03.これからの目標
アナスタシアの放った魔術はクラスメイト達の度肝を抜き、教師すら引かせてしまった。
炎の上級魔術を放ったということでごまかしたが、上級魔術を使えるだけの力があれば宮廷魔術師としての道だって開けるのだ。入学したばかりの学生が使えるような代物ではないのだが、初歩の初歩である【点火】であの威力を出したことはさらに問題なので、仕方がない。
魔術を使えることに浮かれてしまい、後先を考えなかったことをアナスタシアは反省する。
ただ、これは夢ではなく、記憶や技術を持ったまま、過去の自分に戻ったらしいことがわかった。
そうなれば、考えを整理する必要がある。
身の丈に合わぬ上級魔術を無理して使ったため、反動で体調が悪くなったと言い訳して、アナスタシアは寮の自室に戻ってきた。
ノートを開き、ペンを持ちながら考え始める。
「ええと……まずは、勇者が現れるのが……」
勇者シンがセレスティア聖王国の国宝である聖剣に選ばれ、旅立つのがこれから約一年半後になる。
その際、同時にセレスティア国王より、勇者シンに付き従う旨の命令がアナスタシアに下されたのだ。二年生後期が始まったばかりのアナスタシアは休学して、勇者シンと共に旅をすることになり、結局復学することはなかった。
「できることなら、彼とはもう二度と会いたくないわね……」
だが、勇者シンを避けるためには、国王の命令も無視する必要がある。まともに回避するのは不可能だろう。
となれば、出奔するしかない。アナスタシアの魔術師としての力は、人間としてはトップクラスのはずだ。働き口くらい、いくらでもあるだろう。
ただ、魔術学院卒業という実績もなく、出自を隠さねばならないため、まっとうな職には就けそうにない。
「できることなら卒業したいけれど……それが無理でも、なるべく長い間、学院には通いたいわね……」
アナスタシアはセレスティア聖王国から、シャノン魔術王国に留学している。
前回の人生では、ここで過ごした一年半が最も穏やかな時期だった。事あるごとに突っかかってくる妹も、妹と比べてけなしてくる連中もいない魔術学院は、安らぎの場所だったのだ。
一年半しか通うことができなかったが、本当はずっと魔術学院で過ごしたかった。
「……いっそ、勇者が現れないような状態を作ることができれば、ずっと通うことができるのかしら」
前回、勇者が現れたのは、魔物を大量にけしかけてきた魔王に対抗するため、聖剣が選んだのだろうと言われていた。
もともと各地に存在するダンジョンからは魔物が発生していて、人間はそれを倒して素材を得るなど、それなりにうまく回っていた。
だが、どんどん大量に魔物が発生するようになっていき、倒すのが追いつかなくなっていったのだ。
アナスタシアも勇者のパーティーの一員として各地を巡ったが、旅の後になればなるほど、魔物は強力になり、数も多くなっていった記憶がある。
魔物の大量発生を食い止めることができれば、勇者が現れずにすむかもしれない。
「でも……魔王がどうしてそんなことをしたのか、結局わからなかったのよね……」
魔王を倒すことは成功したのだが、結局その動機は不明のままだった。
戦ったときも、人間を支配下に置いてやろうとか滅ぼしてやろうといった、積極的な意志は窺えなかった。
アナスタシアが魔王から受けた印象は虚無、あるいは自暴自棄といったものだ。
勇者たちを迎え撃ってやろうという意欲はなく、むしろ殺されることを望んでいるようですらあった。
「いっそ、彼が現れる前に魔王を倒してしまうというのも手かもしれないわね……」
できれば平和的な解決が望ましいが、いざとなったら勇者よりも先に魔王を倒してしまえば、勇者など必要ないはずだ。
しかし、今のアナスタシアにそのような力はない。
以前、魔王を倒したときも禁呪を連発してやっとだったのだ。
