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【書籍化】死に戻り魔術姫は勇者より先に魔王を倒します ~前世から引き継いだチート魔術で未来を変え、新しい恋に生きる~  作者: 葵 すみれ
第2章 学院祭

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61.未来を変える証明

 魔物と化したディッカー伯爵が腕を引き抜くと、胸にぽっかりと穴の開いたエドヴィンがその場に倒れ伏す。

 血がとめどもなくあふれ、どう見ても致命傷だった。


 アナスタシアの脳裏によぎったのは、前回の人生でエドヴィンが魔物の大発生により戦死してしまったことだ。

 今は時期が違うが、魔物が大量に発生したという共通点がある。

 まさか、魔物によって命を落とすと運命づけられてでもいるのだろうか。

 小さなことは変わっても、歴史の流れを変えることはできないのだろうか。

 だとすれば、アナスタシアが運命に抗うのは無駄ということなのか。


「……そんなの、許さない」


 アナスタシアは倒れるエドヴィンに向かって駆け出す。

 愕然と立ち尽くすお付きたちの横をすり抜けたところで、魔物と化したディッカー伯爵がアナスタシアに気づいた。

 次の狙いを定めようとするディッカー伯爵だが、それよりも早く光の刃が彼を取り囲み、ズタズタに切り裂いていく。

 ブラントが魔術を放ったのだ。


 アナスタシアがエドヴィンの元にたどり着く頃には、ディッカー伯爵は原型を留めないほどの肉片となっていた。

 お付きたちの中には、吐き気を催したのか口元を押さえる者もいたが、アナスタシアは構うことなく、エドヴィンに触れると治癒魔術を施す。


 これだけの深手となれば、通常は傷が癒えるよりも生命力が尽きるほうが早い。

 今学院にいる治癒術師を全員連れてきたところで、救うのは無理だろう。

 アナスタシアの術式構成の早さと技術を持ってしても、おそらく間に合わない。


「……天は汝を受け入れず」


 離れつつあるエドヴィンの魂を、アナスタシアは無理やり留める。

 魂に触れるこの魔術は死霊術の一種であり、禁呪だ。

 ごっそり魔力を持っていかれる感覚に目まいを覚えながら、アナスタシアは治癒術で傷を塞いでいく。

 魂を留めながら治癒術を使うのは細心の注意が必要で、集中するアナスタシアの額から汗が伝う。


 エドヴィンの胸にぽっかりと空いた穴が徐々に塞がり、やがて真新しい皮膚に覆われた。

 もう必要ないだろうと、アナスタシアは無理やり留めていた魂を解放する。

 すると、苦悶に満ちていたエドヴィンの表情が、安らかになっていった。

 魂は離れることなく、無事にエドヴィンの中に戻ったようだ。


 出血量が多かったので、アナスタシアは念のためにエドヴィンの手の怪我も治療しておく。

 ナイフを直接握ったことによる怪我だが、幸いにして重要な部分は傷ついていなかった。

 傷を塞いでおけば、元通りになるだろう。


 一通り治療を終えたところで、アナスタシアは体に力が入らなくなる。

 魔力切れで、立つどころか座ることすらできない。

 そのまま、地面に吸い寄せられていく。


「アナスタシアさん!」


 いつの間にかすぐ近くまで来ていたブラントが、倒れるアナスタシアを支えた。

 そして、アナスタシアを両腕で抱え上げる。

 心配そうに見つめてくるブラントの顔が近くて、アナスタシアは魔力切れの不調以上の混乱に陥ってしまう。


「た……ただの魔力切れなので、大丈夫です……」


 アナスタシアは大丈夫だとどうにか口にするが、ブラントの眉間の皺は刻まれたままだ。

 相変わらず顔が近くて、アナスタシアは魔力切れよりも、痛いほど早くなる心臓の鼓動のほうがつらい。

 間近で見ても、欠点のひとつも見つけられないほど、完璧な顔だ。

 これほどの美形が自分のことを好きだなんて、何かの冗談ではないかとすら、アナスタシアには思えてくる。


「……呼吸も、脈も落ち着いている……まさか……あの深手から……信じられない……」


 そこに、エドヴィンの状態を調べて驚愕するイゾルフの声が響き、アナスタシアは現実に引き戻される。

 頬が熱くなっているのを感じながら、アナスタシアはブラントから視線をそらし、イゾルフに向けた。


「……失った血までは戻せていません。出血が多かったので、しばらくは安静にしていてください」


 どうやら命を取り留めることができたようだと安堵しながら、アナスタシアは注意を述べる。

 いわゆるお姫さま抱っこでブラントに抱えられたままだが、その気恥ずかしさはなるべく意識の外に追いやった。


「姫さま……ありがとうございます……この奇跡を、私は一生忘れることはないでしょう……殿下は傲慢で、自己中心的で、おまけに自分が嫌われているかもしれないなんて想像もしない、おめでたいところもありますが、民を思う心は本物で、立派なことは立派な、大切な主なのです……」


 イゾルフがひれ伏しながら、上擦った声で感謝を紡ぐ。

 何やら日頃の鬱憤が含まれているようでもあったが、それもエドヴィンが命を失わずにすんだから言えることだろう。気安い関係を築いていることの証なのかもしれない。


「……殿下が一命を取り留めたのはよいとして……ディッカーが……生け捕りにはできなかったのか……」


 しかし、感動に水を差すように、お付きの一人の声が響いた。

 彼は細切れ肉となった元ディッカー伯爵から視線をそらし、口元を手で押さえている。


「……アナスタシアさんに危険が及ぶ可能性を、わずかでも残しておけと?」


 ブラントが冷たい声で言い放つと、お付きの一人はひっと息をのむ。

 アナスタシアがエドヴィンの治療のために駆け寄ったとき、ブラントはディッカー伯爵がこれ以上何もできないよう、徹底的に切り刻んだ。

 もし余力があれば、アナスタシアに攻撃をしてきただろうから、その可能性を排除するのはブラントにとっては当然のことだった。


「あ……灰に……」


 アナスタシアが元ディッカー伯爵に視線を向けると、肉片が灰となって崩れていくところだった。

 そして後には、黒い魔石が残される。


「……竜を倒したときの魔石に似ているかな。でも、あれほどの禍々しさは感じないような気がする」


 黒い魔石を眺めながら、ブラントが呟く。

 アナスタシアも黒い魔石を見てみるが、同じ感想を抱いた。

 吸血の塔で竜を倒したときに出た魔石ほど、引き込まれるような漆黒ではない。

 微かに禍々しさはあるものの、あのときとは比べものにならないほど弱い。


「……うっ」


 だが、それでも今の弱ったアナスタシアには、不調を引き起こしてしまうほどのものだった。

 目まいを覚えて、アナスタシアは呻く。


「……アナスタシアさん! ここから離れよう。人数だけはいるんだし、後はそっちで勝手にやってくれ」


 ブラントはアナスタシアを抱えたまま、お付きたちには目もくれることなく、歩き出す。


 目まいと吐き気で体はつらかったが、アナスタシアの心は晴れ晴れとしていた。

 前回の人生では魔物との戦いで命を落としたエドヴィンが、救われたのだ。

 これこそ、未来を変えることができるという証明のように思われた。

 フォスター研究員の死の運命も変えることができるはずだと、アナスタシアは希望を抱きながら、ブラントの胸に頭をもたせかけて目を閉じた。

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