【書籍化記念SS】変化するもの
本編完結後のアナスタシアとレジーナの話です。
アナスタシアが魔術学院を卒業してから、数か月が過ぎた。
大公妃としてブランシア大公領で暮らしているアナスタシアだが、【転移】を使えばいつでもセレスティア王城に行くことができる。
今日も、ふと思い立って王城にやって来たのだ。
「研究室に行ってみようかしら」
かつて『セレスティアの魔術姫』の称号を授かったとき、一緒に研究室も与えられていた。
アナスタシア自身は時々顔を出して指示を出す程度で、研究そのものは他の魔術師に任せてある。
「まあ! ス……いえ、大公妃殿下、ご機嫌麗しゅうございますわ」
廊下で出会った宮廷魔術師にそう挨拶され、アナスタシアは苦笑した。
声をかけてきたのは、魔術学院の同級生にして親友のレジーナだった。彼女は卒業後、セレスティア聖王国の宮廷魔術師として働いている。
「レナ……そんな他人行儀な呼び方しなくていいのに」
「公私の区別はきちんとつけませんと。今は勤務中ですもの」
そう言って微笑むレジーナだったが、アナスタシアは一抹の寂しさを覚えていた。
学生時代は身分の垣根もなく、もっと砕けた態度で接していた仲だ。しかし今は大公妃と宮廷魔術師という立場の違いがあり、お互いの立場に相応しい振る舞いをしなくてはならない。
二人の関係が変わったわけではないのだが、なんとなく距離を感じてしまう。
「……それなら、休憩時間になったらお茶でも飲みながらお話ししましょうか?」
「ええ、ぜひ!」
嬉しそうな笑顔を見せるレジーナを見て、アナスタシアはほっとした気持ちになる。
やはりレジーナは、自分の知っている彼女のままだ。たとえ立場や環境が変わっても、変わらないものがあるというのは嬉しいことだった。
「それで、最近ホイルとはどうなのかしら? うまくいっている?」
宮殿の一室でお茶を飲みながらアナスタシアが尋ねると、レジーナの顔が赤くなった。
「そ、それは……まあ……その……でも、まだ仕事に慣れていないから、なかなか二人きりの時間が取れなくて……」
恥ずかしげに顔を伏せるレジーナ。
彼女は、学生時代から同級生のホイルと交際している。よく喧嘩をしていたものだが、いつの間にか惹かれ合っていたらしい。
しかし、卒業して一人前になってからだというレジーナの家族の意向もあり、まだ婚約にも至っていなかった。
二人そろってセレスティア聖王国の宮廷魔術師となっているので、そろそろ何か進展が欲しいところである。
「……まだ清く正しい交際を続けているの? ホイルも意気地なしなのね。レナだって、私にはブラントとどこまで進んだのかって聞いてきたじゃない」
「そっ、それとこれとは別問題ですわ!」
今度は焦ったように否定するレジーナを見て、アナスタシアはくすりと笑った。
「あら、自分から積極的にいけと言ったのはレナよ。あのときの勢いはどこにいったのかしら?」
「うぅ……」
レジーナは真っ赤になって黙り込んでしまった。
恋愛話となると妙に積極的に迫ってくる彼女なのだが、いざ自分が当事者になると途端にしおらしくなる。
「とにかく! 今はわたくしのことは置いておいて、ステイシィのお話を聞かせてくださいませ!」
「そうは言っても……正式に結婚した夫婦なのだし、順調よ。ブラントとは毎晩、同じ寝室で眠っているわ」
アナスタシアは照れることなく、さらっと答える。
「……ずるいですわ」
ぼそりと呟いたレジーナの言葉を聞き逃さず、アナスタシアは首を傾げた。
「何のことかしら?」
「そういうことを平然と報告できるところがですわ! 少しくらい動揺してくれてもよろしいではありませんの!?」
レジーナは頬を膨らませる。
アナスタシアは困ってしまった。別に隠すようなことでもないと思っているからだ。夫婦が仲睦まじくしているというだけのことである。
「あの頃は、あんなに純情だったあなたが……。どうしてこんな風になってしまったんですの……?」
嘆くように呟くレジーナに対し、アナスタシアは苦笑した。
「人聞きの悪いこと言わないでちょうだい。私は今でも純粋無垢な乙女のままよ」
「どの口が言いますの……」
呆れた表情を浮かべたレジーナは、深いため息をつく。
「私のことなんてどうでもいいのよ。それよりも、レナのほうが問題だわ。このままじゃ、いつまで経っても結婚できないかもしれないわよ」
「け、結婚はちゃんと考えていますわ! ただ……今はちょっと時期尚早と言いますか……」
急にしどろもどろになり始めたレジーナを見て、アナスタシアは目を細めた。
「まさかと思うけど、まだプロポーズされていないなんていうことは……」
「……」
沈黙は肯定と受け取ったアナスタシアは、盛大なため息をついた。
「もう、信じられない! あれだけの時間を一緒に過ごしておきながら、まだそんな段階なわけ!?」
アナスタシアは憤慨した。
レジーナとホイルは、学生のときから付き合いがある。すでに二年以上の交際期間があったはずだ。
それなのに未だにプロポーズされていなかったとは、予想外であった。
「……学生時代からの付き合いだから、かえって踏み切れないのかしら。何かきっかけがあればいいのだけど……」
アナスタシアは考え込む。
やはりレジーナとしては、ホイルからプロポーズしてほしいだろう。しかし、ホイルは直情的で突発的な行動をするにも関わらず、肝心なところでは慎重になる。
二人が結ばれるためには、なんらかの後押しが必要かもしれない。
「そうよ、もうホイルのことなんて捨ててしまえばいいのよ。レナは美人だし、優しいもの。きっとすぐに新しい相手が現れるわ」
「ちょっ……」
とんでもないことを言い出した親友に、さすがのレジーナも慌てる。
「そ、そんなの嫌に決まっていますわ!」
レジーナが必死に抗議すると、アナスタシアはにっこりと微笑んだ。
「なら、もっと積極的に攻めるべきだと思うわよ。ホイルから何か言ってくるのを待つのではなく、こちらからも行動しないと」
「……具体的にはどうすればいいと思いますか?」
真剣な顔で尋ねてきたレジーナに対して、アナスタシアは胸を張る。
「はい、これ。媚薬と避妊薬よ」
「……」
満面の笑みで差し出された小瓶を見て、レジーナは無言になった。
「効果は保証するわ。なんだったら、これから試しに使ってあげましょうか? そうね……いっそ、ホイルなんかじゃなくて、私がレナを……」
「結構ですわ!!」
冗談めかしたアナスタシアの言葉を遮るように、レジーナは顔を真っ赤にして叫んだ。そして、引ったくるようにして小瓶を奪い、わなわなと震える。
アナスタシアはくすくすと笑いながら立ち上がった。
「まあまあ、怒らないでちょうだい。とにかく、頑張ってね。応援しているわ」
「うぅ……」
ひらひらと手を振りながら、アナスタシアは部屋を出ていく。
一人残されたレジーナは、しっかりと小瓶を握り締めたまま、しばらく動くことができなかった。
2023/2/2にアイリスNEO様より、書籍版タイトル『死に戻り魔術姫は新しい恋に生きる 引き継ぎチート魔術で勇者より先に魔王を倒すことにしました』として、発売予定です。
ご予約開始しておりますので、よろしければお手元に迎えていただければ嬉しいです。






