70.宮廷魔術師たちの期待
あまりにも衝撃的なことが多すぎて、メレディスの応接室で飲んだ茶や、食べた菓子の味は、アナスタシアにはさっぱりわからなかった。
未だ整理がつかないまま、茶の時間は終わり、アナスタシアとブラントは瑠璃宮に戻る。
瑠璃宮は正式にアナスタシアのものとなった。
称号や研究室も与えられることになったが、二日後の謁見の席で言い渡されるらしい。
それが終わるまで、学院に戻るのは待てとのことだ。
「……色々なことがありすぎて、わけがわかりません」
「そうだね……ただ、条件があるとはいえ、わりと好意的な反応だったのは良かったな」
談話室にて一息つき、アナスタシアとブラントは会話を交わす。
昨日は侍女がぴったりと付き添っていたが、今日は茶の用意をすると、隣の部屋に下がって控えている。
用事があれば呼び鈴を鳴らせばよいそうで、アナスタシアとブラントを二人きりにしてくれた。
ちなみに、ブラントは王女付き魔術師という扱いになるらしい。
さりげなくブラントをセレスティア聖王国に取り込もうとする意図を感じたが、名目だけで束縛があるわけではないようなので、何も言わず受け入れた。
何よりブラントがアナスタシアと一緒にいられるのなら、所属が何だろうと構わないという無頓着ぶりだった。
「マルガリテスを取り戻せば結婚を認めると言いましたけれど……今の状態がどうなっているのかもわかりませんよね」
「調べることは多そうだね。場合によってはあの第三皇子と交渉してみるという手もあると思う。でも、まずは結界が先かな。壊れた魔道具があるって言っていたよね。魔術師を探していたのも、それのためだろうし」
そうして話しているうちに、宮廷魔術師たちが挨拶に来たと知らせが来た。
アナスタシアとブラントは応接室に移動する。
すると、そこには三人の魔術師たちが待っていた。
「アナスタシア王女殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう存じます」
白髪の初老の魔術師が代表して挨拶を述べる。
彼の顔は、アナスタシアも知っていた。
セレスティア聖王国の宮廷魔術師長であり、アナスタシアに魔術の才があることを国王に進言してくれたモーゼズだ。
「モーゼズ宮廷魔術師長もお元気そうで」
アナスタシアも微笑んで挨拶に応える。
魔術学院に留学するきっかけを作ってくれたモーゼズには、感謝していた。
もし留学していなければ、今でもアナスタシアは誰にも顧みられることなく、死んだように生きていただろう。
「こちらは、魔術学院三年生のブラント先輩です」
アナスタシアは、ブラントを紹介する。
本当は王女付き魔術師として紹介するべきなのかもしれないが、どうも実感がわかなかった。
「お噂はかねがね伺っております。私も魔術学院の卒業生なので、色々と話は伝わってまいります。そして、アナスタシア王女殿下とは実質的に婚約者のようなものだと陛下から伺いました」
モーゼズは穏やかに微笑んで頭を下げる。
その言葉に、アナスタシアは驚く。
実質的に婚約者のようなものと、父が認めているのだ。
条件はあるものの、本当に結婚を認めるつもりはあるのだと、アナスタシアは少し感動してしまった。
「アナスタシア王女殿下がマルガリテスの結界修復に関わるとのことで、魔道具をお持ちいたしました」
モーゼズはそう言って、薄い板のような形をした魔道具をアナスタシアに渡す。
大きさはアナスタシアの両手を合わせたほどだろうか。
魔道具とはいうが、魔力の流れは感じられない。少しだけ魔力を流してみると、途中で途切れてしまい、回路が壊れていることがわかる。
しかも、ほんのわずかに流れた魔力の動き方で、相当複雑な仕組みになっていることが窺えた。
「これは……相当なものですね」
「たったそれだけで、おわかりになりますか。我々も長年に亘って調べているのですが、一向につかめておりません。これまでの研究結果をまとめたものもお持ちしましたので、どうぞお納めください」
モーゼズが控えていた二人の魔術師に合図をすると、彼らは持っていた資料をテーブルに置いた。
魔道具の研究結果だけではなく、マルガリテスに関する資料もあるようだ。
これから調べようと思っていたことが、すでに準備されている。これでかなり手間が省けるだろう。
だが、あまりにも協力的な態度で、アナスタシアは疑問に思う。
いくら国王の命令とはいえ、アナスタシアは突然割り込んで、研究結果を横取りしたようなものだろう。
不満を抱いてはいないのだろうか。
「……本当によろしいのですか?」
「はい、他にも何かございましたら、いつでもお尋ねください。我々宮廷魔術師たちにとって、アナスタシア王女殿下は希望の光なのでございます」
ところが、モーゼズは不満などかけらも伺わせず、賛美の眼差しをアナスタシアに向けた。
何故なのかよくわからず、アナスタシアは首を傾げる。
「これまで、王妃殿下が魔術師を好んでいないこともあり、我々宮廷魔術師たちは冷遇されてまいりました。特に最近ではジェイミー王女殿下お気に入りの騎士がいて、騎士団が増長しており……」
悔しさを滲ませながら、モーゼズが語る。
「そこに、アナスタシア王女殿下が優れた魔術師として、才覚を発揮されたのです。学院対抗戦でのご活躍も聞いております。一人で魔族を三人も相手にして勝てる者など、我々宮廷魔術師たちにも、騎士団の中にもいないでしょう。我らを導く光となってくださると、確信しております」
恭しく頭を下げるモーゼズの姿を見て、アナスタシアはそういうことかと納得する。
宮廷魔術師たちの地位向上に期待しているのだろう。
アナスタシアがマルガリテスを取り戻し、結界を修復すれば、それは魔術師としての功績ともなる。
宮廷魔術師たちにとっては横から功績を奪われるのではなく、いわば身内の功績ということになるのだ。
それは全力で協力するだろう。
「アナスタシア王女殿下はまもなく学院にお戻りになると伺っておりますが、その間も何か調べておくことなどあれば、遠慮なくお申し付けください」
全面的な協力を約束して、モーゼズたちは去って行った。
それは助かることだったが、宮廷魔術師たちと騎士団との力関係など、面倒なことにもなっているようで、アナスタシアは少しうんざりしてしまう。
ジェイミーが騎士団に関わっているというのなら、なおさらだ。
「アナスタシア王女殿下に、ジェイミー王女殿下からお茶会のお誘いでございます」
すると、さらにアナスタシアをうんざりさせる出来事が舞い込んでくる。
ジェイミーがアナスタシアをお茶会に招待しているという知らせが、侍女によってもたらされたのだ。






