22.可愛いお嬢さん
「なんだ、お前の女かよ。そりゃあ上玉で当然だな」
「……じろじろ見るな、汚れる」
トニーと呼ばれた男は、値踏みするようにアナスタシアを見回してくる。
それをブラントが防ごうと、アナスタシアを背中に覆い隠して、嫌そうに吐き捨てた。
睨み合う二人の後ろで、アナスタシアは状況についていけずに立ち尽くす。
「ブラント先輩……?」
「先輩? え、お前、後輩連れてきたの? へえー」
おそるおそる声をかけてみると、トニーが嬉しそうに反応した。
「……だから?」
「いやいや、前にパーティー崩壊したのってお前のせいだろ。ミーナとジーナのことは俺が狙ってたっていうのによぉ」
「俺は何もしていない。彼女たちが勝手に騒いでいただけだろう」
「けっ……これだから色男サマはよぉ……。あんな美女を二人とも袖にした奴が、自分から女を連れてきたんだ。そりゃあ気になるってもんだろうよ」
苛立ったブラントと、ニヤニヤした様子のトニーの会話が続く。
アナスタシアは詳しい内容がよくわからなかったが、ブラントが臨時でパーティーを組んだという相手がトニーなのだろうことは想像がついた。
ちらりとブラントの背中越しに様子を窺ってみると、トニーは中肉中背のこれといった特徴の窺えない男だった。無精ひげのせいで少し老けているようにも見えるが、二十代前半程度だろうか。
「……用がないなら、もう行く。お前に構っているほど暇じゃないんだ」
「つれないこと言うなよ。これからダンジョンか? どこに行くんだ? まさか、『吸血の塔』か?」
これまでのふざけているような態度を引っ込め、トニーは真面目な顔になって尋ねてきた。
「……そうだよ、『吸血の塔』に行く。さっき聞いた話では特に変化はないらしいけれど、何かあるのか?」
ブラントも苛立った口調が、訝しげなものに変わる。
「いや……前に行ったとき、五階までしか行けなかっただろう? ミーナとジーナのことがあったにせよ、それにしたって到達階数が低い。俺はあの後も何回か行ってるんだが、あの時が一番きつかった。あの時より力量が落ちるパーティーでも、七階くらいまでは行ってる」
「あの時は難易度が高くなっていたと?」
「そう。周りの連中にも聞いてみたら、やっぱりその一週間くらいがやたら難易度が高かったって言ってたんだ。しかも、あの半年前にも似たようなことがあったらしい」
「半年ごとに約一週間だけ、難易度が高くなるとでもいうのか?」
「そう思ったんだが……昔から塔に行ってる奴に聞いてみたら、そんなのは知らんと言われてな……ここ最近の新しい傾向なのかもしれん。で、前に難易度が高くなったときから、そろそろ半年経つだろ」
二人の会話を聞きながら、アナスタシアも考え込む。
一定周期ごとに内部構造が変化するダンジョンは存在する。それと似たようなもので、難易度が変わるダンジョンがあっても不思議ではないだろう。
前回の人生では、難易度の変化を感じたダンジョンはなかった。だが、ひとつのダンジョンを長期間に渡って攻略したことはなかったので、たまたま引っかからなかっただけなのかもしれない。
「その期間中は珍しい素材が採れたっていう話もあるけど……塔に行くなら、強いパーティーに入れてもらったほうがいいと思うぞ」
「いや、今回は臨時のパーティーを組む気はない。二人で行く」
「はあ? そのお嬢さんと? 何級?」
「六級」
淡々とブラントが答えると、トニーは目を見開く。
休日に初級ダンジョンを探索する程度ではなかなか実績がたまらず、アナスタシアはまだ六級のままだった。
ただ、もう少しで五級の昇級試験資格を得られそうなので、この休暇中には昇級できるかもしれない。
「ああ!? 六級!? お前、正気かよ! そもそも、塔に入れねえだろ!」
「俺があの後、四級になっている。四級がいれば問題ないだろう」
「いや、そりゃあそうかもしれないけどよ……それにしたって、六級ならまだ新人だろ。……お嬢さん、悪いことは言わねえ。こんな奴についていってもろくなことがねえぞ。それより、俺が初心者向けにもっと優しく教えてやるから、こっちに来いよ」
