166.肉親の情
アナスタシアは、ジェイミーに対して良い思い出など何もない。
前回の人生では裏切られ、止めを刺されたようなものだ。それだけではなく、幼い頃から何かにつけて突っかかってくるだけで、愛情といったものは存在しない。
それなのに、血の繋がりがあるというだけで、容易に切り捨てられないのだ。
もし他人がアナスタシアと同じ状況に陥っているのだとしたら、さっさと始末したほうが良いと言ってしまえるだろう。
しがらみを作っている肉親の情というものが、疎ましい。
「アタシは永遠に眠ってもらうことをおすすめするけれど……実際にそれを判断するのは国王陛下になるんだから、アナちゃんはあまり気に病まないで」
沈み込んでしまったアナスタシアを、ララデリスが気遣う。
確かに、生かすにせよ、そうでないにせよ、アナスタシアの一存で決められることではない。
最終的な判断は、国王であるメレディスが下すだろう。
「アナちゃん、元気出して。アタシがこれから、成長を促す薬を作ってあげるから。一週間くらいでお届けできると思うわ」
「本当ですか……!」
慰めてくれるララデリスの言葉に、アナスタシアは前のめりになる。
ジェイミーのことは、考えてもどうしようもないことだ。
気持ちを切り替えようと、アナスタシアは未来に目を向ける。
「ええ、だからアタシはもう帰ることにするわ。ちょっと熟成に時間がかかるから、早く仕込まないと」
「ありがとうございます……そうだ、お代……寄付……? とにかく、そういったものはどうすればよいでしょうか?」
わざわざジェイミーを診に来てもらって、薬も作ってもらうのだ。
どれくらいのものを用意すればよいのか、アナスタシアにはわからないので、直接尋ねてみることにした。
「そうねえ……アタシがエリシオンさまのところに行くとき、一緒に行ってもらえるかしら。アナちゃんの言うとおりにしたら、エリシオンさまも結構お話ししてくれたから、助けてほしいのよ」
「……その程度のことでよいのですか?」
アナスタシアは拍子抜けしてしまう。
もっとも、教団側はともかく、ララデリス本人は魔族なので、人間の金銭的なものには興味が薄いのかもしれない。
「ええ、アタシにとっては大切なことよ。教団としては、セレスティア聖王国の王族と繋がりができたというだけで収穫でしょうしね。……あ、そうだ。忘れるところだったわ。こっちはお孫さまに渡しておくわね」
ララデリスは小袋を取り出し、ブラントに渡す。
首を傾げながらもブラントは受け取る。
「これは何ですか?」
「媚薬と避妊薬よ。使い方は、中にある紙に書いておいたわ。副作用も依存性もない安全なものだから、安心してちょうだい。じゃあ、アタシは行くわね」
言うが早いか、ララデリスは固まるブラントを残して【転移】で姿を消した。
アナスタシアも何か言う余裕などなく、見送ることしかできなかった。
「ええと……今のって……その……」
いくらアナスタシアがそういったことに疎いとはいっても、さすがにどういう用途に使うものくらいかはわかる。
顔が熱くなるのを感じながら、俯きがちにアナスタシアはぼそぼそと呟く。
「ああ……うん……そうだ、国王陛下に治療のご報告と、あのことを伝えに行こうか……」
「あ……そうですね……そうしましょう」
互いに気まずい雰囲気になりながら、二人は国王メレディスに報告に行くことにする。
無言のまま歩き出すが、ブラントはさりげなく小袋を懐にしまっていた。
メレディスの執務室にてジェイミーの治療のことを報告すると、メレディスは考え込む様子だった。
魔族の影響を取り去ったので、少しはマシになるだろうことは喜ばしい。
だが、それでもまともとは言い難い状態までしか改善しないだろうことが、悩みどころだ。
「……ご苦労だったな。そなたはよくやってくれている。判断を下すのは私だ。どのような結果であれ、そなたが気に病むことはない」
メレディスはアナスタシアを労る。
とはいえ、その言葉はどういった結果になるか、すでに物語っているようだ。
「だが……今回の治療とやらでどうなったのか、もう少しだけ様子を見たい。ジェイミーの謹慎から一年となるデライラの命日には、判断を下そう……」
苦渋の表情で、メレディスは言葉を吐き出す。
アナスタシアに異存は無い。むしろ、国王と父との狭間で思い悩むメレディスのことが心配だった。
しかも、これからさらに心配事を伝えなくてはならないのだ。
「あの……国王陛下、実は祖父が陛下にお目にかかりたいと申しておりまして……」
死にかけたような目で、ブラントが口を開く。
ララデリスにそそのかされ、エリシオンがアナスタシアの父であるセレスティア国王メレディスに会いたいと言い出したのだ。
人間社会では結婚は家と家の繋がりなので、相手の親に挨拶しておくべきだとララデリスが言い出し、エリシオンはそれを真に受けた。
アナスタシアとブラントはそこまでしなくてもよいと説得しようとした。
だが、家という共同体の一員と認められないと、この先もしひ孫が誕生しても堂々と会いに行けないのだというララデリスの言葉の前には、もう全てが無力だ。
何が何でも会いに行くと駄々をこねるので、それならばせめて段取りを整えるので、待ってくれと宥めるのが精一杯だった。
ただ、ララデリスの言うことも間違っていない。
いつまでもエリシオンの存在を隠し通せるとは限らないのだし、いずれアナスタシアとブラントが夫婦となった際、堂々と会いに来てもらうためには、その提案を受け入れるべきだった。
過去にも、ブラントが天人の血を引いているとなれば、それを利用されるかもしれないと懸念した。
だが、メレディスもアナスタシアたちの意思を無視してまで利用しようとはしないだろうと、今ならば思える。
もし、アナスタシアたちの意思を無視して利用しようとするのならば、最悪は国を飛び出せば良い。
あとは、どの程度メレディスの心労を増やさずに済むかである。
「祖父? 確かブラントくんには身寄りが無かったように記憶しているが……」
メレディスは不思議そうにブラントを見つめる。
「生き別れだったのですが、最近になって初めて存在を知ったのです」
「そうだったのか。構わぬが……何故、そなたたちはそのような暗い顔をしているのだ……何か問題でもあるのか?」
どうやら、アナスタシアもブラントも暗い表情になっていたらしい。
互いに顔を見合わせて、乾いた笑いを浮かべる。
「いえ……何というか、その……」
「まさか、犯罪組織に関わっているといったわけではあるまいな」
アナスタシアがしどろもどろになっていると、メレディスは眉根を寄せて厳しい声を出す。
どうやら違う方向に誤解してしまったらしい。
アナスタシアとブラントは互いの顔を見つめ合い、決意をこめて頷き合う。
「……天人なのです」
「は……?」
メレディスはぽかんと口を開けて、国王にあるまじき間抜けな顔で固まった。






