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【書籍化】死に戻り魔術姫は勇者より先に魔王を倒します ~前世から引き継いだチート魔術で未来を変え、新しい恋に生きる~  作者: 葵 すみれ
第1章 新たな始まり

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30.魔力回路の損傷

 アナスタシアが目を覚ますと、日が高く昇っていた。

 どうやら丸一日近く眠っていたようだ。

 体の節々が少し痛んだが、魔力はすっかり回復していた。アナスタシアは起き上がり、体を伸ばす。


「……ん? お風呂がある……?」


 部屋に入ったときはすぐに眠ってしまったために気づかなかったが、奥には浴槽も備え付けられていた。

 湯は金を払って準備してもらう必要があるが、アナスタシアは魔術を使って自分で調達できる。

 風呂に入って身を清め、服も予備の新しいものに着替えると、人心地がついた。


 ほっとしたら空腹を強く感じ、アナスタシアは食事を取りに行こうと廊下に出る。

 すると、ちょうどブラントも廊下に出てきたところだった。

 どうやら彼も風呂に入ったようでこざっぱりとしていたが、顔にはまだ疲労の色が残っている。


「おはよう、アナスタシアさんも今起きたの? これから食事だったら、一緒に行こう」


「はい、行きましょう」


 二人は食堂に行き、食事をする。

 ブラントが注文したものは粥などの軽いものばかりだったが、それでも食べるのがつらそうだった。

 もう魔力切れということはないだろうから、内傷か魔力回路の損傷、おそらくはその両方だろう。


「ブラント先輩……もしよければ……魔力回路の状態を見せてもらえませんか?」


 アナスタシアはおそるおそる問いかけてみる。

 魔力回路の状態を見せるというのは、完全に無防備な状態を晒した上で凶器を渡すようなものだ。よほど信頼している相手でもなければ、そうそう見せはしない。

 だが、ブラントはほぼ間違いなく魔力回路を損傷しているはずだ。アナスタシアならば、治せる可能性がある。

 断られるかもしれないとは思いつつ、アナスタシアは放っておけなかった。


「見てくれるの? ありがとう。じゃあ、お願いするよ」


 ところが、ブラントはあっさりと頷いた。

 迷うことなく、即答だ。

 アナスタシアはいささかあっけにとられながらも、食事を終えると二人でブラントの部屋に向かった。


「魔力回路って、確か心臓の近くを見るんだよね?」


 部屋に入ると、ブラントはそう言って上半身の服を潔く脱ぎ捨てた。

 細身だが筋肉のついた引き締まった体が露わになり、アナスタシアは唖然として固まってしまう。

 心臓の近くを見るのは確かだし、肌に直接触れる必要があるので、服を脱ぐのも正しい。

 だが、心の準備ができていない状態で、いきなり衝撃的なことをしないでほしいと、アナスタシアは視線を泳がせる。


「せ……背中から見ますので、座ってください……」


 正面から向かい合っていては、まともに見られそうにない。

 アナスタシアが促すと、ブラントは言われたとおり椅子に座った。


「では、失礼します……」


 気を取り直して、アナスタシアはブラントの背中に手を触れ、魔力を流して内部を探っていく。

 すると、思ったよりも損傷が激しくて、息をのんだ。

 魔力回路全体の八割程度に損傷があり、そのうちのほとんどが重度で自然治癒は難しいと思われた。


「こ……これ……ちょっと動くのも苦痛じゃありませんか……?」


 思わず、アナスタシアはそう口にしていた。

 前回の人生で、アナスタシアも魔力回路の損傷を起こしている。だから、その苦しみはよく知っている。

 だが、ブラントは時折つらそうにはしていたが、かなり普通に振る舞っていた。

 そのため、これほどひどいとは気づかなかったのだ。


「まあ……うん……もう隠せないか」


 困ったような声で、ブラントが答える。

 アナスタシアを心配させないため、たいしたことがないように振る舞っていたのだと気づき、アナスタシアは愕然とする。


 考えてみれば、魔力切れの状態で魔術阻害の檻を壊したのだ。

 並みの魔術師であれば、万全の状態であっても罅ひとつ入れることはできなかっただろう。あの魔族の作り出した魔術阻害は、並大抵の魔術で突破できるものではなかった。

 それだけの高度な魔術を魔力切れの状態で行使するなど、自殺行為だ。下手をすれば魔力枯渇で死んでいただろう。


「……これ、死んでいたかもしれないくらいの損傷ですよ」


「うん……あのときは無我夢中だったから……どうにかアナスタシアさんを逃がさないとと思って……」


 叱られた子供のように、ぼそぼそと答えるブラント。

