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【書籍化】死に戻り魔術姫は勇者より先に魔王を倒します ~前世から引き継いだチート魔術で未来を変え、新しい恋に生きる~  作者: 葵 すみれ
第6章 勇者

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173.前回と今回

 広場で起こった突然の出来事に、周囲は騒然となっていた。

 だが、アナスタシアは倒れる若い男も、周りの人々も全て無視して、ブラントを連れて魔王城に【転移】した。

 その頃にはブラントは意識を失っていて、アナスタシアはブラントをソファーに横たえると、慌てて魔王エリシオンを呼びに行く。


 幸い、エリシオンはすぐにアナスタシアに気付いてくれた。

 アナスタシアは港町モナラートであったことを手短に話し、ブラントを傷つけたナイフが『魔族殺しのナイフ』と呼ばれていたことも伝える。

 エリシオンはブラントの様子を調べると、ブラントの懐から黒い魔石を取り出した。

 そして治癒術を施すと、苦しげだったブラントの表情が、穏やかなものに変わっていく。


「……タイミングが悪かったとしか言いようがないな。この黒い魔石は、魔物化を促すものだ。魔族殺しのナイフとやらに傷つけられたことで、魔石を取り込もうとして拒絶反応が出たのであろう。取り除いて治療したので、もう問題はない」


 ため息を漏らしながら、エリシオンは呟く。

 もう問題はないとエリシオンが言い切ったことで、アナスタシアはほっとして脱力する。

 だが、落ち着いてよく考えてみると、放っておけば魔物化していたということかと、背筋が凍り付くようだ。


「この魔石よりブラントの魔力抵抗力のほうが強いので、何もせずともいずれ打ち勝ってはいたであろうが……もし弱っていれば、危険だったかもしれぬな」


 続くエリシオンの呟きで、アナスタシアは何かが引っかかる。

 勇者シンが残していった言葉を思い出し、エリシオンに尋ねてみることにする。


「……もし、魔力回路に損傷があったとしたら、魔物化していましたか?」


「そうだな。魔力回路の損傷程度にもよるだろうが、今の傷を治療せずに放置しておけば、魔物化していた可能性は高いであろう」


 予想通りの内容が返ってきて、アナスタシアは考え込む。

 先ほど会った勇者シンは、アナスタシアの知っている勇者シンに間違いないだろう。

 アナスタシアのことは気付かなかったようだが、今はかつての呪いが解け、姿もかなり違って見えるだろうから、仕方が無いかもしれない。

 もっとも、気付かれなかったことは幸いだったといえる。


 以前、勇者シンとは会いたくないと思っていたが、もし会ったとしても今回の人生では初対面なのだから関わらなければよいだけだと、吹っ切れた。

 しかし、勇者シンが呟いた『今回はフォスターくんを殺す必要ないのに』という言葉は、そのような楽観的な思いを打ち砕く。

 今回は、ということは、前回があったということだろう。

 勇者シンも過去に戻ってきたのだと、アナスタシアは突きつけられたようだった。


 それも、その不吉な言葉は、前回は勇者シンが意志をもって、フォスター研究員ことブラントを殺したのだと言っているようなものだ。

 確かに魔物化したフォスター研究員に止めを刺したのは、勇者シンだった。

 だが、魔物化したために仕方なく倒したというようなことではなく、殺すために魔物化を仕組んだとすれば、どうだろうか。


 これまでは、魔物化したフォスター研究員を殺したのが勇者シンだったとはいえ、それは状況的に仕方がないことだと思っていた。

 悪いのは魔物化することになってしまった状況であり、勇者シンに罪はないと割り切っていたのだ。

 しかし、もし今の考えが正しければ、勇者シンこそが仇ということになる。


 アナスタシアには怒りと、それを超える恐怖がわき上がってくる。

 どうして前回はフォスター研究員ことブラントを殺す必要があったのか。そして、今回は殺す必要がないというのは、何故なのか。

 理由はさっぱりわからず、だからこそ勇者シンの企みが不明で、恐ろしい。


「……そなたがそれほど怯えるなど、よほどの相手がおったのか」


 気遣わしげなエリシオンの呟きで、アナスタシアははっと引き戻される。


「どのような者かはわからぬが、ここまでは追って来られぬ。仮に来たところで、儂がおる。ブラントも無事だ。安心して、心を落ち着かせるがよい」


 優しく語りかけてくるエリシオンの声が、アナスタシアの心に染み渡っていく。

 今のエリシオンは、前回の人生での虚無だった魔王とは違い、完全な状態だ。

 いくら勇者シンが万全の状態だったとしても、一対一でエリシオンが負けるようなことはない。

 魔術の心得がなく、聖剣も持っていない勇者シンでは、今アナスタシアたちがいる場所の結界を破ることもできないだろう。


「はい……ありがとうございます」


 ようやく心が落ち着いてきたアナスタシアは、礼を述べる。

 前回の人生では敵であり、旅の終着点だった魔王エリシオンが、こうしてアナスタシアを気遣ってくれている。

 逆に味方であり、パーティーの主だった勇者シンに対し、何の企みを抱いているのかと疑い、怯えているのだ。

 不思議な巡り合わせだと、アナスタシアはしみじみ感じ入ってしまう。


「ん……あれ……?」


 すると、ブラントが目を覚ました。

 ぼんやりした様子で周辺を見回すが、すぐに先ほどの出来事を思い出したらしく、ソファーから跳ね起きる。


「……ここは? アナスタシアさん……と、おじいさま……?」


 きょとんとしながら、ブラントはアナスタシアとエリシオンを眺める。


「ブラント、体調は問題ないか?」


「え? あ……はい、大丈夫です……」


 エリシオンからの質問に、やや戸惑いながらもブラントは素直に答えた。

 それを聞いたエリシオンは、重々しく頷く。


「では、後は二人でゆっくり話し合え。儂は一階で作業があるので、何かあれば連絡するがよい」


 そう言って、エリシオンは部屋を出て行った。

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