51.優勝経験者の貫禄
アナスタシアが急いで舞台袖に向かうと、ちょうど一対戦目が始まるところだった。
間に合ったことに安堵しながら、アナスタシアは戦いを見守る。
ブラントの対戦相手は、三年生の男子生徒ネクスだ。
開始の合図と共に、ネクスは術式を構成し始める。
それをブラントは立ったまま見つめるだけで、動こうとはしない。
さすが学院主催の対抗戦に出てくるだけあって、ネクスの力量もかなりのものだと、アナスタシアは術式を見ながら考える。
綺麗に編み上げられた魔術は、吹き荒れる炎の渦となってブラントに襲いかかっていく。
「おおー!」
観客席から歓声があがる。
ネクスが使ったのは、炎の上級魔術だ。
このレベルの魔術を扱うことができれば、宮廷魔術師として誘いが来る。間違いなく、学院のトップクラスだ。
しかし、ブラントは障壁を張るでもなく、ただ立ったままだ。
炎の渦はブラントを飲み込み、激しく燃え盛る。
「お……おい、まさか……」
観客席だけではなく、舞台袖からもひそひそとしたざわめきが起こる。
障壁なしで、炎の上級魔術に耐えられるはずがない。
過去の優勝経験者であり、今回も優勝候補筆頭であるブラントが、まさかこれほどあっさり負けてしまうのかという、番狂わせの予感に人々は戸惑う。
「あ……あれは……」
だが、地面から渦巻いていた炎が、天に向かって上がっていく。
大半の炎が地面から遠ざかると、そこに人の姿が現れる。
未だ炎に包まれながらも、ブラントは燃えることなく無傷で立っていた。首から提げられた青い玉も、罅ひとつなく輝いている。
「障壁じゃない……支配権を奪って、取り込んだの……?」
アナスタシアも、信じられない思いでブラントを見つめる。
持続効果のある魔術の支配権を奪うことは可能だ。だが、今の炎の魔術は放たれた瞬間に己の手を放れるものだった。
今のような魔術も取り込むことが可能なのか、そして可能だとすればどの段階で取り込んだのか、アナスタシアにもわからない。
ブラントは片手を天に向けて掲げる。
すると、渦巻いていた炎がそこに集約されていき、まるで一対の大きな翼を広げた、燃え盛る鳥のような姿になっていく。
それを観客たちも、対戦相手のネクスさえも、唖然として眺めていた。
「魔王……」
思わず、アナスタシアの口からその言葉が漏れる。
前回の人生で、魔王が同じ魔術を使うのを見た。
炎に包まれながら輝く銀髪も、獲物を見据える紫色の瞳も、まるで作り物のように整った顔も、全てがその時のことを思い起こさせる。
だが、背筋がぞくぞくとするのは恐怖のためだけではない。
神々しさすら感じられる姿は、まるでこの世のものではないようですらあり、先ほど一緒に話していたことが、幻とも感じられる。
まるでめまいのような感覚を覚えながら、アナスタシアはぎゅっと拳を握りしめて、ブラントから目を離すことができない。
やがて、ブラントの上で完成した炎の鳥が、ネクスの方向に首を向けた。
「障壁を張ることをおすすめするよ」
粛然とした会場に、ブラントの声が響く。
その声ではっとしたネクスが、慌てて障壁を張る。
まるでお手本のように綺麗な障壁だった。通常の魔術戦ではまず破れないほどの強度があるだろう。
ブラントはネクスが障壁を張ったことを確認すると、掲げていた手をゆっくりと振り下ろす。
すると、炎の鳥が優美に飛び立った。
まっすぐネクスへと向かった炎の鳥は、障壁と衝突する。だが、動きを止めようとはしない。
徐々に障壁に罅が入っていき、やがて甲高い音を響かせて障壁が壊れた。
途端に、爆発音が響いて、炎の柱が吹き上がる。
そして炎の柱は再び鳥の姿となり、天に昇っていきながら、徐々に姿を淡く薄れさせて、やがて消えた。
後には、地面に倒れたネクスが残される。
首から提げた青い玉は、粉々に砕け散っていた。
「しょ……勝者、ブラント!」
上擦った審判の声が響くと、それまで静まり返っていた会場が大歓声に包まれた。
ブラントは優雅に一礼すると、舞台袖に戻ってくる。
「ただいま」
未だ鳴り止まない大歓声を背に、ブラントがアナスタシアの元にやってきた。
息も切らさず、平然とした様子ではあったが、目が何かを期待するようにアナスタシアに向けられている。
「ブラント先輩、お疲れさまです……凄かったです……魔術そのものもですけれど、観客への魅せ方も……」
率直に、アナスタシアは感想を述べた。
単純に勝つだけではなく、見ている者を楽しませようという演出は、アナスタシアには考えが及ばなかった部分だ。
ここは命のやり取りをする場ではなく、己の力を見せる場であり、また娯楽でもあるのだと、気づかされた。
さすが二回も優勝しているだけのことはあると、アナスタシアは感じ入る。
堂々としたブラントの態度は、さすが優勝経験者の貫禄だ。
「その……かっこよかったです」
立ち回り方、演出、魔術の凄さなどいろいろと思うところはあったが、一言で言えばその言葉に集約された。
気恥ずかしさから小さくなってしまった声だったが、アナスタシアがそう言うのを聞いた瞬間、ブラントの顔が明るく輝く。
「ありがとう」
嬉しくてたまらないといったように、ブラントは笑う。
その姿を見て、舞台袖にいた他の出場者たちが唖然としていた。
「あいつ、あんな風に笑うんだ……」
「あんな人間らしい笑顔、初めて見た……」
ひそひそと囁かれる声にも構うことなく、ブラントは上機嫌で控え室に向かっていく。
アナスタシアも一緒に歩いて行きながら、たった一言でこれほど浮かれてしまったブラントに驚いていた。
かっこよいといった褒め言葉など言われ慣れているだろうにと、アナスタシアはブラントの端正な横顔を見ながら、こっそり苦笑を漏らした。






