33.未来を変える決意
突然、涙を流し始めたアナスタシアにブラントはうろたえ、告白はうやむやになってしまった。
アナスタシアは理由を言うわけにもいかず、ブラントの気持ちが嫌だったわけではないことを伝えるので精いっぱいだった。
気まずい雰囲気のまま、二人は宿に戻る。
部屋で一人になってからも、アナスタシアは思い悩んでしまい、ろくに眠れないまま朝を迎えてしまう。
荷物をまとめて宿を引き払ったが、アナスタシアの顔色が悪いことを心配したブラントが、アナスタシアを連れて【転移】を使った。
一瞬にして、学院の図書室の隠し部屋へと戻ってくる。
いろいろなことがあった休暇は、あっさりと終わってしまった。
「その……迷惑だったら、忘れてもらってもいいから……」
寂しそうな笑みを浮かべながら、ブラントはそう言って部屋を出ていった。
そうではないのだと声をかけることもできず、アナスタシアはブラントの背を見送ることしかできない。
ややあって、アナスタシアもとぼとぼと寮の自室に戻る。
アナスタシアは、今回の人生で目覚めたとき、書き留めておいたノートを取り出す。
そこに書かれた『フォスター研究員と接触し、何か関連があるか調べる』という文字を、アナスタシアは指先でそっとなぞる。
本当は、ずっと前から接触していたようだ。
だが、その考え方のなんと浅かったことだろうと、アナスタシアは心が沈む。
「ブラント先輩……」
いざフォスター研究員がブラントだと知ったとき、アナスタシアは何か調べるどころの気持ちではなかった。
それまで、記号のようなものとしてしか、フォスター研究員のことを捉えていなかったのだ。
今は、優しい笑顔も、繋いだ手の温もりも、穏やかなようで実は好戦的なところがあることも、よく知っている。
彼がいずれ命を落とすと考えただけで、震えが止まらない。
またも涙があふれてきて、嗚咽が口から漏れそうになってしまう。
「ステイシィ、帰ってきていますの? ……どうしましたの!?」
そのとき、ノックの音がしてドアが開かれた。
レジーナが顔をのぞかせ、アナスタシアの姿を見て驚いて、中に入ってくる。
「レナ……」
アナスタシアはさりげなくノートを閉じながら、涙を拭う。
「いったいどうしましたの? もしかして……ブラント先輩と、何かありましたの?」
ブラントの名を出され、アナスタシアはびくりと身をすくませる。
その様子を見て、レジーナは眉をひそめて頷く。
「やっぱりそうでしたのね……何かひどいことを言われましたの? お前のことなんて嫌いだとでも言われましたの?」
「い、いえ……むしろ、その反対というか……好きだと告白されたというか……」
か細い声でアナスタシアが答えると、レジーナが目を丸くして言葉を失う。
しばし唖然としていたが、ややあって何かを思い当たったように、レジーナは口を開く。
「まさか、幻滅するようなことをされましたの? いきなり、いかがわしいことを要求されたとか……」
「な……ない、それはないから! ブラント先輩は何も悪くないから!」
アナスタシアは慌てて否定する。
ブラントはいつも紳士的に振る舞っていた。これは否定しておかねば彼の名誉に関わると、アナスタシアは必死になる。
「じゃあ、どうして……実は、泣くほど嫌でしたの?」
「それもないよ……嬉しかった……でも、だからこそ悲しくて……」
こんなことを言ってもわからないだろうと思いつつ、アナスタシアはうまく説明することができない。
しかし、レジーナは追及することなく、眉根を寄せてしばし何かを考え込む。
「……きっと、ステイシィにはいろいろとしがらみがあるだろうことは推察できますわ。でも、ステイシィ自身の気持ちはどうですの? ブラント先輩のこと、どう思っていますの?」
ややあって、レジーナは静かに問いかけてきた。
穏やかではあったが凛とした口調で、アナスタシアは一瞬、怯んでしまう。
だが、一度俯いて自分の心に問いかけてから、顔を上げる。
「私も……ブラント先輩のことが好き……」
小さな声だったが、アナスタシアははっきりとそう言った。
口に出すと、心を縛っていた鎖が溶けていくようだった。
裏切られるのが恐ろしかったことも、もうどうでもよい。未来のことはわからないにせよ、今の気持ちは本当だ。
「でしたら、将来がどうなるにせよ、今はその気持ちを大切にしたほうがよいと思いますわよ。きっと障害があるのでしょうけれど……もし、障害を取り除くためのお手伝いができるのなら、わたくしも喜んでいたしますわ」
力づけるように、レジーナがアナスタシアの手を握る。
思わず、アナスタシアの瞳に涙がにじむ。
だが、先ほどのような悲しみの涙ではなく、嬉しさからの涙だ。
「それに、いざとなったら二人で駆け落ちしてしまえばよろしいのですわ。ステイシィとブラント先輩でしたら、どこででも生きていけますわ。どうせ、ステイシィの身内なんて、ろくでもないことを言ってきたような方々ばかりなのですから、気遣う必要なんてありませんわ」
やや渋い顔をしながら、レジーナはそう言ってくる。
レジーナは、どうやらアナスタシアに家関係のしがらみがあるのだと思っているようだ。政略結婚を課されているとでも想像しているのだろう。
実際にアナスタシアが今悩んでいるのはそのことではないが、気遣ってくれる心が嬉しく、また忘れていた大切なことを思い出させてくれた。
どうして、フォスター研究員の未来を変えられないと決めつけていたのだろう。
アナスタシアは勇者シンとの出会いを回避するべく動いているのに、彼の未来を回避することができないと思う理由などないはずだ。
「レナ……ありがとう……目が覚めたような気がする」
「どういたしまして」
アナスタシアはレジーナの手を握り返しながら、感謝を伝える。
またレジーナには救われた。素晴らしい友達に恵まれたと、アナスタシアは温かい気持ちに包まれる。
障害は、取り除けばよいのだ。
魔術実験の失敗が何故起こったかはわからないが、その原因にブラントの両親の仇である魔族が関わっている可能性は高そうだ。
あの魔族は何か企んでいるようでもあったことから、魔物の大量発生の原因に結びつきそうでもある。
まずは、あの魔族を始末することから考えよう。
次に戦うとしたら、おそらく前回戦ったときよりも強くなっているはずだ。
アナスタシアも戦い方を見直し、改善していく必要がある。
全てを力でねじ伏せられるくらい、強くなるのだとアナスタシアは決意した。






