35.これからのこと
アナスタシアとブラントはこれからのことを話し合い、結局当初の考えどおり、ブラントは研究員になることとなった。
宮廷魔術師になってしまっては、しがらみができ、簡単に動けなくなってしまう。
フォスター研究員の未来を知っているアナスタシアは、宮廷魔術師になったほうがその未来を回避できるのではないかとも思ったが、もし不測の事態が起こったときに、何も手出しできなくなることのほうを恐れた。
ブラントの実力があれば、宮廷魔術師にはいつでもなれる。
それに、いざとなればアナスタシアが出奔すればよい。そうすれば、身分違いも何もなくなる。
アナスタシアはそちらの事柄に関しては、対処すべき優先度は低いと考えていた。
それよりも、なるべく早く解決すべきことがある。
「……私は、あの魔族を早く始末すべきだと思います」
ブラントの両親の仇である魔族は、必ず災いをもたらすだろうという確信があった。
もしかしたら、前回の人生における魔物の大量発生に、あの魔族が関わっていた可能性もある。
「そうだね……これは俺のわがままなんだけれど……やっぱり、あの魔族は俺が倒したい。アナスタシアさんの戦い方を教えてもらえないかな? あのとき、単純に肉体強化して殴っていたわけじゃないよね。意識が朦朧としていて、はっきりわからなかったんだ」
「あれは、魔力抵抗力を下げる術式と一緒に、拳から直接魔力を叩き付けていました。相手の反撃を封じるため、術式は発動前に潰して、体を動かそうとしたときはそれを止める魔術を使っていました」
アナスタシアが答えると、ブラントは唖然として、アナスタシアを見つめたまま固まる。
「……それ、実現可能なの?」
「一回でも失敗すれば多分負けますけれど、成功し続ければできますよ」
いわば攻撃に全振りで、防御は無視していたため、もしまともに相手の攻撃を受ければあっさり負けていただろう。
だが、あの魔族が相手では、それくらい極端なことをしなくては勝ち目がなかったのだ。
「……アナスタシアさんって、恐ろしく戦い慣れているよね。それ、宮廷魔術師クラスでも無理だと思う。絶対、プレッシャーに負ける。魔物と直接戦い続けている上級ハンターでも……多分、無理じゃないかな。そもそも、それだけ素早く術式を展開できない」
ため息混じりに、ブラントは呟く。
アナスタシアは考えてみるが、ブラントに同じ戦法は難しそうだ。
威力でいえばブラントのほうが格段に上なのだが、術式の展開はアナスタシアのほうが早い。
もちろんブラントも一般の魔術師からすれば、術式の展開は圧倒的に素早い。
しかし、一瞬のうちに敵の動きを判断して、それに対処する術式を展開するには、戦闘経験も必要だろう。
前回の人生で死線をくぐり抜けてきたアナスタシアとは違い、ブラントはこれまでダンジョンの普通の魔物程度しか相手にしていないのだ。
「ブラント先輩は格闘術の心得もあるんですよね?」
「うん、それなりにはね」
「もし同じようなことをするのなら、反撃を封じ込める方法を、術式ではなく、物理攻撃で相手が何も出来ないように潰すことでしょうか。拳に魔力を乗せて叩き付けるだけでしたら、術式展開の素早さはそこまで必要ありませんし」
術式を展開している最中に殴られれば、当然集中が途切れて術式は発動できない。そのため、魔術師は敵から距離を取るのが普通だ。
「ああ……なるほど。そのためには、格闘術の腕も相当必要になるだろうけれど、組み合わせるのも手か……」
「それとも、どうにか隙を見つけて一回だけ全力で叩き込むかでしょうか。私なら手数が必要ですけれど、ブラント先輩だったらまともに当たれば多分一撃で倒せるんじゃないかと」
もともと多かったブラントの魔力量は、魔力回路の治癒をしてからさらに増大している。
もし、あの魔族と戦ったとき、アナスタシアにブラント並みの魔力量があったのなら、逃がすことなく止めを刺せていただろう。
「いろいろと試してみる価値はありそうだね。俺も術式展開は早いほうではあるけれど、アナスタシアさんの域には達することができそうにないから、他の方法を見つけよう」
「私もお手伝いします。というか、私ももっと鍛えないと……」
「じゃあ、一緒に鍛えていこう」
にっこり笑いながら、ブラントがアナスタシアの手に手を重ねてくる。
そこで、告白されて自分も応えたのだと急に強く意識してしまい、アナスタシアは少しうろたえてしまう。
さらに、先ほどレジーナが言っていた、いかがわしいことについてまでが思い出されてしまい、頭は混乱していく一方だ。
「……あ、あの魔族、いつ現れるでしょう……」
苦し紛れに、アナスタシアは話を引き戻した。
「うん……どこかのダンジョンで会うかもしれないけれど……でも、もし向こうから来るとしたら、学院祭があり得るかなと思う」
「学院祭……ですか?」
混乱していたアナスタシアの意識が、一気に引き戻される。
あの魔族はブラントを狙っていたようだったし、アナスタシアにも強い恨みを抱いただろう。
相手から出向いてくる可能性は十分にある。
「学院は、普段は部外者が入れないように結界が張られている。古代の遺産で、かなり強力らしいね。でも、学院祭のときは外部から客が訪れるため、結界が緩められるんだ。もちろん、警備は強化されるけれど……人手だからね」
ブラントの説明を聞きながら、アナスタシアは前回の人生での学院祭を思い出してみる。
様々な出店が出たり、魔術の対抗戦などが行われたりと、学院都市全体がお祭り騒ぎとなるのだ。
だが、単なる祭りというわけではなく、いわば就職活動の場でもある。
魔術師のスカウトに各国から使いが訪れ、上級ハンターがやってくることもある。
対抗戦は任意参加で、アピールしたい者は積極的に参加する。また、賞品が用意されるので、それ目当ての者も多い。
当時、アナスタシアは一年生だったが、就職活動は関係がなく、賞品を獲得できるほどの魔術の腕もなかったため、出店をぶらぶらと眺めただけだった。
確か、ブラントが対抗戦に出たという話も聞いた覚えがない。
その時点で研究員になることを決めていたからか、それとも何か別の理由があったのかはわからない。もう、知る術もない。
「ブラント先輩は、対抗戦に出るつもりですか?」
「うーん……去年と一昨年は出たけれど、今年は魔族の可能性を考えたら、魔力を温存しておくために見送ったほうがいいかな。まあ、学院祭は宮廷魔術師になった卒業生や、上級ハンターだって来ることがあるんだから、そうそう事を起こさないとは思うけど……」
「用心はしておいたほうがよさそうですね。学院祭は一か月後ですか……」
アナスタシアは、背筋に軽く寒気を覚えながら呟く。
学院祭では何かが起こりそうな予感がした。






