169.求婚
光の柱と共に降臨してきたようなエリシオンは、翼を広げたままアナスタシアたちのところまで舞い降りてきた。
もう笑うしかないアナスタシアとブラントとは違い、メレディスとパメラは怯えすら滲ませて跪いている。
「そうかしこまらず、楽にしてほしい。儂がブラントの祖父、エリシオンだ」
堂々とした威厳ある声で、エリシオンは口を開く。
「……アナスタシアの父、メレディスと申します。ご拝顔の栄に浴し、恐悦至極に存じます」
「……パメラと申します。恐れ多くもご拝顔を賜りまして、身に余る栄誉に打ち震えております……」
まだ緊張しているようではあったが落ち着いた声のメレディスと、掠れた声でどうにか述べるパメラ。
「メレディス殿、パメラ殿、顔を上げてくれ。儂は人間の常識には疎くてな。いたらぬところがあるかと思うが、どうか容赦願いたい」
エリシオンがそう声をかけて促すと、メレディスとパメラはようやく立ち上がった。
「まずは結界を設置するとしよう。以前は湖を中心として、取り囲むように設置されていたはずだが、その方法の難点は魔道具の置き場所によっては壊されやすくなることだ。よって、今回は湖そのものに設置するよう、調整してある。儂は手伝っただけで、作業をしたのはブラントとアナスタシアだがな」
そう説明しながら、エリシオンはブラントに視線を向ける。
ブラントは頷くと、結界の魔道具を取り出した。
薄い板のような操作盤がひとつ。そして、赤、青、黄、緑の玉がそれぞれひとつずつだ。
「ちょうど人数分あるので、手伝ってもらうことにしよう。ひとつずつ玉を持ち、この地が清浄に保たれるよう、祈りをこめるのだ」
エリシオンに促され、メレディスが黄の玉を、パメラが緑の玉を手に取る。アナスタシアが青の玉を取り、ブラントが残された赤の玉を持つ。
それぞれが玉を取って祈りをこめたことを確認すると、エリシオンが何らかの術式を展開した。アナスタシアにもよくわからない、緻密で繊細な術式だ。
すると、各自が持っていた玉が輝きながら宙に浮かび、連なって円を描くように湖へと飛び立っていく。
やがて湖に四色の玉が飛び込むと、湖面が虹のような色に輝きだした。
そこから色とりどりの光が弾け、周囲一帯を覆い尽くす。
アナスタシアの周りも光の粒に埋め尽くされ、それらが全て結界としての力を持っていることに、アナスタシアは気づく。
やがて光は収まったが、目に見えなくなっても、結界の力は存在したままだった。
「これで結界は完成した。あとの微調整は、操作盤にて行うがよい。特定の属性を持った者を入れぬよう弾くといった設定も可能だ」
エリシオンが宣言すると、アナスタシアはとうとう条件を完全に満たすことができたのだと、達成感に包まれる。
ちらりと様子を窺ってみれば、メレディスは感極まって涙ぐんでいるようだ。パメラにいたっては、すでにすすり泣いている。
ブラントは無事に終わったと、胸を撫で下ろしているようだった。
「……かつて奪われたこの地が、ようやく……無力な私だけでは、何もできなかったが、こうして……」
掠れた声でメレディスが呟く。
その声は喜びにあふれながらも、己の無力さに対する深い悔恨が滲んでいるようでもあった。
「直接の行動だけが全てではない。こうしてこの地を気にかけ、行動できる者に託したからこそ、今があるのだ。この地がどういう場所か、伝わっていなかったと聞く。それでも重要性を感じ取っていたということは、やはりセレスティアの血が流れているのであろうな」
「そのように言って頂けると……光栄で……」
エリシオンが優しく語りかけると、メレディスは言葉を詰まらせる。
実際にマルガリテスを取り戻し、結界の魔道具を作り上げたのは、アナスタシアとブラントだ。
だが、メレディスからマルガリテスを取り戻せと言われなければ、マルガリテスの存在自体知らないままだっただろう。
そうすれば、神龍を目覚めさせるというギエルの企みにも気付かず、いずれそれが成就していたのかもしれない。
「さて、いつまでも殺風景ではいかんな。街並みはこれから整えていくのであろうが、湖周辺だけでも少し華やかにしておくか」
そう言うと、エリシオンの魔力が湖周辺に広がっていく。
すると、まばらに草が生えるだけだった地面が緑に覆われ、色とりどりの花が鮮やかに咲き出した。
こういうこともできるのかと感心しながら、アナスタシアは花畑となった湖周辺を眺める。
メレディスとパメラは、まるで神の御業を見たように愕然と固まっていた。
「ついでに、街並みも道を修繕するなどしてやろう。どのようにしたいかの希望はあるか?」
エリシオンは、アナスタシアとブラントに尋ねてくる。
しかし、この地はアナスタシアとブラントの領地になったとはいえ、二人にはこうしたいといった強い希望はない。
元のように美しい地になればよいだろうといった程度だ。
「ええと……以前を知る二人に聞いてもらったほうがいいかと思います。以前のような街並みになればよいのではないでしょうか」
「そうか。では、メレディス殿とパメラ殿。案内しながら聞かせてくれ」
アナスタシアの提案により、エリシオンはメレディスとパメラを伴って歩き出す。
恐縮しきった様子ではあったが、二人はおとなしくエリシオンの後をついていった。
「アナスタシアさん、俺たちはこっちに行こう」
一緒についていくべきだろうかとアナスタシアは迷ったが、ブラントに促され、湖に向かっていく。
エリシオンに対するメレディスとパメラの崇拝度がどんどん上がっていくのが気がかりだったが、最悪でも失望する程度だろうからよいかと放っておくことにする。
やがて湖のほとりにたどりつくと、そこは先ほどのエリシオンの力によって、花畑に囲まれた鮮やかでのどかな場所となっていた。
そこで立ち止まると、ブラントはまっすぐにアナスタシアに向き合う。
「アナスタシアさん……俺と、結婚して下さい」
真剣な声でそう言われ、アナスタシアはブラントを見つめたまま固まる。
まさか求婚されるとは思わず、驚きがアナスタシアの頭の中を埋め尽くす。
「……そういえば、言っていなかったなと思って。何だか、当たり前のように結婚するものだと思っていたんだよね」
照れくさそうに、ブラントがそう呟く。
言われてみれば、アナスタシアも当たり前のように結婚するものだと思っていた。
告白されて付き合い始めたときから、結婚以外の道があるなど考えていなかったような気がする。
「……私も、結婚するものだと当たり前のように思っていました」
アナスタシアも照れ笑いを浮かべながら、答える。
二人とも、同じように考えていたようだと、笑い合う。
「俺と結婚してくれますか?」
「はい、喜んで」
再びの問いかけに、アナスタシアは微笑んで頷く。
二人はどちらからともなく顔を近づけていき、唇を重ねた。
これで天人教団の章が終了です。
次回から最終章で、やっと勇者関連となります。