トニーはブラントの横から覗きながら、アナスタシアに猫なで声をかけ、手招きしてくる。
とても胡散臭い。
「いいえ、私はブラント先輩と一緒に行きますので」
アナスタシアがきっぱりと答えると、トニーはがっくりと肩を落とした。
「……どうして、どいつもこいつもブラントばかり……なんだよ、所詮は顔かよ……顔なのかよ……」
俯きながら、ぶつぶつと恨みがましく呟くトニー。
その姿を眺め、ブラントはため息を漏らした。
「難易度のこと、いちおう礼は言っておくよ。気をつけることにする」
「……礼なら、可愛い子を紹介してくれよ。お前ならいくらでも女が寄ってくるだろ。その中から、いらないのを適当に回してくれよ」
「嫌だよ。そんな失礼なこと言ってるからモテないんだろう?」
「ぐっ……じゃあ、いるのをくれよ! そっちのお嬢さんを置いていってくれよ!」
「大切な人を置いていく馬鹿がどこにいる。それに、彼女を物みたいに言うな。……もう行こう」
ブラントはもう構っていられないとばかりにアナスタシアの手を引き、ハンターギルドを出ていった。
二人とも無言のまま、しばらく歩いていく。
勢いに押されてそのままついてきたが、アナスタシアはふと、ブラントと手を繋いでいることに気づいて、戸惑ってしまう。
大切な人、という言葉も脳裏に蘇ってきて、頬が熱くなっていく。
仲間として大切なだけだと自分に言い聞かせて落ち着かせようとするが、顔の火照りは止まらない。
「ごめんね、アナスタシアさん。気を悪くしただろう」
そこに、申し訳なさそうなブラントの声が聞こえて、アナスタシアはどういう意味かとっさにわからず、困惑する。
「さっきの奴、トニーっていうんだけれど、好色なところがあってね……アナスタシアさんにも失礼なことを……」
「い、いえ……大丈夫です」
そういう意味かと、アナスタシアは慌てて答える。
謝るほど失礼なことを言われたとは、思っていない。
むしろ、逆だ。言い方に品がないところはあったかもしれないが、アナスタシアの容姿を褒めていた。
まさかそのような相手がいるとは考えもせず、最初は他人を口説いているのだと思って、アナスタシアに話しかけているのに気づかなかったくらいだ。
だが、好意を持ったかというと、それは別である。
「ただ……女の人だったら誰でもいいんだろうなっていう、無節操さは感じましたね。私にまで可愛いお嬢さんなんて言ってくるくらいですし……」
「え? アナスタシアさんは可愛いよ」
ため息まじりに呟いたアナスタシアだったが、不意打ちのようなブラントの言葉に、絶句してしまう。
どういうことだと、頭が真っ白になる。
しかし、アナスタシアはすぐに、これはお世辞だと閃いた。社交辞令というものだろう。
昔はお世辞すら言われたことはなかったが、今はレジーナからアドバイスを受けて外見がかなり改善している。そのため、お世辞にも可愛いといえなかったのが、お世辞くらいは言える程度になったのだろう。
また、若い女というだけで可愛いという考え方があるとも聞いたことがある。
そういうことだと、アナスタシアは心を落ち着かせようとする。
「最初に見たときから、綺麗な子だなって思っていたよ。どうも自分ではあまりそう思っていないみたいだけれど、アナスタシアさんは美人だよ」
さらに続くブラントの言葉で、アナスタシアは混乱する。
アナスタシアが初めてブラントと会ったときといえば、髪はボサボサで、背中も丸めていたみっともない姿のはずだ。
それでも綺麗というのは、どういうことだろう。
確かに顔立ちそのものは変わっていないはずだから、そこを見ていたのか。それとも少し特殊な好みの持ち主なのか。いや、もしかしたら本人の顔が良すぎて、感覚が違うのかもしれない。
もう頭がまともに働かず、アナスタシアは答えを出すことを諦め、目を伏せる。
頬と、繋いだ手が燃えるように熱かった。






