27.逃走不可
「お前が……お前が、父さんと母さんを……!」
激昂したブラントが攻撃魔術を放つ。
無数の光の刃が魔族を取り囲み、一斉に刺し貫こうと集約する。一瞬で編み上げたとは思えないほどの量と勢いだ。
だが、光の刃は魔族に届く前に霧散してしまう。
「悪くはありませんが、まだまだですねえ。障壁を破るほどの威力ではありませんよ。せっかく、あの時生かしておいたのですから、もう少し頑張ってほしいものですねえ」
余裕を見せながら、魔族が嘲るような笑みを浮かべる。
「何故、父さんと母さんを殺した!」
今度は、炎の渦が蛇のように魔族の周囲に巻き付いた。魔族を守る障壁を、ぎりぎりと締め上げていく。
魔族を守る障壁に罅が入るのをアナスタシアは見たが、魔族が手を払うと、炎の渦が一瞬にして小さくなり、燃え尽きてしまう。
「今のはなかなか良かったですよ。でも、連続して二撃目があれば、もっと良かったですねえ。……ああ、殺した理由でしたか。いえねえ、本当はあなたの命を頂こうと思ったのですよ。でも、予定が狂いましてねえ」
「俺を……?」
「あなたの母君が死んでしまったせいで、計画変更ですよ。あなたが育つまで、待たねばならなくなってしまいました。ああ……父君のほうは、別にどうでもよかったのですが、まあ、ついでですねえ。……まったく、二人ともあっさり死んでしまって、困ったものですよ」
「貴様……!」
歯を食いしばり、魔族を睨みつけながら、ブラントは攻撃魔術を編み上げようとする。
だが、次の瞬間、生み出されようとしていた光が弾けて消え、ブラントはガクリと体をよろめかせて膝をついた。
急激に大量の魔力を失ったことによる、魔力切れだ。
怒りで頭に血が上ったブラントは、周囲の魔素を集めることもなく、己の魔力のみで強力な魔術を連続して使った。先ほどの竜との戦いでも、一撃で仕留めるほどの魔術を放っていたこともあり、膨大な魔力量といえども底をついたのだろう。
「おやおや、魔力切れですか。どうやら魔力配分もいまいちのようですねえ。経験不足ですかねえ。まあ、覚醒前の小僧など、この程度ということでしょうか……それに、所詮は半分の混じり物……」
退屈そうにブラントを見下ろし、魔族はため息をつく。
魔族は、まだかけらもダメージを受けていないのだ。
「このまま倒れられては、つまらないですねえ。……そうだ、良いことを思いつきましたよ。こちらの姫君に、あなたが絶望を得るためのお手伝いをしてもらうことにしましょう。そうすれば、覚醒するかもしれませんしねえ」
魔族が、アナスタシアに向き直る。
それと同時に、魔術阻害の檻がアナスタシアを取り囲む。
しまったと思い、アナスタシアは逃げようとするが、すでに遅かった。魔術阻害の檻はアナスタシアに取り付いてしまい、動いてもついてくる。
この内部にいる限り、魔術を発動することができなくなってしまうのだ。
魔術阻害よりも大きな魔力を叩き付けて壊すことは可能なのだが、この魔族の魔力は相当高い。そう簡単には壊せないだろう。
今までの様子を見ていても、この魔族はかなり高位に当たるはずだ。
アナスタシアの前回の人生でも、このクラスの魔族はほんのわずかしか会ったことがなかった。中級ダンジョンで出てくるような相手ではない。
どこか軽く見ていた自分の甘さを、アナスタシアは痛感する。
「こちらの姫君も、どうやらかなりの使い手のようですからねえ。念のために、魔術を封じさせてもらいましたよ。さて、どうしましょうかねえ。まずは無難に、顔でも切り裂いてみましょうかねえ」
残忍な笑みを浮かべ、魔族がアナスタシアを見る。
背筋が凍るような視線だったが、アナスタシアは何も言わずに、じっと相手の隙を伺う。
「ほう……なかなか気丈な方ですねえ。もしかして、王子さまの特別な方でしょうか? それでしたら、それなりのおもてなしが必要ですねえ」
「や……やめろ……」
「おやおや、血相を変えて……当たりのようですねえ。成熟していない女性は好みではないのですが……まあ、我慢するとしましょう。せいぜい、良い声で囀ってくださいねえ」
魔族はアナスタシアの全身を舐め回すように眺め、口元を歪めた。
そして一歩一歩、ゆっくりとアナスタシアに近づいてくる。
よりアナスタシアの恐怖を煽り、かつブラントに絶望を深く刻むためだろう。
魔術阻害の檻の内部であっても、魔術以外のものは普通に使える。
殴ったり蹴ったりといった攻撃は可能だが、魔族というのは肉体も丈夫にできているものだ。そしてアナスタシアは、肉体的にはごく普通の十四歳の少女でしかない。
魔術抜きで戦って、アナスタシアに勝ち目などないと、魔族もわかりきっているのだろう。
余裕のある態度で、魔族はアナスタシアのすぐ前までやってきた。
「さて、では始めましょうか。難しいことはありませんよ。姫君は、ただ泣き叫んでいればよいだけ……っ!?」
口上を述べ始めた魔族だったが、言葉を途切れさせる。
魔族の背中に向け、ブラントが魔術を放ったのだ。しかし、無防備だった背中はあっさり魔術の的となったものの、衝撃を受けた程度でダメージはない。
「……まだ、余力がありましたか。でも、この程度……」
余裕を崩さずに、魔族はブラントを振り返る。
だが、ブラントの本命は魔族への攻撃ではなかった。陽動として放たれた魔術の影で、密かに編み上げられていたのは、別のものだ。
アナスタシアを取り囲んでいた魔術阻害の檻が、崩れ落ちる。
「なっ……」
驚愕する魔族を眺めて目を細めると、ブラントは咳き込み、血を吐いた。床に鮮血が飛び散る。
魔力切れの状態で無理に魔術を使ったため、肉体に多大な負荷がかかったのだ。それも、魔術阻害を解除するなど、少ない魔力でできることではない。
全身を苦痛が苛み、意識を保つのも難しいだろう。魔力回路も傷ついているはずだ。
だが、ブラントはアナスタシアをしっかりと見据え、『逃げろ』と視線で訴える。
この一瞬の隙があれば、【転移】を発動させることなど、アナスタシアにとってはたやすいことだ。
ブラントもそれを知っているからだろう。その目は己の死を覚悟していたが、最期に大切なものを守れるという、安らぎも浮かんでいた。
「……いきます」
ブラントが命を賭けて作ってくれたこの瞬間を、無駄にするわけにはいかない。
決意を込め、アナスタシアは術式を展開して、足を踏み出す。
――術式を乗せた拳が、魔族の顔面にめり込んだ。






