39.迷惑な生徒たち
アナスタシアとブラントは、学院ダンジョンに入ったまま長時間戻らないという二年生たちを探しつつ、奥に進んでいった。
やはり試練の部屋までの間には見当たらず、その奥に行ったのだろう。
「そうだ、思い出した。確か、たまたま奥に進む道を見つけて、迷い込んでしまった生徒たちだ。何か月か前に救援したんだけれど……奥に進むだけの力もないくせに、また行ったのか……」
奥への通路を開きながら、ブラントがため息混じりに呟く。
「それだけ、どうしても進みたいほど奥に何かがあったんでしょうか?」
「うーん……わからないな。この先は魔物が強くなるくらいしか知らないし。まあ、とにかく行ってみようか」
二人は奥に進んでいく。
魔物の姿はなかったが、空気がずっしりと重たくのしかかり、足にもまとわりついてくるようだった。
もともと空気が少し重たく感じる空間ではあったが、明らかにいつもと違う。
「……なんだか、雰囲気がいつもと違いますね」
「うん、正直言って帰りたくなってきた」
どことなく嫌なものを感じながらも、しばらく歩いて行くと真新しい戦闘の跡が残っていた。
このダンジョンは自己修復機能を持っているらしく、戦闘の際に壁等が傷ついても、そのうち直っているのだ。
だが、誰かの姿は見当たらない。まだ先のようだ。
「……大分奥まで来たけれど、戦闘の形跡も少ない。魔物の数も少なかったみたいだね」
「休みの間だけでは、魔物の数が回復しなかったようですね」
「そうだね。普段どおりに魔物がいれば、もっと前で立ち往生していたんだろうけれど、もうすぐ最奥の部屋だよ」
とうとう、次の通路を曲がれば最奥の部屋というところまでやってきてしまった。
だが、そこで戦う音が聞こえてきた。
「そっちに行く!」
「わかった!」
二人の女子生徒が、鉄人形を相手に戦っていた。
一人が陽動として相手の視線をそらすように魔術を放ち、隙ができたところにもう一人が本命の魔術を放つ。
一般的な二年生程度の実力ではあったが、二人の連携がうまくとれていて、格上の相手にも何とか食らいついているようだ。
「……きゃあ!」
だが、やはり決め手には欠けるようで、鉄人形の攻撃を受けそうになってしまう。
幸いにして服をかすった程度でかわしていたが、障壁を張ることはできないようだ。いずれ、当たってしまう可能性が高い。
「目くらましを放つから、もう一回!」
「だ……だめ……もう、魔力が……」
しかも、魔力切れのようだ。
もう勝ち目はないだろう。
「に……逃げよう……」
「そうね……ここまでね……」
二人は逃げる決断をしたようだ。
ここの魔物は逃げ出せば追いかけてこないので、極めて正しい判断だ。
「……っ!? ま、まさか……」
「ブラントさま……!?」
ところが、逃走しようとした二人が振り返ったところ、後ろまで来ていたアナスタシアとブラントの姿を見つけたようだ。
正確には、ブラントの姿しか目に入っていないようだが。
二人の目が驚愕に見開かれ、続いて何かを期待するような笑みが口元に浮かんでくる。
ブラントのことを、ピンチになった自分たちを救いに来た王子さまとでも思っているのだろう。
颯爽とブラントが鉄人形を倒すところまで想像しているようで、夢心地の表情になっていた。
「…………」
気に入らなかったので、アナスタシアは鉄人形に向かって【白火】を放った。
白い炎が鉄人形を燃え上がらせ、どろどろに溶けていく。ブラントほどの威力はないとはいえ、この程度の魔物など瞬殺するのはたやすい。
五回くらいは消滅できそうなダメージを受け、鉄人形は魔石を残してあっさりと燃え尽きた。
「な……何やってんのよ! 余計なことしないで!」
「空気の読めない、嫌な女ね! なんて性格が悪いのかしら!」
女子生徒二人が、アナスタシアを睨みつけながら怒鳴り散らす。
二人の姿かたちはよく似ていて、髪型が違う程度だ。双子なのかもしれない。