ただ、当時は旅の途中で魔族たちの知識を獲得し、その代償として呪いをいくつも受けていた。今は知識が残ったまま、呪いは残っていない。
このまま鍛えていけば、当時よりもずっと強くなれるだろう。
できることなら、魔王を殺したくはない。
魔王の態度から、殺せば解決という単純なものではないように思えるのだ。
以前も、本当にこれでよかったのだろうかと、漠然とした不安がアナスタシアから消えることはなかった。
魔族というのは、自分より弱い者の言うことはきかない。だが、逆に言えば強者には従う。
魔王を殺すことなく、ただ叩きのめすことができれば、もしかしたら平和的な解決ができるかもしれない。
殺さずに倒すほうが難しいだろうが、そこは鍛えていくしかない。
「彼が現れるのが、二年生の後期……となると、原因を調べつつ鍛えておいて、二年の前期休みになったら魔王を倒すことにしましょう」
勇者が現れる直前に、長期休暇がある。学生生活に支障を出さず、目的を果たすにはちょうどよい。
ただ、魔王を倒すのが最終目標ではあるが、アナスタシアにはどうしても気になることがある。
「……研究員による魔術実験の失敗後から、目に見えて魔物が多く発生するようになったのよね」
前回の人生で、勇者シンに付き従えという命令が出た直後、勇者シン自身が魔術学院を訪れた。
ちょうどそのタイミングで、魔物を研究していた研究員の魔術実験が失敗して、自身が魔物と化してしまったのだ。
魔物となってしまった研究員は勇者シンに討ち取られ、被害は小さく抑えられた。
当時は、学院で稀にある事故のひとつであり、勇者が現れるほど魔物が活性化してきた影響かもしれない、といった程度で終わった事件だ。
「普通に考えれば、魔物が多く発生するようになったから、魔術実験が失敗したということかもしれないけれど……でも、確かその研究員の名前は……フォスター研究員だったはず」
前回の人生の死に際で、勇者シンが『次はフォスターくんを仲間にする』と言っていたのだ。
この言葉が、どうしても引っかかる。
そのときは色々な感情が交錯して、勇者シンの言葉の内容をじっくり考える余裕はなかった。
だが、今になって考えてみれば、フォスター研究員は死んだはずだ。勇者シンが止めを刺し、灰となって崩れていくのをアナスタシアも見た。
それが、まさか生きていたとでもいうのだろうか。
あるいは、アナスタシアがこうして過去に戻ったことと、何か関連があるのかもしれない。
アナスタシアが過去に戻った理由もわからなければ、過去に戻ったのがアナスタシアだけとも限らないのだ。もしかしたら、勇者シンだって同じように戻っている可能性もある。
「……考えても、答えが出るような内容じゃないわね」
深く考えても恐ろしくなるばかりで、答えが出ることはないので、アナスタシアは思考を打ち切った。
「それよりも、これからどうするかをまとめましょう」
アナスタシアは、これまで走り書きしていたノートを眺める。
そして、これからの目標を書き留めておくことにした。
『二年の前期休みまでに、魔王を倒せるだけの力を身につける』
まずは第一目標だ。
二年の前期休みに速やかに魔王を倒せるよう、これから約一年半の間に鍛えておく。
『魔物の大量発生の原因を探す』
『フォスター研究員と接触し、何か関連があるか調べる』
次に、その間にやっておくことだ。
単純に魔王を倒せば解決とは言い切れない以上、できる限り調べておくべきだろう。
もしかしたら、これらを解決することによって、魔王との戦いも必要なくなるかもしれない。
全ては、勇者との出会いを回避するためだ。
仮に勇者が現れたとしても、二度と彼のパーティーに加わるつもりはない。
もう国の言いなりにも、勇者の言いなりにもなりたくはない。
これからは自分の好きなように生きるのだ。
最後に、一番大切なことを書くことにする。
『誰かの言いなりにならず、自分の好きなようにする!』