41.ブラントの悩み
アナスタシアたちは学院ダンジョンの入り口に戻された。
女子生徒二人はまだ気を失ったままだったが、ブラントは冷たい眼差しを向けただけで、助け起こそうとはしなかった。
「受付に言えば回収してくれるから、行こう」
ブラントはそう言ってアナスタシアを促し、歩き出す。
その顔は気難しそうにしかめられていて、先ほどの管理者代理とやらの言葉に何か思うところがあるのだろうかと、アナスタシアは声をかけるのがためらわれた。
「アナスタシアさん、大丈夫?」
そこにブラントから声をかけられ、アナスタシアは戸惑う。
何のことを言っているのか、咄嗟に判断できなかったのだ。
先ほど管理者代理とやらに言われた言葉の中に、何か衝撃を受けることがあっただろうかと考える。
気になるものはあったが、大きな衝撃を受けるようなことはなかったはずだ。
「障壁を張っていたから魔術は防げたと思うけれど……」
アナスタシアが首を傾げていると、ブラントが言葉を続ける。
それでようやく、女子生徒二人のことかと気づいた。
「大丈夫です。あの程度の攻撃、たいしたことありませんし、障壁で防げましたから」
「それなら良いけれど……今回のことは報告して、処罰してもらおう。転移石に対する攻撃のことも含めれば、退学に追い込めると思う」
アナスタシアが答えると、ブラントはまだ浮かない顔のまま、女子生徒二人に対する処遇を口にした。
慈悲のかけらもない内容に、アナスタシアは絶句してしまう。
「……精神支配を受けていたようですし、退学はちょっとかわいそうかなと……」
「でも、アナスタシアさんを攻撃したんだよ。許せない」
取りなそうとするアナスタシアだが、当の攻撃された本人よりもブラントの怒りのほうが激しい。
女子生徒二人に対しては、アナスタシアも苛立ったのは確かだったが、ブラントがきっぱりと拒絶していたこともあって、実はそれほど怒っていなかった。
むしろ、気の毒だと思う余裕すらあるくらいだ。
ブラントがアナスタシアのことを心配して、怒ってくれている。
少し困りものではあったが、アナスタシアの心を満たしてくれるのも事実だ。
それだけで、あの女子生徒二人の処罰などどうでもよくなる。
「ええと……学院ダンジョンに立ち入り禁止を提案するのはどうでしょう。それでしたら、もう救援要請もこないと思いますし……」
「アナスタシアさんがそれでいいならいいけど……」
まだ釈然としない様子ではあったが、ブラントはいちおう頷いた。
アナスタシアとブラントは受付に向かい、状況を説明する。
管理者代理とやらのことは伏せ、女子生徒たちがわざと救援されようとしたことや、錯乱して攻撃してきたことを語った。
苛立たしげにブラントが、もしまた救援要請があっても絶対に行かないと言い切ると、受付の女性も慌てていた。
受付の女性によれば、この場で決められることではないが、女子生徒二人は学院ダンジョンに立ち入り禁止となることは、ほぼ間違いないだろうとのことだった。
早めに戻ってきたので、今日はまだ時間がある。
アナスタシアとブラントは、図書室の隠し部屋へと行った。
ここのところは学院ダンジョンに行ってばかりだったので、この部屋に来るのは久しぶりだ。
「……そんなに時間は経っていないけれど、疲れたね」
「そうですね。思いがけず、不思議な出来事があったので、とても時間が経ったような気がしますけれど、実はそうでもないんですね」
二人はどことなくぼんやりしながら、椅子に座る。
「……この学院の創設者が魔族だったらしいことは、ちょっと衝撃だったな。でも、魔族にも派閥というか、思想の違いというか、いろいろあるんだっていうほうが俺にとっては衝撃だったかもしれない。今まで、そんなこと考えたことなかったから」
魔族のことを語るブラントだったが、その口調も表情も落ち着いていた。
これまで魔族に対する憎しみを露わにしてきたブラントに変化があったのだろうかと、アナスタシアは静かに見守る。
「アナスタシアさん、もし俺が……いや、何でもない」
少し怯えの滲んだ顔で口を開きかけたブラントだが、途中で言葉を打ち切ってしまう。
だが、アナスタシアにはブラントが何を言おうとしているのかがわかった。
おそらく、ブラントは自分に魔族の血が流れている可能性に気づいている。
それでも受け入れてもらえるだろうかと、不安なのだろう。
実際には、アナスタシアはブラントが魔族の血を引いているどころか、魔王の血縁者だろうとほぼ確信を持っている。
その上で好きなのだから、今さらな話ではある。
だが、まさか『あなたは魔王の血縁者だと思っていますけれど、でも好きです』などと正直に言ったところで、逆効果だろう。
それに、何故そう思うのか問われたとしたら、魔王によく似ているからとは答えられない。どこで魔王を見たのだ、となってしまうだろう。
「ブラント先輩……私は、どんな事情があったとしてもブラント先輩のことが好きですから」
アナスタシアにできるのは、そっと寄り添い、ブラントが言いたくなるまで待つことだ。
ふわりと手をブラントの手に重ね、アナスタシアは微笑む。
すると、ブラントは目を見開いて驚いた後、ゆるやかに口元に笑みが浮かんできた。
「……ありがとう」
こうして、この話についてはいったん終わりとなった。
それからは、学院ダンジョンは奥の魔物を倒しすぎるとよくないみたいだから、少し時間が空けたほうがよいなど、普段どおりの話をする。
やがて夕方になり、二人はそれぞれ寮に戻った。
翌日、学院祭が近づいてきたからか、街中も慌ただしくなっているようだという話をレジーナから聞いた。
言われてみれば、学院内もどことなく浮かれたような雰囲気が漂っているようだ。
最近はダンジョンに潜ってばかりで、ろくに見ていなかったとアナスタシアは取り残されたような気分になってしまう。
「そういえば、あとちょっとで学院祭なんだね」
言いながら、アナスタシアはふと前回の人生のことを思い出す。
確か、前期休暇終了後、学院祭が始まる前にアナスタシアの婚約が決まったという知らせが伝わってきたはずだ。
だが、今回はその話を聞かない。
そんな話は来ても迷惑なだけだが、どうも前回の人生とは違いがあるようだ。
どうか婚約など決まらないでほしいという願いと、少し時期がずれているだけで今にも話が来るのではないかという恐れを抱いたまま時が過ぎていき、学院祭が始まった。






