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04.隠し扉

 目標を定めたアナスタシアは、早速、フォスター研究員のことを教師に尋ねてみた。

 しかし、研究員にそのような名前の者はいないと答えが返ってきて、いきなり躓いてしまった。


「研究員に興味があるのか? あれほどの魔術を扱えるのなら、宮廷魔術師を目指すことをすすめるが……」


 教師には、首を傾げられてしまった。

 魔術師の職として、最高峰のものは宮廷魔術師だ。次いで貴族のお抱え魔術師や、束縛を嫌う者はハンターになるといった道もあるが、稼げる職業はどれも戦闘を前提としたものとなる。

 剣のような物理攻撃が効かず、魔術でなければ倒せない魔物もいるため、攻撃能力の強い魔術師は貴重なのだ。


 研究員はそれらの職業から比べれば、薄給である。

 勉強はできるが魔力量がさほど多くない者や、魔力はあっても体が弱くて荒事に向かない者などが就く職といったイメージだ。

 ただ、卒業生が一度別の職で活躍してから、研究員として第二の人生を歩むこともあるので、一概には言えない。


「いえ、まだ卒業後のことは……ちょっと気になっただけです」


 アナスタシアはごまかしておく。

 実は前回の人生で、アナスタシアにとても向いていたといえるのが、研究員だ。当時は筆記こそトップだったが、実技は中間程度だった。アナスタシアが鍛えられたのは、魔物との戦いによるものだ。

 もっとも、前回も卒業後は国に戻るか、どこか嫁にやられるかだと思っていたので、研究員になるというのは最初から考えもしなかった。


「そうか。まだ入学したばかりだし、焦ることはない。個人的には、今であれほどの力があるのなら、伸ばせばどうなるのか見てみたいが……どんな道を選ぶかは、きみが決めることだ。まずは学生生活を楽しみなさい」


「はい、ありがとうございます」


 教師の言葉に、アナスタシアは胸が温かくなる。

 宮廷魔術師をすすめられはしたが、どんな道を選ぶか決めるのはアナスタシア自身だと言ってくれた。強要されず、アナスタシアの意思を尊重してもらえたことが嬉しい。


 ただ、フォスター研究員がいないということは、もしかして知っている歴史とズレがあるのだろうか。

 それとも、この一年半の間に新たに研究員となるのかもしれない。

 いずれにせよ、フォスター研究員との接触はできないようだ。しばらく後にまた調べてみることにして、今はいったん保留にしておくことにした。




 教室に行くと、アナスタシアを見たクラスメイトたちがざわついた。だが、声をかけようとしてくる者はなく、遠巻きに様子を窺うだけだ。

 前回の人生でも友達はなく、一人だった。とはいっても、親しい相手がいないというだけで、クラスメイトたちと挨拶は交わしていたし、ちょっとした雑談くらいもしていた。

 避けられていたというより、目立たず埋もれていたのが前回の人生だ。だが、今は目立って、避けられている。


 そのまま授業が始まり、今日は座学と魔術制御の訓練で、教室の移動はなかった。

 以前も受けた授業ではあるし、むしろ教えられるくらいだったが、改めて基礎について学ぶのは意外と楽しい。アナスタシアは通常ではありえない手段で魔術の頂きへと駆け上がっていったので、ゆっくりと基礎を学び直すのは己を見つめ直すことにもなるようだった。


「おい、昨日のあれはいったい何をしたんだ? こっそり爆薬でも仕込んでいたんだろ? そんなに俺に勝ちたかったのか? 魔術の実技で卑怯な手を使うなんて、恥を知りやがれ」


 授業が終わると、話しかけてくる相手がいた。

 ホイルが眉間に皺を寄せて、威嚇するように腕を組みながら低い声を出す。


「はあ……」


 アナスタシアはどう答えたものかと考える。

 言いがかりではあるのだが、アナスタシアの魔術は魔族たちから奪い取ったようなものなので、卑怯な手といえばそうなのかもしれない。

 だが、爆薬など仕込んでいないし、中級魔術を扱えるような者が術式の存在を感じ取れないはずがない。ホイルはアナスタシアの魔術に仕掛けがあると本気で思っているわけではなく、己のプライドを守るために支離滅裂になっているのだろう。

