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【書籍化】死に戻り魔術姫は勇者より先に魔王を倒します ~前世から引き継いだチート魔術で未来を変え、新しい恋に生きる~  作者: 葵 すみれ
第2章 学院祭

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52.アナスタシアvsキーラ

 それからも対戦は続いた。

 アナスタシアは八対戦目なので、しばらくは見学だ。

 やはりというべきか、一対戦目のブラントを超える盛り上がりはなく、ごく当たり前の魔術戦が行われる。

 それでも、学院のトップクラスたちによる戦いなので、十分に見応えはあった。

 個人主催の対抗戦とはレベルが段違いだ。


 ただ、ブラントのように観客を楽しませるような演出をわざわざしている者は見当たらない。

 あれは余裕があるからできることなのだと、アナスタシアはしみじみ思う。

 そして、他の対戦を見る限り、そこまでしなくてもよいのだという安心感で、アナスタシアの心が少しだけ軽くなる。


「別に決まりっていうわけじゃないけれど、席次や学年が下のほうから先に攻撃するっていう暗黙の了解みたいなものがあるよ。先制攻撃のほうが有利だからね」


 対戦を見ながら、時折ブラントが説明してくれる。

 そうしているうちに、アナスタシアの出番がやってきた。


「行ってきます……!」


 アナスタシアが舞台に上がると、周囲を取り囲む観客たちに圧倒された。

 心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じながら、客席を見回す。

 三階にいるであろうレジーナとホイルの姿を見つけることはできなかったが、一階にいるエドヴィン皇子はすぐに見つかった。

 舞台からでは表情がはっきりとわからなかったが、不機嫌そうな渋い顔をしているらしいことだけはわかった。


「……先ほどのお約束、忘れないでくださいませね」


 対戦相手のキーラが、念を押してくる。

 誓約書まで書いたのに執拗なことだと、アナスタシアは苦笑しながら頷く。


 そして、開始の合図が響くのと同時に、キーラが術式を編み上げ始めた。

 先ほどブラントから聞いた話では、席次や学年が下の者から先に攻撃するものだという。

 それに倣えば、先に攻撃するのはアナスタシアになるはずだが、キーラはよほど勝ちたいらしい。

 だが、そもそもルールというわけでもないので、アナスタシアは何も言わずにキーラの攻撃を待つ。


 術式の完成と共に、無数の小さな石が、キーラの姿を覆いつくすほどの一面の壁となって現れた。

 そして、アナスタシア目掛けて数多の石弾が襲い掛かってくる。


 アナスタシアは障壁を張って石弾を防ぐ。

 この程度では障壁を貫くことなどできない。やがて石弾が収まった頃、アナスタシアはわざと障壁を解いた。

 そして攻撃に移るような素振りを見せたところ、アナスタシアの両脇から石の槍が飛んでくる。


「……っ!」


 手に魔力をこめ、アナスタシアは石の槍を左右同時に手刀で叩き落す。

 続いて、足にも魔力をこめると、後ろに向けて回し蹴りを放つ。

 アナスタシアの背後を狙っていた石の槍が、魔力を秘めた蹴りによって粉々に砕け散った。


「な……なんだ、今の……」


 客席が一瞬静まり返った後、ざわざわとし始める。

 魔術と格闘術を組み合わせた技は、ブラントですらコントロールに苦労するほどだ。おそらく他の学生で使える者はいないだろう。


 最初から、キーラが石弾だけを使っているわけではないことに、アナスタシアは気づいていた。

 その気になれば発動前に潰すことも可能だったが、それでは見た目が地味すぎる。

 アナスタシアはわざと隙を作り、キーラの攻撃を発動させてから潰したのだ。

 わざわざ格闘術と組み合わせたのは、インパクトがあるのと、こういった暴力的な戦い方のほうがエドヴィンに失望してもらえそうだからだった。


「ひっ……」


 キーラが息をのみ、障壁を張る。

 やろうと思えば、アナスタシアは一瞬で攻撃に転じることが可能なので、その判断は正しいだろう。

 しかしながら、アナスタシアも障壁を壊すことくらいできる。

 ブラントのように力技でもできないことはないが、ここは違う方向でいってみることにする。


 アナスタシアは散らばった石弾の残骸に向けて、術式を編み上げる。

 無数の石弾だったものはどろどろに溶け、泥となってキーラの障壁に向かっていく。

 そして泥が障壁に触れると、そこから黒い蝶が空へと飛び立っていった。

 次々と蝶が空に向かっては消えていき、障壁が崩れていく。

 障壁が蝶と化して飛び去ってしまう、幻想的な光景だ。


「なっ……なんなの……!?」


 キーラは慌てるが、障壁の崩壊は止まらずに、やがて一部に穴が開いてそこから泥が入り込んでいった。


「出ていって……! 出ていってよ……!」


 泣きそうになりながら、キーラは泥を追い払おうとする。

 しかし、その間にも障壁は崩れ続け、泥がより入り込んでいく。

 キーラは泥が障壁を崩していると思っているようだが、実はそうではない。

 アナスタシアが障壁の術式を書き換え、蝶のような幻覚を見せながら崩壊させているのだ。


 やがて、泥はキーラを飲み込んでいった。

 足下から泥に包まれ、どんどん上に向かって覆われていく。


「こっ……降参するわ! 降参よ! だから、もうやめて!」


 胸まで泥に覆われたところで、とうとうキーラが降参の叫びをあげた。

 それを聞いたアナスタシアは、泥の動きを止める。

 地面にべちゃりと落ちていく泥と共に、キーラもその場に座り込んですすり泣き始めた。


 泣くほどのことだろうかと、アナスタシアは首を傾げたくなる。

 だが、思えばキーラは中庭に呼び出してきたとき、アナスタシアを地面に埋めようとしてきた。

 もしかしたら、それは自分がされたくないことをしたのであって、土や泥に埋まることに恐怖があるのかもしれないと、ふと考える。

 死線をくぐり抜けてきたアナスタシアは、戦闘時において年頃の女の子の感覚など、遥か彼方に置き忘れてきていた。


「……勝者、アナスタシア!」


 審判の宣言を聞くと、アナスタシアは一礼して舞台袖に戻っていく。

 客席からは歓声と拍手が響いていたが、どことなく恐怖も混じっているようだった。


 暴力的な姿を見せることができ、最後は泥臭く飾った、良い対戦だったとアナスタシアは満足する。

 きっとエドヴィンには失望してもらえたことだろう。

 観客にも怯えた雰囲気が漂っていたが、別に構わない。


「アナスタシアさん、お疲れさま。両方の手刀からの後ろ回し蹴り、凄かったね。ぞくぞくしたよ」


 舞台袖では、ブラントが笑顔で迎えてくれる。

 ブラントが受け入れてくれるなら、観客に怯えられようが嫌われようが、アナスタシアにはどうでもよいのだ。

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