アナスタシアは、なかなか図太いなと思いつつ、その視線を真っ向から受け止める。確かに、少々子供じみていたかもしれないが、譲るつもりはない。
「え……何言ってるの……? 助けてもらって、それ……?」
ブラントだけが一人、ドン引きしている。
彼だけが何が起こっているかを理解できていないようだ。女子生徒たちが助けてもらったのにも関わらず、アナスタシアに暴言を吐いているとしか映っていないようで、信じられないといった顔をしている。
「だ……だって、ここはブラントさまの雄姿を拝見するところで……」
「そ……そうよ、ブラントさまだって、私たちに良いところを見せたかったでしょう?」
女子生徒たちは、慌てて言い訳をする。
「俺が? 何で?」
だが、ブラントは本気で信じられないといったように顔を引きつらせる。
何を言っているのか、さっぱりわからないようだ。
「だって、前に助けてくださったとき、あんなに優しくしてくださったのは、私たちに気があるからでしょう?」
「そうよ、だからちょっと怖かったけれど、また学院ダンジョンの奥まで行けば、助けに来てくださると思って……普段は、なかなかお会いできないんですもの」
迷いのない二人の言葉に、ブラントは唖然としていた。
しかし、だんだんと言葉を飲み込んできたのか、表情が無くなっていく。
「……それは、俺を救援に来させるため、自分の力もわきまえずにわざとここまで来たということ?」
冷たい声で、ブラントは問いかける。
女子生徒たちはびくりと身をすくませた。
「た……確かに、ちょっとご迷惑かなとは思いましたけれど……」
「で……でも、ブラントさまだって、私たちに会いたかったでしょう……?」
「会いたくない。それに、ちょっとどころじゃない。とても迷惑だ」
まだ縋ろうとする二人に対し、ブラントは吐き捨ててきっぱりと拒絶する。
「救援したときって、大抵は魔力切れになっているから、無理をさせないように連れていくよ。誰に対しても同じことだ。勘違いしないでくれ。……さっさと戻ろう」
冷淡な声で言い放つと、ブラントは最奥の部屋の扉を開けた。
中央で輝く転移石が見える。ここまで来てしまえば、引き返すよりも転移石で戻るほうが早い。
部屋の中に進んでいくブラントを追いかけながら、アナスタシアは女子生徒二人を振り返ってみる。
二人は愕然とした表情で立ち尽くしていた。ブラントに拒絶されたことが受け入れられないようで、わなわなと震えている。歯ぎしりの音が聞こえてきそうなほどで、目も血走っていた。
その姿を見て、アナスタシアは違和感を覚える。
確かにやたらと自信満々な勘違いをしていて正気を疑ったものだが、本当に正気を失っているのではないかという疑念が浮かび上がってくる。
先ほど、アナスタシアが【白火】を放ったときもそうだ。
気に入らなかったとはいえ、あれほどの威力を出す必要はなかった。だが、やたらと苛立ってしまい、威力を押さえられなかった。
「ブラント先輩……」
嫌な予感を覚え、アナスタシアは先に行くブラントを呼び止めるべく、声をかけようとした。
「……このクソ女! お前が悪いんだ!」
「……お前さえいなければ!」
だが、女子生徒二人が狂気に染まった顔で、魔術を放ってくる。
アナスタシアは咄嗟に障壁を張り、防いだ。だが、ひとつ目の魔術は障壁に阻まれたが、ふたつ目は元からそれてしまっていたのか、転移石へと向かっていく。
そして転移石に攻撃魔術が当たり、甲高い音が響いた。
けたたましい音が鳴り続け、転移石が赤く光っては消えるのを繰り返す。
「な……なんてことを……」
「そ……そんな……どうして……こんな……」
愕然と、女子生徒二人がその場に崩れ落ちる。
先ほどの狂気は消え失せ、代わりに恐怖や怯えが浮かび上がり、青ざめていた。
アナスタシアとブラントも、いったい何が起こったのかと神経を張り詰めて様子を窺う。
すると、転移石の前の空間が歪んだ。






