81.意図がわからない
「魔王って……魔王? え? 何でそんな相手に……」
「魔王なんですから魔族のことには詳しいでしょうし、魔物化についても知っているんじゃないかと」
あまりの驚きで混乱した様子のブラントに、アナスタシアは説明する。
「いや、確かにそうかもしれないけれど……でも、魔王なんてどこにいるの?」
「それは、王城に地下神殿があって、そこが望みの場所に導いてくれると言われています。ただ、扉が閉ざされていて、ここ百年以上開けることができた者はいないそうですが……多分、開けられると思います」
この伝承は隠匿されているようなものではなく、王城の秘密としてまことしやかに囁かれている類のものだ。
実際には望みの場所というよりは、魔王の住まう城に直通だが、おおむね間違ってはいない。
前回の人生では旅の終盤に通った場所で、当時は開くことができたのだから、おそらく今回も開けるだろう。
「……もし、本当に魔王がいる場所に行けたとしても、魔王が話を聞いてくれるだろうか。魔王というくらいだから、強いはずだよね。いきなり攻撃されたとしたら……」
「いきなり敵対はしないと思うんですよね。今まで敵対していた魔族は、魔王に何かを知られることを恐れていたようだったので、むしろ魔王と敵対関係にあるんじゃないかと」
「敵の敵は味方ってことかな」
「そうですね。それと……ブラント先輩がいれば、話を聞くだけは聞いてくれるんじゃないかと思うんですよね……」
「ああ……うん……」
苦々しい表情を浮かべながら、ブラントは曖昧に頷いた。
魔王の血を引いているということを、やはりまだ割り切れていないらしい。
だが、ブラントはそれ以上何も言うことなく、アナスタシアの提案を受け入れた。
複雑な思いはあるにせよ、八方塞がりの現状では有効な手段だと腹をくくったようだ。
翌日、アナスタシアとブラントは国王メレディスに会いに行った。
王城のメレディスの執務室に通されると、ちょうど一人の侍女が出ていくところだった。
最初に瑠璃宮を案内してくれた侍女で、アナスタシアたちの姿を見ると礼をして去っていく。
もしかしたら、アナスタシアの様子を報告しに来たのかもしれない。
昨日は【聴覚阻害】を使用してから魔王の話をしたので、途中から話が聞き取れなくなったことを訝しんでいる可能性がある。
「……アナスタシアか。ちょうどよい、話がある」
執務室に入ると、思いつめたようにメレディスが口を開いた。
昨日何を話していたかについて問われるのかとアナスタシアは身構えたが、続く言葉はまったく異なるものだった。
「デライラが死んだ」
「……え?」
予想外の言葉に、アナスタシアは立ち尽くす。
「夜明け頃、地下牢の中で突然呻き出して、灰となって崩れていったという。せっかく殺さずに捕らえることができたのだが……」
メレディスは大きなため息を漏らす。
アナスタシアとブラントは思わず、顔を見合わせる。
まさかこれほど早く、息絶えてしまうとは思わなかった。
大きな手掛かりを失ったことに、体の力が抜けていってしまう。
「罪が確定する前に死んだことで、デライラはまだ王妃のままだ。魔族に操られていたか、あるいはすり替わられていた可能性もあるとして、これ以上の追及が難しい。限りなく黒に近い灰色といったところか。そなたにとっては不本意かもしれぬが……」
「……いえ、もう過去のことですので」
申し訳なさそうなメレディスに対し、アナスタシアは軽く首を横に振る。
デライラに対し恨みはあるが、もう過ぎたことであり、まして相手は死んだのだ。
わざわざ死者を鞭打ち、復讐をしようというほどの強い思いはない。
まだ消化しきれない思いはあるにせよ、もう二度と会うこともないのならば、それでよいと諦めがついた。
アナスタシアはブラントをちらりと眺める。
こうして過去のことと割り切れるのは、今が幸せだからなのだろうなと、ふと思う。
デライラのことで無駄に感情を浪費するよりは、ブラントとの今後について労力を割きたかった。
「昨日から、宮廷はそなたの噂でもちきりだ。騎士たちの中にはそなたに対し、反感を持っていた者もいるようだったが、騎士たちが敵わなかった相手を拳の一撃で吹き飛ばしたことにより、何も言えなくなったようだ」
称賛といえば称賛なのかもしれないメレディスの言葉に、アナスタシアは何となくいたたまれなくなる。
拳の一撃とはいっても、魔力を込めているので魔術の一種ではあるのだが、心得のない者にはわからないだろう。
魔力に頼らず、己の拳のみであのダメージを与えることができれば、それはもう人間離れした化け物でしかない。
「ちなみに、求婚の意思がある貴公子は皆無だそうだ。良かったな」
「……そうですか」
ブラントという恋人がいるのに、求婚されても困るだけではある。
良いことなのは確かなのに、何故かアナスタシアは奇妙な敗北感に包まれていた。
「……ブラントくんは、魔物を拳で殴り飛ばすような娘で後悔しないか?」
「何故ですか? そこがいいというのに」
質問の意味がわからないというように、ブラントはきょとんとしながら答える。
「そうか……魔術学院対抗戦優勝者だったな……自分も強いと感覚も違うのか……」
遠い目をするメレディス。
しかし、ブラントは本気で意味がわからないようで、不思議そうだった。
か弱いことが美徳ですらある、セレスティア貴族女性の価値観とは相容れないのだろう。
「それよりもお願いがあるのですが」
この場の雰囲気に耐えきれなくなり、アナスタシアは口を開く。
すると、メレディスが訝しげにアナスタシアに視線を向けてくる。
「地下神殿に入る許可を頂きたいのです」
「……地下神殿? あの扉は固く閉ざされているが……いや、そなたなら開くことができるのやもしれぬな。よいだろう」
アナスタシアが願い出ると、メレディスは一瞬だけ眉根を寄せたが、すぐに許可を出してくれた。
あまりにもあっさり通ったため、アナスタシアは拍子抜けしてしまう。
早速、メレディスは命令書をしたためて、アナスタシアに渡してくれた。
「これを見せるがよい。地下神殿の場所は知っているか?」
「ありがとうございます。場所は知っているので大丈夫です」
これで目的は果たした。
すんなりと許可を得たことに安堵しながら、アナスタシアは退出しようとする。
「……ところで、そなたは女王になりたいか?」
「嫌です」
そこに不意打ちのように声をかけられ、アナスタシアはつい本音を即答してしまった。
あまりにも素早く返ってきた、取り付く島もない答えに、メレディスが苦笑する。
「そうか、わかった」
メレディスはそれ以上何かを言うことはなく、ただ頷いた。
今度こそアナスタシアはブラントと共に退出していく。
どういう意図での質問だったのかは少し気になった。
しかし、これから地下神殿に行き、魔王の元に向かうのだと思えば、そちらに気を取られてしまい、すぐに忘却の彼方となったのだ。