 魔族との戦いの前に、いざとなったらどうにか時間を稼ぐとブラントは言っていたが、その言葉を彼は守ったのだ。

 あのとき、ブラントが魔術阻害の檻を壊してくれなかったら、勝者と敗者は入れ替わっていただろう。


 しかしながら、その代償が約八割の魔力回路損傷だ。

 時間が経てば損傷個所の魔力回路が完全に塞がるので、苦痛は引いていくが、魔力を流せなくなってしまう。

 このまま放っておけば、ブラントの魔術師としての力量は格段に落ちてしまうだろう。


「このままだと、魔術師としてはろくに……じゃないですね……どれだけ元が凄いんですか……」


 恐ろしいことに、ブラントは残り二割の魔力回路があれば、魔術学院の首席を維持できる程度の力は残りそうだ。

 損傷の激しさもさることながら、もともとの力がどれだけあるのだと、アナスタシアは恐怖を覚える。


 そこで、ブラントが魔族──それも魔王──の血を引いている可能性があることを思い出し、アナスタシアは胸の疼きを感じながらも、納得する。

 だが、いったんその考えは置いておく。

 今はそれよりも、魔力回路を癒すことに集中するべきだ。


「魔力回路を癒していきますので、力を抜いていてください」


 アナスタシアは細心の注意を払いながら、ブラントの魔力回路に少しずつ治癒魔術を流していく。

 すると、予想以上の手ごたえがあった。治癒は無理かもしれないと思っていた箇所も、アナスタシアの魔力に反応して損傷が軽くなっていく。

 治癒魔術は本来持っている治癒力を活性化するものなので、機能が失われた箇所には反応しない。

 だが、治療を始めるのが早かったためか、ブラントの治癒力が並外れているのか、重度の損傷があった箇所も確かに癒されてきていた。


「……っ」


 ブラントがわずかに呻き声を漏らす。

 魔力回路に他人の魔力を流されるのは、体の中をかき回されているような不快感を伴う。

 長時間続けると負担も大きいので、アナスタシアはほどほどで切り上げる。

 内傷も調べてみるが、そちらはたいしたことがなく、治癒魔術であっさりと治った。


「……多分、このまま放っておいても自然回復するくらいにはなりました。あと二、三回同じことをすれば完治しそうなので、嫌でなければ明日も……」


「凄い……苦痛がほとんど引いた……まさか、治るとは思わなかった……もう二度と治らないものと覚悟していたのに……ありがとう……何とお礼を言っていいのかわからない……」


 呆然と己の手を眺めながら、ブラントは呟く。

 肩が小刻みに震えていた。

 魔力回路損傷による喪失感は、アナスタシアもよく知っている。今回の人生で新たに目覚めて、魔術を再び扱えるようになったときは、張り裂けるような喜びに満たされたものだ。

 ブラントも、似たような気持ちを味わっているのだろう。


「ブラント先輩……」


 魔力回路を犠牲にし、命すら捨てる覚悟でブラントが行ったのは、アナスタシアを魔族から逃がそうとすることだった。

 幸いにして魔族を退けることができてからも、ブラントは恨み言や泣き言ひとつ言うことはなかった。

 それどころか、アナスタシアに心配をかけまいと、苦痛をこらえて気丈に振る舞っていたのだ。

 誰かにこれほど心を向けられたことはなく、アナスタシアはどうしてよいものかわからない。


「……魔力回路が完全に治るまで、魔術は使わないでくださいね。悪化させる可能性がありますから」


 考えても答えは出そうにないので、アナスタシアは魔力回路に関する注意に逃げた。

 今はアナスタシアにできること、魔力回路の治癒に努めようとする。

 魔力回路が傷ついている状態で魔術を使うのは、回復を妨げる上に苦痛を伴う。

 わざわざ言わなくても、魔術を使おうとすれば苦痛が走るので、普通は引っ込めるだろう。

 だが、そこまで考えてから、アナスタシアはふと思い当たることがあった。


「ブラント先輩……お風呂に入ったと思うんですけれど、そのお湯ってどうしました?」


「え? いや、その……魔術で……」


 ややきつめの口調で問い詰めると、ブラントはうろたえた。

 アナスタシアは頭を抱えたくなる。

 湯を作り出すのは、さほど難しい魔術ではないが、あれほど傷ついた魔力回路では相当な苦痛を伴ったはずだ。

 全身を引き裂かれるような苦痛を味わってまで、風呂に入りたかったのかと、アナスタシアは不思議で仕方がない。


「……汚れたままでアナスタシアさんに会いたくなかったんだ……嫌われたくなかったから……」


 ぼそぼそとしたブラントの声を聞き、アナスタシアは唖然とする。

 何を言っているのか、よくわからない。

 意味がしみ込んでくると、アナスタシアは今度こそ頭を抱えた。

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