37.ダンジョンデート
「アナスタシアさん、学院ダンジョンに行けるようになったんだって?」
アナスタシアが学院ダンジョンから帰ってきた後、図書室の隠し部屋でブラントが尋ねてきた。
「はい、レナとホイルと一緒に行って、【白火】を授かってきました」
「あ、もう行ってきたんだ。じゃあ、『奥』には行ってきた?」
「『奥』……?」
思い当たることがなく、アナスタシアは首を傾げる。
アナスタシアの知る限りでは、【白火】を授かれる部屋で最後だったはずだ。
「やっぱり、そこまではまだ教えてもらっていないか。試練の部屋の先も、まだダンジョンが続いているんだよ。隠し扉があるんだ。一部の生徒しか知らないけれどね」
「あの先があったんですか……」
驚きながら、アナスタシアは納得もしていた。
あのダンジョンは難易度が低すぎる。本当の初心者向けであって、少し慣れた者には物足りないはずだ。
もし育成を目的としているのなら、先があっても不思議ではない。
アナスタシアが知らなかったのは、前回の人生では一部の生徒に入っていなかったからだろう。
「たまに、知らないはずの一般の生徒でも、偶然見つけて先に行ってしまうことがあるんだ。大体は魔力切れになって立ち往生することになるから、ダンジョンに入って長時間戻らない場合は、俺とか上位成績者に救援要請がくることになっている」
ブラントの説明を聞いて、アナスタシアは以前ブラントが、学院ダンジョンに潜らなければいけなくなった、と言っていたときのことを思い出していた。
あのときも、おそらく救援要請がきていたのだろう。
「鍛えるのには良い場所だよ。ただ、採れる魔石がクズ魔石ばかりだし、素材にもならないような魔物だらけで、あまり旨みはないね。稼ぐのなら、初級ダンジョンのほうがよっぽとマシだ。ただ、普通の日でもふらっと行けるという利点があるね。奥には転移石があるから、そこまでいけば入り口まで一瞬で戻ってこられるんだ」
「近場の初級ダンジョンでも、休みの日じゃないと難しいですものね。学院ダンジョンならすぐに行けるので、授業が終わった後でも大丈夫ですね。転移石まであるなんて、至れり尽くせりですね」
転移石は、現代の技術では作り出すことのできない古代の遺産だ。
設定された場所まで一瞬で転移することができる。
そこまで用意されているなど、徹底しているとアナスタシアは感心する。
「そうなんだ。だから、一緒に学院ダンジョンに行ってみようよ。奥に行くと結構強くなっていくから、鍛えるのにちょうど良いよ」
「それ、私が行っても大丈夫なんですか?」
「うん、大丈夫。どうせアナスタシアさんなら、そのうち教えてもらえるだろうし。ちょっと早くなるだけだよ」
ブラントが自信をもって保証するので、二人は翌日、学院ダンジョンに行くことにした。
授業終了後、学院ダンジョンの前で待ち合わせだ。
「……お待たせしました」
アナスタシアが待ち合わせ場所に到着すると、すでにブラントが待っていた。
遠巻きに数名の生徒たちが様子を窺っている。女子生徒だけではなく、男子生徒もいた。
アナスタシアがブラントに声をかけると、生徒たちの視線が突き刺さるようだった。
「いや、俺も今来たところ。三年の教室のほうが近いからね」
微笑みながら答えると、ブラントは受付に向かう。
アナスタシアも一緒に歩いていくと、生徒たちがざわざわとざわめいた。
「『奥』に行ってきます」
「ブラントくんはもちろん構わないけれど、そちらの子は一年生よね……?」
ブラントが受付の女性に声をかけると、彼女は訝しそうにアナスタシアを眺めてきた。
アナスタシアが昨日、学院ダンジョンに入ったときの受付とは違う人物だ。
「一年首席のアナスタシアさんです。学院ダンジョンに入る許可は出ているので、問題はありませんよね」
「でも、『奥』はまだよね? 普通に入る分には良いけれど……」
「何かあったら俺が責任持ちますから。俺も一緒に行くので大丈夫です」
「まあ、ブラントくんが一緒なら……」
ブラントが押し切ると、受付の女性は気が進まない様子ではあったが、通してくれた。
生徒たちの視線を後ろから感じつつ、アナスタシアとブラントは学院ダンジョンに入っていく。
「……本当に良かったんでしょうか」
かなりごり押しで通ってしまったような気がする。アナスタシアは少し不安を覚えて、ぼそりと呟く。
「いいよ、アナスタシアさんなら一人でも最後まで行けるくらいなんだし。それに、いつも救援要請受けているんだから、こういう時くらいこっちの言い分を通させてもらわないと」
まったく気にしていない様子で、ブラントが答える。
だが、少し歩いたところで、ふと何か思い当たったように足を止めた。
「ああ……でも、考えてみれば学院ダンジョンというのは良くなかったかな」
「……どういうことですか?」
気まずそうに眉をひそめるブラントだが、アナスタシアには理由がよくわからず、首を傾げる。
「ほら、付き合い始めてから最初に行く場所だろう。もっと、綺麗な景色を見に行くとか、美味しい物を食べに行くほうが良かったんじゃないかなって。ダンジョンなんていう俺の趣味に付き合わせちゃって悪かったね」
「いえ、私もダンジョンで魔物を倒すのは好きなので、大丈夫です」
申し訳なさそうにするブラントに、アナスタシアは本心から答える。
綺麗な景色を見に行ったり、美味しい物を食べに行ったりするのも楽しいが、他人とろくに会うことのないダンジョンは落ち着いていられた。
ブラントは目立つので、一緒に歩いていると他人の注目を浴びてしまい、気疲れしてしまうことがある。
ブラントの隣に並べるほど、女としての魅力があるなどとアナスタシアは自惚れていない。むしろ、後ろ指をさされたり、陰口を叩かれるのが当然だろう。
だが、魔術師としてなら堂々と隣に立っていられる。
アナスタシアにとってはダンジョンこそが充実感を得られ、最もふさわしい場所なのかもしれない。
「それに……ブラント先輩と一緒でしたら、どこででも嬉しいです」
アナスタシアは、ブラントの手をそっと握りながら小声で囁く。
ブラントと一緒にいられるならば、ダンジョンだろうが、他の女たちから睨み殺されそうになる場所だろうが、どこだって構わない。
たとえ他の女から身の程知らずと罵られても、この手を放すことなどできない。
立ち塞がるものがあれば、魔術師としての力を使ってでもねじ伏せるだけだ。
「……っ」
ブラントは言葉を詰まらせ、照れたように視線を上に泳がせる。
そして答えるように、手を強く握り返してきた。






