170.暴走気味の思考
アナスタシアとブラントが湖から戻ってくる頃には、崩れた廃墟と化していた場所が、かなり街並みらしくなっていた。
残っていた瓦礫は撤去され、道や広場が整備された状態になっている。
あとは建物さえ建てれば、人が住める状態になりそうだ。
短時間でこれほどのことを成しえてしまうとはさすが魔王だと、アナスタシアは素直に感心する。
「これほどのご厚情を賜るとは……感謝の念に堪えません」
礼を述べるメレディスは、すっかりエリシオンの崇拝者となったようだ。
その眼差しは尊敬の念に満ち溢れている。
「うむ。孫の領地となるのだからな。少し手助けをしたに過ぎぬ。では、儂はそろそろ行くことにする。またまみえよう」
幸いにも、エリシオンはボロを出す前に去っていった。
翼を広げて空に飛び立っていくのを、メレディスとパメラは祈るように見送る。
アナスタシアとブラントは、無事に終わったと胸を撫で下ろす。
こうして結界も完成したので、本格的に復興作業が始まることになる。
エリシオンがかなり整備してくれたため、それも期間を短縮できそうだ。
ちなみに、今回の件で浮いた予算でエリシオンの像を建てようとメレディスが言い出し、やめてくれとアナスタシアとブラントは必死に頼み込むことになる。
結婚の条件を達成したため、アナスタシアとブラントは正式に婚約となった。
アナスタシアが魔術学院を卒業したら、結婚の予定だ。
それまでブラントは魔術学院で研究員をしつつ、マルガリテス領主としての仕事を覚えていくことになる。
両方の仕事は大変ではないかとアナスタシアは心配したが、研究員の仕事はすでにブラントが身につけている技術の一部をまとめるだけでも、十分な成果になるという。
マルガリテスやセレスティア王城とは【転移】で行き来できるので、さほど負担にはならないとブラントは語る。
「学院から離れてしまうと、アナスタシアさんと気軽に会えなくなってしまうからね。とにかく籍だけは置いておきたいんだ」
そう言われると、アナスタシアは何も言えなくなってしまう。
ブラントと離れたくないのは、アナスタシアも同じだ。
まだ休暇中なので、アナスタシアとブラントはセレスティア聖王国に滞在したまま、国の内部事情について学んだり、マルガリテスの復興計画に携わったりして、毎日を過ごしている。
すると、ララデリスの治療を受けたジェイミーが、王家の霊廟にて祈りを捧げたいと言い出したことを聞いた。
今は亡き母や、王家の祖先に祈りを捧げ、自分を見直したいのだという。
メレディスはその願いを、見張りを付けることを条件に承諾したそうだ。
それから毎日、ジェイミーは王家の霊廟に通っているようだが、特に変わったところはないという。
以前のように喚き散らすこともなくなり、おとなしくなっているらしい。
アナスタシアは王家の霊廟に行ったことはなく、どういった場所かは知らない。
だが、祖先の力でジェイミーがまともになるというのなら、それは素晴らしいことだ。
過度な期待はしないようにしつつ、そっとしておく。
そうしているうちに、ララデリスから成長を促す薬も届いた。
手紙付きで送られてきたのだが、綺麗な小瓶に入った香油のようなものだった。それが十本ほどある。
寝る前に塗ればよいと手紙に使い方が記されていて、アナスタシアは届いた日から早速使ってみた。
使い心地は香油そのもので、甘い花の香りがうっすらと漂い、夢心地の気分のまま深い眠りに誘われていく。
朝目覚めたときは、ぐっすり眠れて気分も良かった。
効果が出るまでには時間がかかるようなので、気長に使っていくことにする。
ただ、手紙には思わずアナスタシアが赤面してしまうようなことも記されていた。
『お孫さまに塗ってもらったら、きっと効果が大きいはずなので、お願いしてみてね』
可愛らしい字でそう書かれていて、無理に決まっているとアナスタシアは叫び出したいほどだった。
場所が手くらいだったら大丈夫だろうが、塗るのは胸だ。
塗ってもらうということは、直接触れられるというわけで、そこまで考えただけでアナスタシアは突っ伏して声にならない呻き声をあげてしまう。
そこに、ララデリスがブラントに渡していた怪しい薬のことも思い出され、アナスタシアは突っ伏したまま、もがく。
だが、いずれブラントとは結婚するのだから、遅かれ早かれそういった行為をすることになるのだ。
もちろん王家の娘としては、結婚まで純潔を保つことが好ましい。
しかしながらセレスティア聖王国では、そういったことはさほど厳格ではなく、結婚が決まっているのなら多少は良いだろうという緩さがある。
さすがに子ができてしまえば、結婚を早める必要があるが、ララデリスがブラントに渡していたのは、避妊薬だったはずだ。
つまり、大きな問題はないということになる。
とはいえ、塗って下さいなどとお願いすることは、完全に誘っているだろう。
そのようなはしたないことができるはずもなく、アナスタシアは悶々とするしかない。
アナスタシアの思考は、暴走気味になっていた。
「アナスタシアさん、休暇が終わる前に一緒に少し遠出してくるのはどうだろう?」
そこにブラントから遠出の誘いがあり、それはつまりそういうことで、とうとうその時が来たのかと、アナスタシアは緊張に身を強張らせた。






