179.迷い人
「そなたが過去に戻ってきたのも、その決着をつけることが必要だからかもしれぬな。ただ、十分に注意せよ。その勇者シンとやらは、おそらく迷い人だ」
「迷い人?」
聞きなれない言葉に、アナスタシアは首を傾げる。
「この世界の理からはずれた存在のことだ。セレスティアの番いとなった、ジュードも迷い人だった」
「勇者ジュードが……?」
セレスティア聖王国の始祖の一人である勇者ジュードは、天人セレスティアから聖剣を授けられたとされている。
アナスタシアの祖先にあたる人物だ。
「今はダンジョンコアも進化して細かく設定が可能だが、昔は大雑把でな。ジュードの現れた時代は、魔物の数が今より少ない分、強かったのだ。人間ではそう簡単に立ち向かえないほどにな」
今はハンターギルドがダンジョンの難易度によって振り分けを行っているが、その仕組みができたのはそれほど昔のことではなかったはずだ。
確か、魔術学院の歴史のほうがハンターギルドよりも長かったと、アナスタシアは記憶している。
エリシオンの話からすると、おそらく昔はそうやって振り分けて管理できるような代物ではなかったのだろう。
「だが、セレスティアは人間にも立ち向かう力を与えられないかと考えた。そしてあるとき、この世に非ざる素材を手に入れて、それを材料にして剣を作ったのだ。それが、聖剣だ」
語りながら、エリシオンは苦々しい顔になる。
「しかし、魔物を効果的に倒せるのではないかという期待は裏切られ、むしろ力を奪われたという。聖剣の効果を試そうとしたセレスティアは、魔物の前で動けなくなってしまい、死を覚悟したそうだ。そのとき、ジュードが現れたと聞く」
そしてジュードが魔物を倒してセレスティアを救い、二人の間に愛が芽生えたのだ。
当時の魔王はエリシオンとセレスティアの父で、ちょうど代替わりの色々手が行き届かない時期にそれが起こった。
エリシオンは少し複雑そう表情を浮かべながら、そう語る。
「ジュードは力を奪われることなく、聖剣を扱うことができた。聖剣の力を引き出すことができ、勇者と呼ばれることになったのだ。ジュードは暴走したダンジョンコアを砕き、強大な魔物に脅かされていた地を解放した。それが、今セレスティア聖王国と呼ばれている地だ」
この話は建国神話として語り継がれている。
いわば神話であることから、どこまでが本当かはわからなかったが、エリシオンの話によれば大体合っているらしい。
「ジュードはこの世界のものとは思えぬ知識を持っていた。ダンジョンコアを進化させられたのも、ジュードの知識によるところが大きい。だが、本人は自分がどこから来たのかも覚えていないそうだった。勇者シンとやらがよくわからぬ知識を持っているのも、迷い人だからかもしれぬな」
勇者シンも自分の出身を、遠いところとしか語っていなかった。
それが覚えていないのか、ごまかしているのかはわからないが、どちらにせよ迷い人だからこそ、通常はあり得ないような知識を持っていたらしい。
「ところで、儂はやたらと頑丈であろう? 通常の剣で斬りつけられたところで、かすり傷ひとつ負うことはない」
「……馬車に跳ねられ、さらに轢かれても何もなかったそうですしね」
突然、エリシオンの話の方向が変わり、ブラントが苦笑しつつ頷く。
「それは、儂が魔王という存在であり、この世界の理に守られているためなのだ。魔王はそう簡単に死んではならぬからな。だが、その守りを無効化するのが、聖剣なのだ」
「それは……聖剣の持ち主と戦ったら、おじいさまが負けるということですか?」
「いや、それとはまた別物だな。そなたは、斬りつけられたら傷を負う剣を持った相手がいたとして、その相手に必ず負けるかという話だ」
「斬りつけられたら傷を負うって、普通のことじゃ……」
呆れたような声を漏らすブラント。
どうやら圧倒的優位な効果が無くなるが、普通の状態になるだけで、勝敗を決めるものではないらしい。
「ちなみに、一部の禁呪もこの世界の理からはずれておる。だからこそ強力で、術者に多大な負担がかかるのだ」
続く言葉で、アナスタシアは深く納得する。
前回の人生で魔王エリシオンにダメージを与えたのは、禁呪だった。
だからこそ、守りを破ることができたのだろう。
「聖剣も、この世界の理に生きる者には多大な負担がかかり、扱いきれぬ。だからこそ、ジュード亡き後は誰も使えず、祭りのわずかな期間のみ披露されるだけとなったのだ」
聖剣は普段、王城のどこかに安置されているらしい。
王の権威として身に着けることもないのは、それだけでも危険なのだろう。
聖剣の側で己の無力さを痛感し、強い願いを抱くことが、時空に干渉する条件だとしたら、誰かが強く願ったために勇者シンが現れたのかもしれない。
エリシオンの話では、勇者ジュードが現れたときは、セレスティアが己の死を覚悟したときだそうだから、十分条件にあてはまるだろう。
おそらく、前回の人生で勇者シンを呼ぶ引き金となったのは、メレディスだ。
マルガリテスを取り戻せない己の無力感、そして魔術学院に送り出したアナスタシアが使えないとわかったことで、道が塞がったのだろう。
どうにかマルガリテスを取り戻せないだろうかと願い、それが作用したのではないかと思われる。
ただ、勇者シンはマルガリテスを取り戻すよう動いてはいなかったはずなので、アナスタシアのように願ったことが叶うかというと、そうとは限らないようだ。
それとも、そのときは別の優先される出来事が起こっていたのかもしれない。
ならば今回、勇者シンを呼ぶきっかけとなったのは誰だろうか。
聖剣に近づくことができるのはセレスティア王族なので、選択肢は限られる。
メレディスはマルガリテスを取り戻し、新しい王妃にパメラを迎えようとしているところで、無力さを痛感して強い願いを抱く状況ではないだろう。
となれば、可能性があるのなど一人しかいない。
今までの生活を取り上げられて離宮に押し込められ、助けてほしいと願っているジェイミー。
己の無力さを痛感し、強い願いを抱いているという条件に、ぴったり当てはまっていた。






