199.残酷な勝者
アナスタシアは舞台袖に向かいながら、シンが語っていた内容をブラントに話す。
この世界がゲームで、シンが自分を主人公だと言っていたこと。
前回の世界は神龍が目覚めて滅んだこと。
アナスタシアを本当の恋人にしてやると言ってきたこと。
そして、今回はブラントを騙し、エリシオンと戦わせて、ブラントを魔王にしようとしていることも、全て語る。
「……狂っているね。ゲームや主人公がどうのっていうのはともかく、アナスタシアを本当の恋人にしてやるって、何を勘違いしているんだよ。殺してやりたいけれど、まだ無理なんだろうな……」
悔しそうにブラントは大きく息を吐く。
「あと、両親を殺したのがおじいさまのせいであることにして、俺をおじいさまと戦わせようって……今さら無理だろ。どうするつもりなんだろうね」
ブラントの呟きは、アナスタシアも不思議に思うことだった。
シンの目的は達成できないだろう。そうとわかったとき、彼がどう動こうとするかがわからない。
そうしているうちに、決勝戦が始まった。
だが、どちらが勝つかアナスタシアにはもうわかっている。
今のグローリアがシンに勝てるはずがない。
予想通り、シンはグローリアを軽くあしらっていた。
前回の人生では、グローリアはシンを聖剣に選ばれた勇者ということで尊敬していたはずだ。
しかし、今のグローリアがシンに向ける剣には、そのようなものはかけらもなく、怒りが滲み出ている。
前回と今回は違うのだから不思議ではないのだが、無表情でグローリアの剣を受け流すシンがどう考えているのかと思うと、アナスタシアは背筋が冷たくなっていくようだ。
「……きみは、もういいや」
ぼそりと呟くと、防戦一方だったシンが攻撃に転じる。
素早く剣を打ち込んでいき、グローリアは防ぎきれず、腕や足に攻撃をいくつも受けてしまう。
本気になれば一撃で終わらせることもできるのに、なぶっているのが明らかだ。
まさか、先ほどの腹いせをしているのだろうかとアナスタシアはぞっとする。
そして、シンはグローリアが剣を持つ右腕に向けて、剣を叩き付けた。
鈍い音が響き、グローリアの右腕があり得ない方向に曲がる。
「ぐっ……!」
グローリアが剣を落とし、その場に膝を突く。
苦痛に顔を歪め、奥歯を噛みしめて悲鳴をこらえながらも、グローリアはシンを見上げながら睨みつけた。
「生意気だね」
シンは持っている剣の先を、グローリアの額に軽く押し当てる。
刃は潰してあり、力も入れていないようで、一見ダメージはうかがえない。それなのにグローリアの体がぐらりと傾き、アナスタシアは嫌な予感がして術式を構築し始める。
すると、シンは無表情のまま、剣を大きく振り上げた。
「……っ!」
会場の人々が息をのむ中、無造作に振り下ろされた剣が、アナスタシアの作り上げた障壁によって阻まれる。
「もう決着はついているでしょう! 止めを刺す必要はないはずよ!」
アナスタシアが叫ぶと、シンはつまらなさそうに剣を下ろした。
「審判、勝者は?」
シンはアナスタシアを見ようともせず、審判に声をかける。
「あ……しょ……勝者、シン……!」
強張った声で審判が叫ぶと、観客席からまばらな拍手が響く。
どうやらまだ戸惑っている者が多いようだ。
アナスタシアが眺めてみると、貴賓席のメレディスとパメラも困惑しているようだった。
だが、ジェイミーは笑顔で拍手している。
「グローリアを早く……!」
障壁によって剣は届かなかったが、グローリアは倒れて意識を失っている。
会場係によってグローリアが運ばれていくのを、アナスタシアも追っていく。
その途中、観客席にレジーナとホイルの姿を見つけたような気もしたが、確かめる余裕はなかった。
治療室にグローリアが運ばれると、アナスタシアは状態を確かめる。
右腕は骨が一部粉砕されていて、通常の治癒魔術では再び剣を持てる状態に回復することは不可能だろう。
シンはわざと、グローリアの騎士としての命を奪ったのだ。
その後、命そのものも奪おうとしていたが、そちらはあっさり諦めていた。グローリアにとって最も大切なものは奪ったので、もうよいということかもしれない。
アナスタシアは唇を噛みしめる。
前回の人生では散々グローリアにいじめられたアナスタシアだが、ここまでの報復をしたいと思ったことはない。
グローリアもアナスタシアをいじめはしたが、魔術師としての力を奪おうとはしてこなかった。
それは一線を越える行為だろう。
ただ、アナスタシアならば時間をかければ治療は可能だ。
前回の人生では披露しなかった術なので、おそらくシンはアナスタシアにこの状態の治療が可能とは思っていないだろう。
「うっ……」
ところが、意識を失ったまま、グローリアが苦悶の声を上げる。
みるみる顔色も悪くなっていって、右腕の負傷とは別に何かが起こっているようだ。
シンがグローリアの額に剣先を当てたことを、アナスタシアは思い出す。
それが何らかの技だったのかもしれないが、アナスタシアにはわからない。ブラントに視線を向けても、彼もわからないと首を横に振るだけだ。
明らかにグローリアから生命力が失われていき、アナスタシアは慌てて治癒術を施す。
だが、原因がわからないために根本的な解決にはならず、現状維持がせいぜいだ。
原因を探りたいが、治癒術を止めてしまっては、グローリアが危うくなる。
ブラントに代わってもらって、その間に原因を探るべきだろうが、ブラントでは治癒術の繊細な力加減が難しいかもしれない。
それでもこのままでは、いずれ力尽きるだけだ。
シンの思い通りにさせないためにも、グローリアを回復させねばならない。
賭けになるが、やるしかないと決意したところで、治療室の扉が勢いよく開け放たれた。
白いヴェールを纏い、立派な二つの膨らみを持った姿がそこに現れる。
天人教団の巫女にして、上位魔族であるララデリスだ。
「アナちゃん、ありがとう。あとはアタシがやるわ」
治癒術に関しては魔王エリシオンすら凌ぐかもしれないというララデリスが、ずかずかと治療室の中に入ってきた。