 そのような相手に対し、何と答えるのが正解なのか、アナスタシアは迷う。


「あら、恥を知るのはどなたかしら? 他の方の魔術には一切反応せず、自分の魔術だけで反応する爆薬なんて、もし作れるのでしたらそちらのほうが凄いことだと思いませんこと?」


 すると、冷ややかな声が割り込んできた。

 レジーナがこちらも負けじと腕を組んで、豊かな胸を突き出してホイルを睨みつけている。


「なっ……なんだよ! お前には関係ないだろ! 割り込んでくるんじゃねえよ!」


「あら、下品な大声ですこと。あなたのような身の程知らずのおバカさんがクラスメイトだなんて、このクラス全体の品格が疑われてしまいますわ。わたくしは、品位を落とすような振る舞いはおやめなさいと忠告して差し上げていますのよ」


 矛先を変え、ホイルがレジーナに噛みつくが、レジーナは平然と言い返す。


「うるせえな! チビ女! 黙っていやがれ!」


「まあ、言い返せないとなると、見た目の悪口だなんて、本当に頭が残念なのね。それに、わたくしは特に小さくはありませんわよ。あなたが態度と同じく体も大きいだけのことでしてよ。頭の中身は反対に小さいようですけれど。もっとも、魔術に体の大きさなんて関係あるのかしら?」


「てめえの魔術なんて、せいぜいそのふざけた髪を揺らす程度のちっぽけなもんだろうが! 偉そうにするんじゃねえよ!」


「……なんですって? わたくしの華麗な髪がふざけているですって? バカだとは思っていましたけれど、まさかこれほどのバカだとは……」


「はっ! バカって言うほうがバカなんだよ! バーカ!」


 二人の言い争いが、どんどん低い方へと向かっていく。


「あ……あの……」


 どうしたらよいものかわからず、アナスタシアがおそるおそる声をかけると、ホイルとレジーナは二人そろって殺気立った顔で振り向く。


「うるせえ! 割り込んでくるんじゃねえよ!」


「少し、黙っていてくださいます?」


 すでに争いはホイルとレジーナの間で繰り広げられるものになっていて、アナスタシアは部外者になってしまったようだ。

 二人に拒絶され、アナスタシアは力なくうなだれた。

 もうこれは何を言っても無駄だと思い、争う二人を置いてアナスタシアは教室を出て行く。


 何だか疲れてしまった。

 アナスタシアはため息を漏らしながら、図書室へと向かう。

 前回の人生でもよく行っていた場所だ。授業が終わった後は、図書室で一人のんびりと本を読むのが日課だった。


 久しぶりに訪れる図書室は、記憶のままだった。

 静かでインクの香りが漂う空間は、泣きたくなるような懐かしさを呼び覚まし、アナスタシアは一歩一歩確かめるように歩いて行く。

 入学したばかりの頃はよくこのあたりの本を読んでいた、二年生のときはこのあたりが多かっただろうかなど、思い出に浸りながら奥に進む。


 やがて、突き当たりまでやってきた。

 このあたりは内容が高度なものばかりで、人もあまり来ない。アナスタシアも前回の人生ではほとんど読んだことがない区画だ。


「……ん?」


 そこでふと、妙な気配を感じる。

 何事かと思って意識を集中させると、魔術で何かを隠蔽しているようだった。

 【探知】の魔術を使って詳しく調べてみる。すると、アナスタシアの魔術が隠蔽の力を上回ったようで、奥の壁に隠し扉を見つけることができた。


「こんなところに……」


 前回の人生ではこのような隠し扉の存在など知らなかった。

 おそらく、当時は気づくだけの力もなかったのだろう。隠蔽の力はかなり強く、学生どころか教師ですら見抜くのは難しいはずだ。

 この術式は学院で教えているようなものではなく、魔族のものに似ている。

 アナスタシアは不安と期待を抱きながら、扉に手を伸ばした。

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