21.ラッセルの町
前期休みを迎え、レジーナとホイルはそれぞれ自分の家に戻っていった。
アナスタシアはブラントと共に、中級ダンジョンに向かう計画を立てる。
「ここから馬車で二日程度のところにある、『吸血の塔』に行こうと思うんだ。まずは近場の町ラッセルまで行って、そこにもハンターギルドがあるから、情報収集してからにしよう」
「……『吸血の塔』、ですか?」
ブラントの提案を聞き、アナスタシアは聞き覚えのない名前に首を傾げる。
前回の人生でラッセルの町に行ったことはあったが、近場のダンジョンで思い当たる場所はない。
「うん。多種多様な罠があって、出てくる魔物も強い。上級ダンジョンに分類されてもおかしくないんだけれど、何故か死人が滅多に出ないことで有名でね。致死性の罠が確認されていなくて、魔物も何故か止めを刺してこないんだ。だから、中級ダンジョンに分類されている。魅力的な素材もあるため、人気のダンジョンだよ」
「そんなダンジョンがあるのですね……名前からして、吸血鬼でもいるのでしょうか」
説明を聞いても、やはり心当たりはない。
もしかしたらそこも『半分死んでいるダンジョン』で、そのために行ったことがないのだろうか。
「いや、吸血鬼は聞いたことがないな。ただ、ヒルのような血を吸う魔物は多いよ。あと、罠も血を流すことになるものばかりなんだ。でも、死ぬまでいかないから、撤退しても怪我を治してまた再挑戦するハンターが多い。だから、下手したら上級ダンジョンより血を吸っている量が多いんじゃないかと言われているね」
あえて侵入者を殺さず、再利用するということか。
死人が多くなればハンターギルドによる難易度設定も高くなるだろうし、ダンジョンに行く人数も減る。
侵入者から何かを集めようとしている、ダンジョンの意思が窺えるようだ。
印象からは『半分死んでいるダンジョン』とは思えなかったが、何にせよ現時点では詳しく知る術はないと、アナスタシアはいったん思考を打ち切る。
「食料とか、ダンジョン内で必要なものの準備は俺に任せて。俺にはこれがあるから」
そう言って、ブラントはひとつの袋を取り出す。口が大きいだけの、ごく普通の茶色い布袋だ。大きさも、長めのパンを入れたらはみ出す程度で、あまり大きくない。
だが、アナスタシアには見覚えのあるものだった。
「……異次元袋?」
「よくわかったね。母の形見でね。かなり入るから、荷物の心配はいらないよ」
アナスタシアの疑問を、ブラントは肯定する。
異次元袋とは、神の遺産ともいわれている品で、見た目からは考えられないほどの容量を持つ。それでいて、重さが感じられない。
もし売れば、どれくらいの値段がつくかわからないほど、貴重な品だ。
前回の人生で、勇者シンも同じ物を持っていたため、アナスタシアは知っていた。
「これを持っているって知られると、狙われるからね。だから、一人のときしか使えないんだ」
「……言ってしまってよかったんですか?」
ブラントはあっさり明かしたが、不用心ではないだろうかと、アナスタシアは心配する。
「ん? だって、アナスタシアさんだし」
だが、ブラントは何が問題かわからないといったように、首を傾げる。
アナスタシアは虚を突かれ、言葉を失ってしまう。
こうもアナスタシアのことを信じてくれているブラントが眩しく、様々な葛藤を抱えている自分のことが、ひどくちっぽけに思えた。
「じゃあ、準備したら早速行こうか。前に行ったときは、五階までしか行けなかったんだけれど、アナスタシアさんと一緒ならもっと行けそうで、楽しみだな」
アナスタシアとブラントは、乗合馬車に乗ってラッセルの町を目指した。
乗合馬車には他の客もいたが、時折当たり障りのない世間話をする程度で、穏やかな雰囲気のまま揺られていく。
夜は野宿だったが、獣や盗賊のような脅威も現れず、無事にラッセルの町にたどり着いた。
「アナスタシアさん、お疲れさま。段差があるから気を付けて」
馬車から降りるとき、ブラントは先に降りてアナスタシアに手を差し出してくる。旅の最中も、ブラントは何かとさりげなく気遣ってくれていた。
これまでこういう扱いを受けたことのなかったアナスタシアは戸惑ったが、素直に手を取って馬車を降りた。
まずはハンターギルドに行ってみる。
魔術学院都市のハンターギルドはこぢんまりとしていたが、この町のハンターギルドはなかなか大きな建物だった。
中に入ると、壁に依頼が貼ってあるのは魔術学院都市と同じだったが、パーティーメンバーを募集する声が響いていたり、何かを交渉している姿が見られたりと、かなり騒がしく、活気がある。
「ここに来るのは半年ぶりだから、何か変わったことがあったか聞いてみるよ」
ブラントはそう言って、ギルド員に何かを聞きに行った。
アナスタシアは待つ間、壁に貼られた依頼内容を眺めてみる。
薬や魔術実験の材料になりそうな物の他、装飾品としての魔物の毛皮や牙といった物もちらほらあるようだ。
「そこの可愛いお嬢さん、もしかして初心者かな? 俺がいろいろ教えてあげるよ」
アナスタシアの近くで何かを言っている男がいたが、自分に話しかけているわけではないだろうと、アナスタシアは構わずに依頼内容を眺め続ける。
「おいおい、つれないなぁ。こっちを見て、可憐な声を聞かせてくれよ」
またも近くで何か言っている声が聞こえた。
どうやら、すぐ側で誰かを口説いているようだ。よそでやってほしいと、アナスタシアはうんざりする。
「なあ、焦らすのもいい加減にしろよ」
突然、ぐいと肩をつかまれて、アナスタシアはびくりとする。
振り返れば、先ほどまで誰かを口説いていた男が、苛立ったような目でアナスタシアを見ていた。
何が起こっているのかよくわからず、アナスタシアは唖然として立ち尽くす。
「アナスタシアさん、お待たせ……って、おい、その汚い手を離せ……!」
戻ってきたブラントが、アナスタシアの肩に置かれた手を引きはがし、乱暴に突き放す。
そして、かばうようにアナスタシアと男の間に割り込んだ。
いつも穏やかなブラントが声を荒げるのを見たのは初めてで、アナスタシアは驚きながらブラントの背中を見つめる。
「ちっ……なんだ、男連れかよ……ん? お前、ブラントか?」
舌打ちする男だったが、ブラントの顔を見ると、目を細めながら問いかけてくる。
「……トニー?」
ブラントも眉根を寄せながら呟く。
どうやら二人は顔見知りのようだった。






