【書籍発売記念SS】変化しないもの
「変化するもの」と同時系列のブラントとホイルの話です。
成り行きでブランシア大公となり、身分を得ようとした原因であるアナスタシアと無事に結ばれたブラントは、平穏な日々を送っていた。
街ができた当初は揉め事も多く、ブラント自身が殴りに行って黙らせたことも多々あったが、今はおとなしいものだ。
そして今日は、久しぶりに王城にやってきたところだった。
「せんぱ……いや、ええと、ブランシア大公……閣下……? 本日は、遠路はるばる……はるばる……」
「無理しなくていいよ」
慣れない挨拶をしようとして詰まってしまったホイルに苦笑して、ブラントは彼の言葉を遮った。
「公式の場以外では、今までどおりで構わないよ」
「そっか! 助かる!」
ぱっと顔を輝かせて、ホイルはいつもの調子に戻る。
セレスティア聖王国の宮廷魔術師となったホイルだが、礼儀作法については相変わらず苦手らしい。
「ところで、俺に相談したいことがあるって聞いたけれど?」
ブラントがそう尋ねると、ホイルは気まずげな表情を浮かべた。
魔術学院の後輩であるホイルとは、時々個人的に連絡を取っている。先日、ブラントに相談したいことがあると彼から連絡があったのだ。
「実はさ、ちょっと困ったことがあって……。あ、でも、大したことじゃないんだぜ? ただ、ちょっと気になるっていうか……ええと、その……」
歯切れの悪いホイルの様子からして、ブラントは大体の想像がついた。
ブラントは苦笑しつつ、廊下で立ち話をしている現状を思い出し、ホイルを促して歩き出す。
「ここじゃ何だし、移動しようか。散歩がてら話そう」
「で、レジーナさんのことで何があったんだい?」
二人で庭園を歩きながら、ブラントは単刀直入に切り出した。
レジーナはホイルの恋人であり、ブラントの妻アナスタシアの親友でもある。学院を卒業して一人前になったら結婚すると聞いていたが、今のところその兆しはない。
「うっ……」
尋ねられたホイルは、わかりやすく動揺を見せた。
「……先輩には敵わねぇなぁ」
頭を掻きつつ、ホイルは溜息をつく。
「先輩はもう結婚してるわけだけど、どうやって結婚したんだ? いや、その、結婚を決めたタイミングっていうか、きっかけっていうか……」
「うーん……何となく、最初から結婚するものだと思っていたんだよね。それが当たり前っていうか……そのままなし崩し的に進んだような気もするなあ」
「そ、そうだよな! そんな感じだよな! 別に何かしなくても自然と結婚……」
「でも、プロポーズはしたよ」
ブラントの言葉を聞いた瞬間、ホイルの表情が固まった。
しばらく無言の時間が流れた後、彼はぎこちない動きで口を開く。
「……どんな風に?」
「国王陛下から出された結婚の条件を満たしたとき、花が咲き乱れる湖のほとりで、俺と結婚してくださいって普通に」
ブラントの答えを聞き、ホイルは再び頭を抱えてしまった。
「……普通に?」
「うん、普通に」
ブラントの返事を聞くなり、ホイルはその場に崩れ落ちるようにしゃがみ込む。
「俺、どうしたらいいと思う!?」
ややあってホイルは顔を上げ、すがるような目でブラントを見上げた。
「どうって言われてもね……普通に、結婚してくださいって言えばいいんじゃないの? レジーナさんだって喜ぶだろうし」
「それができたら相談なんてしてねえんだよ!」
ホイルは勢いよく立ち上がり、ブラントに向かって叫ぶ。
「えぇ……?」
「だ、だって、恥ずかしいだろ!」
呆れたようなブラントから視線をそらし、ホイルは頬を赤く染める。
「俺は確かに先輩みたいに強くないし、頼りないかもしれないけどさ……。でも、やっぱり男としては、ちゃんとした形で求婚したいっていうかさ……」
「なるほど」
ブラントは納得した様子で何度か頷いた。
おそらく、ホイルは自分に自信がないのだ。だから、自分から求婚することができずにいるのだろう。
「気持ちはわかるけれど、それならなおさら早い方がいいんじゃないのかな?」
ブラントはホイルの隣に立ち、励ますように声をかける。
「俺が言うのも変な話だけれど、あまり待たせすぎるのもよくないだろう? このままだと、レジーナさんは他の男のところにいってしまうかもしれないよ」
ブラントの言葉を聞いたホイルは、はっとして表情を変えた。
「それは困る!!」
大声で叫び、ホイルは真剣な表情でブラントを見る。
「わかった。俺、ちゃんと言う……け、けけ……けっこん……」
「落ち着いて、深呼吸しようか」
緊張のせいか青ざめたホイルを見て、ブラントは苦笑した。
「大丈夫かい?」
「ああ、何とか……」
大きく息を吐いて、ホイルは答える。そのまましばらく深呼吸を繰り返したおかげで、少し落ち着いたようだ。
「少し練習してみるかい?」
「そう、だな。せっかくだし、お願いします」
ブラントの提案を受けて、ホイルは気合いを入れ直す。
「じゃあいくよ? 『俺と結婚してください』……はい、続けて」
「お、おれとけっこんしてください」
「声が小さい」
「おれとけっこんしてください」
「もっと大きく」
「おれとけっこんしてください!」
ブラントの指導のもと、ホイルは同じ言葉を繰り返し続けた。
最初はぎこちなかった彼だが、次第に慣れてきたのか、徐々に滑らかに言えるようになる。
「よし、その調子」
ブラントが励ましの言葉をかけると、ホイルは力強く拳を握った。
「ありがとう、先輩! 俺、頑張るぜ!」
そう言って、ホイルは走り去っていった。
ブラントはその背中を見送りながら、小さく笑う。うまくいくことを願いながら、ブラントは歩き出した。
このとき、たまたま庭園にいた目撃者によって、新人宮廷魔術師ホイルがブランシア大公ブラントに熱烈求婚していたという噂が広まることになるのだが、二人ともまだ知る由はなかった。
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