181.ジェイミーの変化
後期休暇も残りわずかとなり、魔術学院に戻る日が近づいてきた。
この短い期間で、メレディスがパメラを新しい王妃に迎える決断をしたり、アナスタシアとブラントが正式に婚約をしたりと、セレスティア王族には関係の変化があった。
そういった動きに一人取り残されていたジェイミーだが、彼女自身にも変化があったという。
王家の霊廟にて祈りを捧げたいと言い出したジェイミーだったが、それは毎日ずっと続いているそうだ。
しかも、最近では新しい教師の言うことを聞き、おとなしく学んでいるという。
「私にも、これまで王女としてふさわしくない振る舞いだったと、詫びてきた。本当に反省したというのならば、とても喜ばしいことだが……」
メレディスは、疑いと期待とが入り交じった複雑そうな表情で、そう呟く。
「姉であるそなたにも、これまでのことを詫びたいそうだ。そなたが会ってもよいのならば、離宮に行ってやってくれ」
「会うのは構いませんが……まだ離宮にいるのですか?」
態度を改めたというのなら、離宮から出しても不思議ではない。
しかし、ジェイミーはまだ離宮にいるようだ。
「……正直なところ、早く離宮から出たいがために、しおらしい態度を取っているのかと疑った。だが試しに、謹慎を解いてやろうかと持ちかけたが、まだ反省していたいとジェイミーは自分から断ったのだ」
「それは……」
メレディスの言葉に、アナスタシアも驚く。
態度を改めたのは、ララデリスの治療によって判断力が戻り、己の立場を少しでも良くするために演じているのかと思ったのだ。
もっとも、謹慎を解こうかと持ちかけられて断ったのも、メレディスの心証を良くするための演技という可能性もある。
ただ、何らかの変化があったことは間違いない。
たとえ演技だったとしても、以前のような考え無しではなく、それをすることが得策だと判断できるようになったということだ。
アナスタシアは学院に戻る前に行っておこうと、ジェイミーのいる離宮に向かうことにした。
いつも一緒に行っていたブラントは別の仕事があるため、アナスタシアは一人でジェイミーの元を訪れる。
「……お姉さま、ようこそお越し下さいました」
ジェイミーは以前のように物を投げてくることもなく、落ち着いた態度でアナスタシアを迎えた。
その礼儀正しさに、アナスタシアはぞくりと寒気を覚える。
本当にこれがジェイミーなのかと思えてくるほどだ。
アナスタシアは気付かれないよう、こっそりと【嘘感知】を使う。
「これまでの私は、王女として褒められた態度ではありませんでした。以前、お姉さまに短剣を向けるという、恐ろしいことまでしでかしてしまいましたが、もう二度とお姉さまを殺そうなどとはいたしません」
しおらしい言葉に、嘘は見当たらない。
本当に過去の自分を反省しているようだと、アナスタシアは信じられない思いだった。
「今後は私も王女としてふさわしい振る舞いを心がけたいと思いますので、どうぞお導き下さい」
この言葉にも、【嘘感知】は反応しない。
いったい何がジェイミーの身に起きたのだと、アナスタシアは愕然とする。
おそらくジェイミーが勇者シンを呼び出したのだろうと見当は付けていたが、そのことがこのような変化をもたらしたとでもいうのだろうか。
「……何があったの?」
思わず、アナスタシアはそう問いかけていた。
だが、ジェイミーはアナスタシアが驚くのも予想していたようで、落ち着いたままだ。
「あるとき、私が王家の霊廟にて祈りを捧げていると、不思議なことが起こったのです。輝かしい光が天から降り注いできたようで、そのとき私は自分を導いてくれる光に出会ったのだと確信しました。すぐに光は見えなくなりましたが、私の中にはその輝きが残ったのです」
ジェイミーは静かに語るが、これも嘘ではないようだ。
光というとても抽象的なものだが、それが勇者シンのことなのだろうか。
勇者シンを呼び出したが、彼はジェイミーの元にはその片鱗をのぞかせただけで、実際に現れたのは別の場所ということかもしれない。
だが、それによってジェイミーにも何らかの変化をもたらしたようだ。
そう考えたところで、アナスタシアは何かがしっくりこないような違和感を覚える。
今のジェイミーを見る限りでは、落ち着いていて礼儀正しく、良い変化をしたといえるだろう。
だが、勇者シンはアナスタシアを利用して捨てたような人物だ。その彼との関わりがあったとして、良い変化をもたらすものなのだろうか。
「……正直に申せば、私はお姉さまに劣等感があり、心の整理はまだついていません。これから乗り越えていかねばならないと思っていますが、どうかそれまでそっと見守っていただくようお願いいたします。もちろん、公の場ではふさわしい態度を心がけます」
続く言葉で、アナスタシアは少し安心する。
綺麗に置き換えてはいるが、つまりアナスタシアのことが嫌いだから、なるべく関わるなということだろう。
だが、公の場では己の役目を果たすというのなら、それはそれで構わない。
むしろ、心を完全に入れ替えて、アナスタシアを姉として慕うと言われたほうが、嘘としか思えずに信じられなかっただろう。
「わかったわ。もし、何か助けが必要になったら言ってちょうだい」
「はい」
これまでのジェイミーの話に、嘘は一切見当たらなかった。
本当に変化があったようだ。
アナスタシアのことが嫌いなのは相変わらずのようだったが、それを押し込めて義務を果たすという割り切りもできているらしい。
本当に問題なさそうで、アナスタシアはにわかには信じがたいものを感じながらも、部屋を退出しようとする。
だが、アナスタシアが扉に手をかけて、今まさに部屋を出ようとするとき、それまでずっと落ち着いていたジェイミーから、強い感情が立ち上った。
とうとう抑えていたものが我慢しきれなくなったかと、アナスタシアは意外でもなく、背中でそれを感じ取る。
性悪がそう簡単に改心するものかと、むしろ安心感すら覚えていた。
最後に一言くらい本音が来るのだろう。いったい何を言うのかと、アナスタシアはわくわくしてきたくらいだ。
「……お姉さまって、意外とアバズレでしたのね」
しかし、扉を閉めるのと同時に浴びせられた言葉はまったくの予想外で、アナスタシアは閉じた扉の前で固まった。






