32.告白
ブラントの魔力回路は、その後二回の治療を経て完治した。
様子を見るためにラッセルの町から近い初級ダンジョンに行ってみたところ、一人であっさりと魔物たちを全部倒してしまった。
「完全に元通り……いや、むしろ前よりも魔力が増しているな。とても体が軽いよ」
少しも疲れを見せず、ブラントは笑う。
一度壊れかけた魔力回路が回復したことによってより強化されたのか、それとも最初から流れが悪かった部分も治癒によって通るようになったのか、以前から強大だったブラントの魔力はさらに高まっていた。
とんでもない化け物が出来上がってしまったのではないかと、アナスタシアは恐ろしくなってくる。
ブラントが魔王の血を引いているらしいことは、とりあえず棚上げしておくことにした。
アナスタシアは個人的には、魔王に対して恨みはほとんどない。
前回の人生では戦い、最期に呪いをかけられて、それがアナスタシアの死の原因ともなったが、こちらも魔王を倒しているのでお相子だ。
むしろ苦悩を抱えた姿が印象的で、恨みというのなら勇者シンに対するもののほうが圧倒的に大きい。
勇者シンと魔王のどちらかを殴れと言われたら、迷わず勇者シンを殴るだろう。
ただ、魔族を憎んでいるブラントが、己の血筋を知ったときにどうなるのかという不安はあった。
「大丈夫みたいだから、近くの中級ダンジョンも行ってみようか」
「そうですね。せっかくこの町まで来たんですから、行ってみましょう」
今は不安を置いておき、目の前にあることから片付けていこうと、アナスタシアは頷いた。
こうして、中級ダンジョンに行ってみたり、休憩がてら二人で町を歩いてみたりと、休暇は過ぎていった。
前回の人生で魔族と遭遇した中級ダンジョンもあったが、アナスタシアは念のために隠し扉より先には行かないようにして、魔族を避けた。
普通の魔物たちは、もはや二人の相手ではない。散歩気分で、ダンジョンを攻略していく。
ハンターギルドも、だんだん落ち着いてきたようだ。
『吸血の塔』が崩れた時も、幸い死者はいなかったそうで、ハンターたちは別のダンジョンに向かうようになった。
そうしているうちに、アナスタシアは五級ハンターに昇級した。
ブラントもその気になれば三級ハンターになれるようだが、そうなれば指名依頼などのしがらみも出てくるので、四級のままでいるようだ。
「……もうすぐ、休暇も終わりですね」
残りわずかとなった休暇を惜しみながら、アナスタシアは呟く。
前回の人生では、これほど楽しい休暇など過ごしたことはなかった。
ブラントと共にダンジョンに行くのは安心感があり、変に気を張らずにすむ。町を一緒に歩くのも、道行く女の羨望の視線が気になることはあったが、話が合うので時間が経つのを忘れるほど楽しい。
すっかりブラントと一緒にいることが、当たり前になってしまったようだ。
だが、ブラントと長期休暇を過ごせるのは、これが最初で最後なのだ。
次の長期休暇は後期休暇であり、ブラントは卒業した後となる。
その頃には、ブラントはジグヴァルト帝国の宮廷魔術師となっているだろう。
そうすれば、もう会うこともないのかもしれない。
いや、前回の人生での出来事を考えれば、望まぬ立場で会うことになってしまう可能性もある。アナスタシアは、ジグヴァルト帝国第三皇子の──
「そうだね……明日、学院に戻ろうか。その前に、この町を歩いてみよう」
物思いに沈み込んでいたアナスタシアを、ブラントの名残惜しそうな声が引き戻す。
胸の疼きを覚えながらも浮かんでいた思いを振り払い、アナスタシアは差し出されたブラントの手を取る。
二人は手を繋ぎ、歩いていく。
しんみりとした雰囲気のまま、やがて町並みを見下ろす小高い丘までやってきた。
「……実は俺、卒業後も学院に残ろうと思うんだ」
「え?」
ブラントが切り出した言葉を、アナスタシアは一瞬、理解できなかった。
徐々にしみ込んでくると、もしかしたらという期待がわきあがってくる。
「前から考えてはいたんだけれど……塔での出来事で、俺は未熟すぎるとわかった。もっと鍛えておきたい。それに何より……学院に残れば、アナスタシアさんともっと一緒にいられるから」
真摯な眼差しをアナスタシアに向け、ブラントは穏やかに語る。
アナスタシアはブラントを見つめたまま、何も言えなくなってしまう。
しばし二人は無言で見つめ合っていたが、ややあって決意したようにブラントが口を開く。
「……俺は、アナスタシアさんのことが好きだ」
静かな声が、はっきりと響いた。
その途端、アナスタシアは雷に打たれたような衝撃を受け、意識が遠のいていくようだった。
足下がふわふわとして、おぼつかない。
きっとそうだろうとは思っていたが、いざこうして言葉に出されると、激しく心臓が鼓動し始める。
頭も混乱してしまい、何かを口に出そうにも、どうしてよいものかわからない。
「多分、初めて会ったときから惹かれていたんだと思う。どんどんこの気持ちが大きくなっていって……アナスタシアさんが魔族を拳で叩きのめしているのを見たとき、はっきりと自分の気持ちを自覚したんだ」
──あ、そのときなんだ。
あまりにも一般的な感覚とかけ離れているように思えて、アナスタシアは少し冷静さを取り戻す。
「……でも、俺にこんなことを言う資格はあるのかと思った。どうやら、俺は自分でも知らない特殊な事情があるみたいだから……もしかしたら……魔族……いや……決着をつけるためにも、残りたいんだ。本当は、それから告白するべきだったんだろうけれど……」
俯きがちにブラントは呟く。
その言葉に、アナスタシアははっとする。
もしかして、ブラントも自分が魔族の血を引いてる可能性に気づいているのではないだろうか。
言葉を失ったまま、アナスタシアがブラントを見つめていると、ブラントは気持ちを切り替えるように首を振った。
「だから研究員として、学院に残ることにしたんだ。これまで研究員になろうなんて考えたことがなかったから知らなかったけれど、研究員は学生と違って名ではなく姓で呼ぶんだってね。昔、魔術師の師弟関係で、師匠から弟子に名前が与えられていたことの名残らしい」
アナスタシアの背筋を、ぞくりと悪寒が襲う。
研究員、そして名ではなく姓で呼ぶという言葉が、嫌な予感となってアナスタシアに重たくのしかかってくる。
気のせいだと、アナスタシアは己に言い聞かせるが、寒気は消えない。
「前にも言ったかもしれないけれど、俺は姓がないんだ。それで、この間学院長から名前をもらったんだ。だから、研究員になってからはその名前で呼ばれることになる」
だが、ブラントの言葉はアナスタシアを安心させる内容がないまま、続く。
もはや先ほどまでの高揚感は消え失せ、まるで崖っぷちに追い込まれていくような恐怖だけがアナスタシアを苛む。
死の香りが、ふわりと鼻先をかすめたような気すらした。
「フォスター研究員、それが卒業後の俺の名前になるんだ」
とうとう、止めの言葉が出てしまった。
アナスタシアは泣き叫びたくなる衝動を必死にこらえ、拳を固く握りしめる。
こらえきれない涙が、頬を伝っていく。
その名は、アナスタシアにとっては死を約束された名だった。
アナスタシアの前回の人生で、魔術実験の失敗により魔物と化し、命を落としてしまったフォスター研究員。
ずっと探してきた彼は、ブラントのことだったのだ。






