甘味好き
アナスタシアが魔術学院三年生の前期休暇の話です。
魔術学院の卒業を半年後に控えたアナスタシアは、ブラントと一緒にラッセルの町に来ていた。
ラッセルの町はかつて二人が、初めて休暇を共に過ごした町だ。
ブラントの両親の仇である魔族ヨザルードと出会ったのも、この近場のダンジョンだった。吸血の塔と呼ばれていたそのダンジョンは、今はもうなくなっている。
様々な思い出がある町だが、何よりアナスタシアにとって印象深いのは、ブラントに告白されたことだ。
今はアナスタシアの最後の前期休暇ということで、二人は思い出の場所であるラッセルの町を訪れたのだった。
「よお、久しぶりだな! 元気だったか……っていうか、続いていたんだな!」
そこに、なれなれしく声をかけてくる男がいた。
無精ひげを生やした中肉中背のこれといった特徴のない男だったが、アナスタシアは彼をどこかで見たような気がする。
「トニー……どうしてお前が現れるんだ……」
ブラントが疲れ切った呟きを漏らす。
その言葉で、アナスタシアは目の前の男のことを思い出した。
彼はかつてブラントと臨時のパーティーを組んだことがあるという、トニーだ。以前、アナスタシアを口説こうとしたことがあり、女好きだということだけが記憶に残っている。
あれからもう二年も経っているのだと、アナスタシアは感慨深くなってくる。
「あのときのお嬢さんだよな、お前の後輩の。何? 結婚したの?」
トニーはニヤニヤとしながら、からかうように尋ねてくる。
「……結婚はあと半年ほど後。彼女が卒業してから」
「え? マジで結婚すんの?」
律義にブラントが答えると、トニーは目を見開いて二人を眺める。
「ええ……男子生徒との噂があるって聞いたとき、あーやっぱりって思ったのに……あ、まさか偽装結婚?」
「ふざけるな」
イライラした様子で、ブラントはトニーを睨む。
しかし、アナスタシアは未だにその話が残っているのかと苦笑していた。
かつて周囲の目をそらすために、ブラントとホイルとの噂があったのだ。ブラントがアナスタシアと交際しているのを明らかにした後も、何故か噂は根深く残っている。
「さっさと失せろ。できればダンジョンから二度と帰ってくるな」
「はいはい、邪魔者は消えますよ。それに、多分もう会うこともないんじゃないかな。俺、この町を出ることにしたんだ」
「ふうん、それはよかった」
「そこは、これからどうするんだとか聞けよ。今はセレスティア聖王国のブランシアにできたっていう新ダンジョンが凄いらしいから、そこに行くことにしたんだ。大迷宮って呼ばれていて、まだ誰も踏破したことがないらしい。荒っぽい街らしいから、新婚さんは近づかないほうがいいぜ」
トニーの説明に、アナスタシアとブラントは顔を見合わせる。
その街のことなら、よく知っている。
ブランシアの領主はブラントだ。大迷宮も、アナスタシアとブラントのダンジョンコアを組み合わせて作った。
近づかないほうがいいも何も、その街はアナスタシアとブラントが作った街だ。しかも、半年後からはその地に住むことになる。
「……ブランシアはやめたほうがいいんじゃないか。ええと……領主が嫌がると思う……」
「領主さまなんて、俺のような小物が一人増えようが認識すらしてないだろ。俺は善良なハンターなんだ。大迷宮でひと稼ぎしたいだけで、面倒ごと起こしに行くわけじゃねえよ」
ブランシア領主本人であるブラントの言葉を、トニーはあっさり切り捨てる。
まさか目の前にいるのが領主本人だとは、想像もしていないだろう。
「まあ、お前が俺を心配する気持ちは受け取った。大迷宮も危険な場所なんだし、十分に気を付けることにする」
「いや、そうじゃなく……」
「ああ、そうだ。お前、甘味好きだったよな。並木通りに新しくできた店の氷菓子が美味いぞ。お嬢さんと二人で行ってみろよ。じゃあな!」
言いたいことだけを言うと、トニーは颯爽と去っていった。
あえて呼び止めてまで何か言うことはないと思ったのだろう。ブラントはトニーの後ろ姿を見送りながら、長いため息を吐き出した。
以前にもアナスタシアは思ったことだが、ブラントはトニーのことを好ましく思っていないようだ。気が合わないのだろう。
「……並木通りに行ってみようか」
だが、ブラントは言われた甘味の店には行くようだった。
「これ、ふわっふわで冷たくて美味しい……! 果汁を凍らせて削ったのかしら」
「そうだね、果物を凍らせたものは食べたことがあるけれど、これは珍しいな」
結局、二人は並木通りの店で氷菓子を食べることになった。
冷たい器に入って出てきたのは、甘く淡い花のような色合いをした、綿のようなものだった。小さな緑色の葉が飾られ、アクセントになっている。
一口含んでみれば、まず冷たさが広がっていく。そして、口の中で羽がふんわりと舞うような感触と共に、甘さを残して溶けていった。
物を凍らせる魔術はさほど難しくないため、氷菓子はやや珍しいながらも、大きな町であれば出している店の一つや二つはある。
王女として認められてからのアナスタシアは、宮殿で食べたこともあった。
だが、今のようなふわふわの食感は初めてだ。
アナスタシアもトニーにはあまり良い印象がないのだが、これは良い店を教えてくれたものだと、素直に感謝できる。
「そういえば、さっきのトニー……? 彼も、ブラントが甘味好きだって知っているのね」
「ん? 別に隠しているわけじゃないからね」
アナスタシアの疑問に対し、ブラントは何でもないことのように答える。
実は、ブラントは甘味好きだ。そういった店にも詳しい。アナスタシアはそのことを知っていたが、そう思っていない者たちもいるのだ。
