31.二人の争い
魔力回路が治るまで絶対に魔術は使うなと、もう一度強く言い含めると、ブラントは神妙な顔で頷いた。
今の治療でブラントは普通に歩く程度なら苦痛がないほど回復したので、二人はハンターギルドに向かう。
ゆっくり歩きながらハンターギルドにたどり着くと、中は騒がしく、ギルド員たちが忙しなく動き回っていた。
「もしかして、昨日『吸血の塔』に行っていた方でしょうか?」
二人の姿を見たギルド員の一人が、声をかけてきた。
頷くと、奥の部屋に案内された。応接室のようで、椅子も座り心地の良い高級品を使っているようだ。
ハンターが普段通されるような部屋じゃないと、ブラントが耳打ちしてくる。重要参考人扱いのようだ、と。
ややあって、一人の男がやってきた。黒髪に白髪が混ざった初老の男で、知性を感じさせる柔和な顔立ちをしている。
「お待たせしました。支部長のロイドと申します。早速ですが、『吸血の塔』についてお話を伺いたいのですが、ブラントさんとアナスタシアさんでよろしいでしょうか?」
「はい。……でも、よくわかりましたね。この町にも、昨日来たばかりだったのですが」
ロイド支部長の問いに、ブラントが首を傾げながら答える。
すると、ロイド支部長は笑みを浮かべ、口元の皺を深くした。
「サムから話を聞きましてね。塔で、あなたたちに助けられたと。見目麗しい男女二人の組み合わせということで、ギルド員もすぐにわかったそうですよ」
そういえば、馬車で町まで送ってもらう途中、ハンターギルドに顔を出したほうがいいと言われていた。彼が先に話していたのかと、アナスタシアは納得する。
ただ、ブラントが見目麗しいのは確かだが、アナスタシアまでそれに含めるのはどうだろうかと、居心地の悪さを覚える。
「サムたちはこの町ではトップクラスのパーティーなのですよ。その彼らが全滅寸前になったような魔物をあっさり倒し、致命傷すら瞬時に癒やしたと聞いて驚きましたが、魔術学院の首席ということで納得しましたよ。三年首席のブラントさんは有名ですし、今年の一年首席の方も並外れているという噂は聞いておりましたからね。それで、詳しく伺いたいのですが……」
ロイド支部長から促され、アナスタシアとブラントは塔であった出来事を話した。
十二階で竜が出たこと、そして竜を倒した後に階段が現れて、次の階に行くと魔族と出会ったことを語る。
ただ、魔族がブラントの両親の仇であることや、魔王の因子がどうといった内容は伏せた。
戦いの詳しい内容についても語らなかったが、そこは手の内を晒さないのが当然のことという意識からか、詳しく尋ねられることもなかった。
最後に魔族がダンジョンコアを砕いて逃走し、塔が崩れ始めたと締めくくると、ロイド支部長は大きく息を吐き出す。
「竜に魔族にダンジョンコアですか……にわかには信じがたい話ですが……確かに、それでないと説明がつかないのですよね……ダンジョンコアも一般のハンターには明らかにしていないものの、上級ハンター内では知られているものですし」
思い悩む素振りは見せたが、ロイド支部長は二人の話を信じたようだ。
アナスタシアはふと竜の牙を持ってきたことを思い出し、ブラントに耳打ちする。
すると、ブラントもそうだったと頷き、竜の牙を取り出す。
「竜からとれた牙です。何故か、他の部分は消えてしまって、これしか持ってくることができませんでしたが」
ブラントがそう言って竜の牙を差し出すと、ロイド支部長は目を丸くした。
「これは……わずかに漂う魔力といい、確かに竜の牙のようですね。調査のために、譲って頂けませんか? もちろん、相応の代金はお支払いします」
ロイド支部長の申し出に、アナスタシアとブラントは顔を見合わせる。
竜の牙は貴重な素材ではあるが、今のところ特に使いたい用途もない。アナスタシアとしては構わないと頷くと、ブラントも首を縦に振った。
「ありがとうございます。またお話を伺うことになるかもしれませんが、今日のところはもうよろしいですよ。代金を用意させますので、少々お待ちください。それでは失礼します」
慌ただしく、ロイド支部長は部屋を出て行った。
ダンジョンがひとつ消えてしまったのだから、忙しいのだろう。
しばらく待っていると、代金を持ってギルド員がやってきた。
さすが貴重な素材だけあって、たったひとつだけだったにも関わらず、数か月は遊んで暮らせそうな金額が用意されていた。
ところが、その金額故にアナスタシアとブラントの間で揉め事が起こってしまう。
「竜を倒したのはブラント先輩なので、せめて九割はブラント先輩の取り分になるべきです」
「いや、俺なんてアナスタシアさんに障壁でお膳立てしてもらって、何の工夫もなく魔術を放っただけだ。アナスタシアさんが九割取るべきだよ」
「でも、ブラント先輩だったから一撃で倒せたんです。私だったらもっと手数が必要だったので、そうしていたら魔力が足りなくなって、魔族との戦いで負けていました」
「それを言うなら、魔族を退けたのはアナスタシアさんだ。さらに、俺の魔力回路まで癒やしてもらって、俺は取り分どころかむしろ支払うべきだよ」
「それでしたら、私が魔術阻害をあっさり受けてしまったせいで、ブラント先輩が魔力回路に損傷を負うような事態になってしまったんです」
「いや、それは俺が頭に血が上って、あっさり魔力切れになったせいだ」
互いに報酬をなすりつけ合い、己の非をあげつらう、醜い争いが勃発してしまったのだ。
両者一歩も引かずに言い合っていたが、やがてブラントが両手を挙げて、いったん話を打ち切る。
「……じゃあ、こうしよう。共有財産として、宿泊費や食費のような滞在費、あと装備品等の費用もここから使う。これでどうかな?」
「はい、それで構いません」
ブラントの提案に、アナスタシアも頷く。
こうして二人の争いは終結した。
「……何だか、疲れてしまったね。そうだ、アナスタシアさんは甘い物好き?」
苦笑しながら呟くと、ブラントは思い出したように問いかけてくる。
「はい、好きです」
唐突な質問に首を傾げたが、アナスタシアは素直に答える。
するとブラントが嬉しそうな笑みを浮かべた。
「それはよかった。美味しいお茶とお菓子の店があるんだ。気晴らしに行ってみよう」
そう言って、ブラントは立ち上がって手を差し出す。
アナスタシアはその手とブラントの顔を交互に見比べてしまう。
昨日もギルドから出るときに手を繋いだが、それはトニーを置き去りにしていくためにブラントがアナスタシアの手を引くという、勢いに任せたものだった。
こうして、平常時に手を差し出されると、妙に恥ずかしくて顔に熱が集まる。
ずっと大切な仲間として扱われているだけだと自分に言い聞かせてきたが、本当はそれだけではないだろうことに、アナスタシアは気づいている。
だが、それを受け入れてもよいのか、傷ついた心は未だに踏ん切りがつかない。
また、自分の勘違い、意識しすぎだという可能性も捨てきれない。
それでも、自分が今どうしたいのかだけを考えてみる。
「……はい、行きましょう」
アナスタシアは立ち上がり、ブラントの手を取った。






