メレディスは呟く。

 アナスタシアは【転移】という魔術が存在し、限られた転移先に一瞬で移動できるのだと説明する。

 その転移箇所が魔術学院と、地下神殿にあるのだと言うと、メレディスは大きく息を吐き出した。


「何というか……まるで天人や勇者の時代のような話だな。好きにするがよい。たとえ許可を出さなかったとしても、その気になれば可能なのであろう? ただ……そなたたち以外にも、その転移とやらが可能なのか?」


「……多分、【転移】が使えてあの場所を知っていれば、可能になるのではないかと思います」


 メレディスの問いに、アナスタシアは少し考えてから答える。

 今のところ【転移】が使えるのは、アナスタシアとブラント以外では、魔族しか知らないので、確かめようがない。

 だが、おそらく可能だろう。


「そうか……では、地下神殿の見張りを強化したほうがよさそうだな。そなたたちは通すように伝えておこう。他に何かあるか?」


「いえ、これだけです」


「わかった。そろそろ学院に戻る頃かと思い、土産を準備しておいた。瑠璃宮に届けさせよう。ただ……学院にもその転移とやらで戻るのか?」


「はい、そのつもりです」


 土産を準備したということに驚きながら、アナスタシアは答える。

 魔術学院に入学するときには何も持たせてくれなかったが、もしかしたらその埋め合わせなのだろうか。


「そうか……馬車で戻ると思っていたから、少し多めに用意させたが……まあ、持っていけねば瑠璃宮に置いておくがよい。して、いつ戻るつもりだ?」


「明日の朝にでも戻ろうかと思います」


「早いな。その転移とやらは、使うときも場所が限られるのか?」


「いいえ、使うのは魔術が使える場所でしたら大丈夫です。瑠璃宮から戻ろうかと思っています」


「ならば、見送りに行こう。明日の朝だな」


 見送りに行くというメレディスの言葉で、アナスタシアは唖然としてしまう。

 魔術学院に入学するときは、当然見送りなどなかった。

 そもそも国王としても忙しいはずなのに、わざわざ見送るのかと、驚きだ。


「その転移とやらを見てみたいのだ。楽しみだ」


 心なしか、メレディスの声が弾んでいるようだった。


「私には魔術の才が無い。実際は、鍛えれば魔術師になれる程度にはあるらしいが……そなたには遠く及ばないだろう。そうして、伝説に出てくるような魔術を扱い、遠く離れた場所に一瞬で飛んでいけるそなたのことが……少し、うらやましい」


 微笑みながら語るメレディスの表情に、孤独の影が見えたようで、アナスタシアは少し胸が苦しくなる。

 メレディスは唯一の王子として、幼い頃から王になるべく育てられてきたという。

 本当はもっとやりたいことがあったのかもしれない。

 自由に憧れるような言葉に、国王としての重責が垣間見えたようだった。


 アナスタシアは誰にも顧みられずに育ってきたが、今は魔術学院に通って好きに魔術研究ができる。

 しかも、条件付きとはいえ、好きな相手との結婚も許されるのだ。

 過去はともかく、今はとても恵まれているのだと、アナスタシアは実感していた。

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