196.ゲーム
「ゲーム……? 主人公……?」
アナスタシアにはシンの言っていることの意味がわからず、呆然と呟く。
この世界はシンにとっては遊戯に過ぎず、彼の思惑で物事が動いているとでもいうのだろうか。
誇大妄想にしか思えないが、シンは迷い人であり、アナスタシアも時空を超えて戻ってきたのは事実だ。通常では考えられない出来事が起こっている。
まったくのでたらめというわけではないのかもしれない。
「……前回の人生で、各地のダンジョンコアを砕いて、魔物の大発生を招いたのも、あなたのいうゲームなの? 世界に混沌をもたらしたのが?」
最初は、知らずに犯した罪だと思っていた。
だが、シンの話を聞いていると、知っていてあえて行ったのではないかと思われる。
それならば、何故そのようなことをしたのか、不思議で仕方がない。
「うーん……やっぱりきちんとは理解できないか。でも、その質問には答えてあげるよ。このゲームは周回要素があって、前回の能力やスキルを一部引き継げるんだよね。一度獲得したスキルは他のキャラにも引き継げるから、一周目はバッドエンド覚悟でスキル集めするんだ」
シンが何を言っているか、アナスタシアにはわからない。
だが、ダンジョンコアの役割を知らずに砕いたわけではなく、わかっていながら世界に混沌をもたらしたということだけは、わかる。
それも、世界のことなど何も考えず、全て自分の都合だけで動いていることが伝わってきて、アナスタシアの背筋に冷たいものが伝う。
「全種類の魔術を扱えるキャラは、アナスタシアとフォスターくんだけなんだよね。だから、一周目でアナスタシアに呪い付きで禁呪獲得させて、二周目で最強キャラのフォスターくんに呪いなしの状態で引き継がせるんだよ」
さらにシンは続ける。
相変わらず意味はわからないが、それでもアナスタシアには思い当たることがあった。
図書室の隠し部屋を初めて訪れたときのことだ。
謎の声から【転移】を授かった後、その声はブラントが習得可能な魔術として、禁呪を並べてきたことがあった。
あのとき、指定すればブラントも禁呪を習得できただろう。
それらは、アナスタシアが前回の人生で呪いを受けながら習得したものだ。
つまり、シンはそれを見越して、アナスタシアに呪いを受けさせながら禁呪を習得させ、次の人生ではブラントに禁呪を安全に習得させようとしたということだろう。
前回の人生で死ぬ間際、自分は練習用の杖で、役割を終えた後は本番となる妹に引き継がれるのだと思ったことがある。
だが、本当の本番はブラントだったのだ。
そして、何にせよ自分は単なる踏み台で、ボロボロにして使い捨てるだけの道具でしかなかったのだと、アナスタシアは拳を握りしめる。
「でも、前回の最後はまいったな。魔王が死ねばエンディングかと思ったら、神龍に滅ぼされるところまであるんだもの。死んだときはもう終わりかと思ったよ。きちんと目覚めて次が始まって、本当に安心した」
アナスタシアのことなど気に留めることなく、シンは朗らかに呟く。
前回の人生でアナスタシアが死んだ後、世界はどうなったのだろうかと思ったが、やはり神龍に滅ぼされていたらしい。
ダンジョンコアの多くを砕き、魔物は多く強くなり、さらに魔王すらいなくなったことから、神龍が目覚めると予想はしていたが、その通りだったようだ。
「ジェイミーもきみが死んだ途端、それまで美少女だったのが、何故か微妙になっちゃったんだよね。しかもあのアバズレ、僕が初めてじゃなかったみたいでさあ……」
拗ねたような口調でそう言い、シンはため息を漏らす。
どうやら前回の人生でアナスタシアが死んだことにより、呪いも消え失せたようだ。
アナスタシアにとっては呪いだったが、ジェイミーにとっては美しさをもたらす祝福だったのだろう。
それが消えたことにより、ジェイミーの容姿も元に戻ったようだ。
アナスタシア亡き後、ジェイミーはシンと結婚するのだと言っていたが、どうやら二人の仲にも亀裂が入ったようだった。
初めてではないというのは、ジェイミーならばあり得る話だろうとは思うが、本当かどうかは確かめようがない。
「でも、あの何としてでも生き残ろうとする貪欲さは、素直に凄いなと思ったよ。僕はさっさと諦めて、次が始まることに賭けたけれど、ジェイミーは最期まであがこうとしたから、どうなったか知らないんだよね」
独り言のようにシンは語り続ける。
これまでの話はアナスタシアにとっては衝撃の連続で、いまいち理解することもできない。
だが、最も重要なのはこれからシンが何をしようとしているかだ。
「……これから、あなたは何をしようとしているの?」
アナスタシアが問いかけると、シンは黙ってアナスタシアに視線を向ける。
顔の造作を確かめるように眺めた後、今度は全身を舐め回すように見つめると、胸のあたりで視線を止めた。
あからさまに品定めする不躾な態度で、アナスタシアは不快感を覚えると共に、得体の知れない恐怖がわき上がってくる。
「うーん……まあ、いいよ。今度こそ、きみを本当に恋人にしてあげるよ」






