168.演出過剰
最後の材料である『持たざる者の祈り』が手に入ったことにより、結界の魔道具作成は終わりを迎えようとしていた。
ブラントはそちらにかかりきりになっている。
アナスタシアはそれを手伝い、他の時間はセレスティア聖王国にて勉強している。
休暇中に学んでおこうと思っていたセレスティア聖王国の内部事情について、メレディスに頼んで教師をつけてもらったのだ。
教師の話を聞いていると、どうやらマルガリテスはセレスティア聖王国にとってはさほど重要な土地ではなかったらしい。
メレディスはマルガリテス奪還を人生の宿願のようにしていたが、国としての重要度とは温度差があったようだ。
国にとっては、単なる風光明媚な保養地というだけだったのだから、それもそうだろう。
神龍の眠る湖だとは知らなかったにせよ、メレディスはそこが重要な地であることを本能で感じ取っていたのだろうか。
「やっと……やっとできた……!」
そして、とうとう結界の魔道具が完成した。
ブラントはぐったりと疲れ切った様子だったが、晴れやかな顔をしている。
「うむ、これならば問題なかろう」
エリシオンも魔道具を確認して、保証する。
あとは、マルガリテスへの設置だ。
その際にメレディスとエリシオンの面会もあるので、アナスタシアはメレディスに魔道具が完成したことを知らせる。
すると、あっという間にメレディスは予定を空けた。
以前から準備していたとはいえ、エリシオンに会うのをいかに楽しみにしているかを物語っているようだ。
知らせた翌日には、マルガリテスに行くことになった。
うきうきしたメレディスと、緊張しているパメラが、瑠璃宮を訪れる。
「アナスタシア王女殿下、ご挨拶が遅れまして……」
気まずそうに、パメラが口を開く。
そういえば、パメラとは久しぶりに会った。新しい王妃になると聞いてからは、初めて会うことになる。
だが、パメラは後ろめたいような、張り詰めた表情でアナスタシアを見ているようだ。
もしかしたら、パメラは自分のことをアナスタシアにとっては邪魔者になるのだと思っているのかもしれない。
この先、パメラが男の子を産めば、アナスタシアの王位継承権は下がる。
セレスティア聖王国では女子にも王位継承権があるが、順位は男子優先となっているのだ。
仮にアナスタシアが女王の座を狙っているのだとすれば、パメラは邪魔者になるだろう。
実際には、邪魔者どころか大歓迎なのだが。
「アナスタシアと呼び捨てにして下さい。いずれお義母さまになるのですもの。いきなりこのような大きな娘ができて戸惑っておいででしょうが、良い関係を築いていきたいと思っております。どうぞよろしくお願いいたします」
「は……はい、ありがとうございます、アナスタシアさま。ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
さすがにいきなり呼び捨てにはできなかったようだが、パメラは少し緊張が和らいだように微笑む。
どうやら前王妃デライラとは違い、本当に良い関係を築いていけそうだと、アナスタシアも微笑み返した。
「では、行きましょうか」
以前のようにアナスタシアとブラントで、それぞれパメラとメレディスを伴い、マルガリテスに転移する。
エリシオンは別行動でマルガリテスに向かい、現地で会う予定だ。
以前来たときは草も生えておらず、荒涼としていたが、今はまばらながらも草がちらほらと見える。
湖も穏やかに凪いで、光を反射して輝いていた。
周囲を見回すが、まだエリシオンは来ていないようだ。
「ああ……緊張するな。何とご挨拶すればよいだろうか……」
そわそわとしながら、メレディスが呟く。
現物を見たときに幻滅しないだろうかと、アナスタシアは少し不安になってくる。
エリシオンには、魔王であることは黙っておいてほしいことと、メレディスが始祖であるセレスティアの兄に会えることを非常に楽しみにしていることは、伝えてあった。
すると、天人に憧れがあるというのなら、そのように振る舞ってやろうと、エリシオンは請け負ったのだ。
これもアナスタシアにとっては、強力な不安要素である。
すると、アナスタシアの不安を受け取ったかのように、空が曇り始めた。
それまで晴れやかだった青空が、一面の雲に覆われて、どんよりと暗くなっていく。
雨が降り出しそうな天気になってしまい、浮かれていたメレディスも不安そうに表情を曇らせる。
そこに稲光が輝き、周囲一帯を照らす。
とうとう本格的に天気が崩れてきたようだとアナスタシアは思ったが、雷につきものの音がいつまで経っても鳴らない。
「……っ!?」
声にならない叫びをあげ、メレディスが呆然と湖の上空を見上げる。
アナスタシアもその方向を眺めてみると、湖の上に浮かぶ雲の切れ間から光が漏れ、湖に向かって光の柱が下りていた。そして、湖面を明るく輝かせている。
さらに、光の柱の中に銀色の翼を広げた姿が見える。
光を浴びながら、ゆっくりと空から降りてくる姿はとても神々しい。
「あ……あれが……」
畏怖の表情を浮かべながら、メレディスはその場に膝をつく。
国王という立場のことなど忘れ去った、高位の存在に対して跪く行為だ。
パメラも地面に膝をつき、祈りの姿勢となっていた。
跪く二人とは対照的に、アナスタシアとブラントは頭を抱えていた。
顔に浮かび上がるのは、乾いた笑いだ。
「おじいさま……演出過剰ですよ……」
ぼそりとしたブラントの呟きが響くが、跪く二人には聞こえていないようだ。
アナスタシアもブラントと同じ気持ちで、これは本性が明らかになったときの落差がひどそうだなと、現実逃避気味に考えていた。