「でも、ブラントのファンクラブ情報によると、あなたは甘いものは嫌いらしいわよ」
「ええ……そんなファンクラブ……本人が目の前にいるのに」
ブラントは苦い笑みを浮かべる。
つられて、アナスタシアも同じような表情になってしまう。
学院内でブラントのファンクラブがあることは、アナスタシアも以前から知っていた。詳しくは知らなかったのだが、レジーナがファンクラブで共有されているブラントの情報を教えてくれたのだ。
何故レジーナがそのようなことを知っていたのかは、わからない。尋ねても、微笑まれるだけだった。
「隠しているわけでもないのに、どうしてそうなったのかしら」
「ああ……多分、俺が差し入れの菓子を断っていたせいだと思う。うっかり受け取ったら、惚れ薬入りだったことがあってね。それからは、全部断っている」
頭が痛くなるような答えが返ってきた。
以前、ブラントは何回も惚れ薬を盛られたことがあると言っていたが、そのひとつらしい。
差し入れといえば菓子が定番なので、それを断っているうちに甘いものが嫌いだと言われるようになったのだろう。
「……大変だったのね」
「何だか俺は結構、周囲に振り回されているような気がする。さっきのトニーもそうだし、おじいさまも……」
「ブラントとアナスタシアではないか」
独白するブラントを遮るように、重々しい声が響いた。
アナスタシアもブラントも、ぎょっとしながら声の方向に振り向く。
「え? おじいさま? どうしてここに……?」
そこにいたのは、魔王エリシオンだった。
よく会っている相手ではあるが、ここはラッセルの町の甘味屋ではなかっただろうか。このような場所に現れるような存在ではない。
しかもエリシオンはわりと引きこもり気質だ。二十年近くふて寝ができるような性根の持ち主なのに、甘味を求めて人間の町に現れるとは考えにくい。
何故だろうと、アナスタシアはありえないものを見たような心持ちで、混乱する。
「あら、アナちゃんとお孫さまじゃない」
さらに聞こえてきた声で、アナスタシアは混乱が解けて納得した。
天人教団の巫女にして、正体は高位魔族であるララデリスがエリシオンと一緒にいたのだ。
ララデリスはいつもの巫女の格好ではなく、華やかなワンピース姿だった。黒い髪と黒い目もヴェールで隠すことなく、晒している。
きっとエリシオンはララデリスに連れられてきたのだろう。
だが、最初の混乱が解けたものの、続いて別の疑問が発生する。
ララデリスはエリシオンのことを慕っているが、エリシオンの側はララデリスを疎ましく思っていたはずだ。
その二人が一緒にいるなど、関係に進展があったのだろうか。
「え……? もしかして、二人でデートですか?」
「違う、調査だ」
しかし、おそるおそるといったブラントの問いは、エリシオンによって即座に否定された。
「この近くに、ヨザルードのダンジョンがあったであろう。今は消滅しておるが、何かが燻っているようだとララデリスに言われてな。よくわからぬから、確かめてほしいとのことで、儂がやってきたのだ」
「あいつの……? 何かがあったんですか?」
エリシオンの言葉に、ブラントが真剣な表情になる。
両親の仇である魔族の名を出され、気が引き締まったらしい。
だが、アナスタシアはブラントとは対照的に、気が抜けていた。ちらりとララデリスの顔を覗き見ると、嫣然とした微笑みを返される。
「いや、何も見つけることはできなかった。ダンジョンコアの欠片でも残っていて、ほんのわずかな間だけ、何らかの力を及ぼしたのかもしれぬ。今のところ、問題はないようだった」
「……それで、何故ここに?」
エリシオンが説明すると、ブラントは訝しげに元の問いに戻る。
「うむ、何やら近場の町に美味いものがあるというのでな。珍しい菓子があるというではないか」
「はあ……」
だんだんと、ブラントの表情から真剣さが抜け落ちていく。
ブラントもララデリスの様子をうかがい、アナスタシアのときと同じ反応を返されていた。
ぼんやりと、アナスタシアは以前エリシオンが買い食いをしてみたいと言い出し、屋台で売られているような菓子を気に入っていたことを思い出す。
「……じゃあ、俺たちはもう食べ終わったし、行くことにします。どうぞお二人でごゆっくり」
「なんだ、もう行くのか」
どことなくぐったりとしたブラントは、アナスタシアを促して席を立つ。
不思議そうなエリシオンに構うことなく、二人は店を去っていく。
その際、アナスタシアがこっそりララデリスに視線を送ると、ララデリスは目を細めて頷いていた。
「……おじいさまの扱い、うまいよね」
店を出てから、ブラントはぼそりと呟く。
アナスタシアも苦笑いを浮かべながら、同意した。
おそらく、何かが燻っているということ自体、ララデリスの作り話だろう。
もしかしたら本当に何かはあったかもしれないが、そうだとしても大したことではなさそうだ。
その話を口実にして誘い出し、ついでにということでこの店に来たのだろう。
人間社会に身をおいているララデリスは、人間の町についても詳しいらしい。
「あの二人、うまくいくでしょうか」
「うーん……俺はまあどっちでもいいんだけれど……あまり振り回さないでほしいな……」
ブラントを振り回しているエリシオンだが、それをさらに振り回す相手がいるということだ。
そして、甘味につられてしまうあたり、似た者同士の祖父と孫である。
アナスタシアは乾いた笑いを浮かべながら頷くと、二人は手を繋いで歩き出した。
新連載『断罪された悪役令嬢は、元凶の二人の娘として生まれ変わったので、両親の罪を暴く』を始めました。
下にリンクがありますので、もしよろしければご覧頂けますと幸いです。






