62.優勝と準優勝
「ん……」
ぼんやりと意識が浮上してきて、アナスタシアは目を開けようとする。
どうやら、うとうとしてしまったようだ。
確か魔力切れになったはずだと思い出しながら目を開けると、すぐ近くにブラントの整った顔があって、アナスタシアの思考は停止した。
「アナスタシアさん……大丈夫……?」
心配そうな声をかけられ、アナスタシアはブラントに抱えられて移動したことを思い出す。
体はかなり楽になっていたが、心が衝撃に耐えられず、あまり大丈夫ではない。
そして、未だにブラントがアナスタシアを抱えていることに気づく。
「え……ずっと抱えたままだったんですか……? ブラント先輩こそ、腕は大丈夫ですか……? こんな重たいものを抱えて……」
さすがに座って抱えていたようだが、アナスタシアは身長がある分、重さもある。
こんな荷物を抱えさせてしまっていたことが、申し訳ない。
「いや、まったく重たくないし、俺はずっとこのままでいたいくらいだよ。まだ二時間くらいしか経っていないから、もう一眠りするといいよ」
「い……いえ、さすがにそういうわけには……」
アナスタシアは周辺を見回す。
どうやら学院の裏庭のようで、空はうっすらと赤くなりつつある。
「魔力切れになったみたいだけれど、大丈夫? まだ、どこかつらいところはある?」
ブラントから問われ、アナスタシアは今回の人生で初めて禁呪を使ったことが脳裏に蘇ってくる。
だが、魔力をごっそり奪われただけで、他のダメージはなかった。魔力回路も無事のようだ。
単に魔力切れだけで終わったことに、アナスタシアはほっとする。
その魔力も、もうほとんど回復しているようだ。
普通はこれほど早く回復しないはずだが、どうしてだろうとアナスタシアは首を傾げる。
「いえ……もう、魔力もほとんど回復していて、大丈夫です。もしかして、何かしてくれました?」
「回復を早めるようにはしたよ。俺は治癒術得意じゃないけれど、これくらいなら」
ブラントの答えを聞いて、アナスタシアは納得する。
魔力が回復していることもそうだが、治癒術は基本的には対象に触れて使用するものだ。
ずっと抱えていたのは、触れる必要があったためなのだろう。
そう考えて心を落ち着かせようとするが、わざわざ抱えなくても、手を触れるだけでも十分なことに思い当たり、余計に気恥ずかしくなってくる。
「えっと……その……いちおう本部に行って、魔族のことを報告しておいたほうがいいかなと思います。エドヴィン皇子のほうは、ちょっと微妙ですけれど……」
照れ隠しとして、アナスタシアは違う話題を切り出す。
魔族を倒した後、まっすぐエドヴィンとディッカー伯爵を追いかけていったので、学院への報告はまだしていない。
今の様子を見る限り、アナスタシアが眠っている間にブラントが報告したわけでもないだろう。
ただ、ディッカー伯爵が魔物と化して、エドヴィンを殺しかけたことが彼らの問題だとしたら、それについては下手に何か言わずに、様子を見たほうがよいのかもしれない。
「……俺としては、まだここにいたいけれど……確かに、報告しないわけにもいかないか……仕方がない、嫌なことは早めにすませてしまおう」
ブラントはため息を漏らしながら呟くと、アナスタシアを抱えたまま立ち上がろうとする。
「ちょっ……このままは……! 自分で歩けますから……」
さすがに大勢にこの姿を晒したくはない。
アナスタシアが慌てて身を離そうとすると、ブラントはしぶしぶではあったが、アナスタシアを下ろしてくれた。
だが、その際にブラントはアナスタシアの額にそっと口づける。
「……っ!?」
アナスタシアはあたふたとしてしまうが、ブラントは悪戯が成功したような顔で軽く笑うと、アナスタシアの手を引いて歩き出した。
アナスタシアとブラントが本部に行くと、そこは事後処理でバタバタとしていた。
二人が魔族を倒したところを見ていた観客もそれなりにいたので、説明することはさほど多くなかった。
何故魔族が現れ、魔物が発生したかについては調査中で、また話を聞くことになるかもしれないとのことだ。
特に問題もなく、アナスタシアの予想よりも早く解放されたのだが、ひとつだけブラントが突っかかったことがある。
「どうして俺が優勝なんですか。アナスタシアさんは魔族の襲来をいち早く感じ取って、そのために降参したというのに。何もわからなかった間抜けよりも、アナスタシアさんを優勝とするべきでしょう」
決勝戦の最後は魔族の襲来でうやむやになってしまったが、アナスタシアが降参を叫んだのは確かだったので、ブラントが優勝となったのだ。
だが、それをブラントは不満に思い、本部で説明してくれた教師に対して抗議を始めた。
「い……いや……そうは言っても、降参した以上、負けは負けで……」
教師はブラントの剣幕に押され、うろたえながら答える。
「ブラント先輩、あのときはもう魔力が半分以下になりそうでしたし、魔族のことがなくても私が降参していたと思います」
アナスタシアは、どうにかブラントを宥めようとする。
魔族が現れる前に、アナスタシアが降参を考えたのは本当のことだ。
そこで、なりふり構わなければまだ手があると、おそらくは魔族からの精神支配を受けたのだが、それがなければ素直に降参していたかもしれない。
「いや、でも……うん……アナスタシアさんがそう言うのなら……」
不満そうではあったが、ブラントは言葉を引っ込めた。
「ブラント先輩、優勝おめでとうございます。私も一年生で準優勝は、十分に凄いと思いませんか?」
「うん、そうだね……アナスタシアさんも準優勝おめでとう」
有無を言わさぬようアナスタシアが畳みかけると、ブラントは諦めたように息を大きく吐き出し、やや苦みのある笑みを浮かべた。
こうしてまだ癒えない爪痕を残しながら、学院祭はいちおうの終了となったのだ。
これで学院祭編は終了です。
途中に少し事後処理を挟んで、セレスティア聖王国編になります。
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