162.強者には従う
全てを諦めたように、エリシオンがフードを取り払って顔を晒した。
まさか気付かれるとは、エリシオンも思っていなかったらしい。苦々しい表情で、ため息を漏らす。
「落ち着け、ララデリス。儂は単なる付き添いで来ただけで、そなたに関わる気は一切ない。用があるのは、そこのアナスタシアだ」
エリシオンはうんざりしたように声をかける。
どうやら天人教団の巫女である魔族は、ララデリスという名のようだ。
「……まさか、こうもあっさり勝つとは思わなかった。あれをしのぐなど、どういう戦闘勘をしているのだ。儂が付いてくる必要などなかったではないか……」
恨みがましく、エリシオンはぶつぶつと呟いている。
だが、初見殺しの技を防げたのは前回の人生の知識あってのことで、うまくララデリスが動揺してくれたために隙をついて、本気を出される前に封じることができたのだ。
もし最初からララデリスが戦闘態勢に入って警戒されていれば、そう簡単にはいかなかっただろう。
いざとなればエリシオンがどうにかしてくれるだろうという安心感があったからこそ、気負うことなく動けたというのもある。
「……エリシオンさまと、どういうご関係で?」
ララデリスはこれまでの興奮した様子が一気に冷え切り、凍てつくような声でアナスタシアに問いかけてくる。
「孫の番いだ」
「まあ、そうでしたのね!」
だが、エリシオンが一言答えると、ララデリスは弾けたような声をあげて、敵意を引っ込めた。
「ということは、そちらがエリシオンさまのお孫さまなのね。本当にそっくりだわ」
ララデリスはねっとりとした視線をブラントに向ける。すると、ブラントは強張った顔で一歩後退った。
その反応に怯むこともなく、ララデリスはゆっくりと深呼吸をすると、今度はただまっすぐにアナスタシアを見据える。
「……どうやってアタシの技を見抜いたかはわからないけれど、強者には従うわ。アタシに何のご用かしら? 妹の病気の話が嘘だとは思えなかったけれど……」
もう自分の正体が魔族だと気付かれていることを知ったためか、ララデリスは態度を取り繕う気もないようだ。
砕けた口調で話しかけてくるが、相手は魔族なのだし、協力的な態度になったことを思えば、何の問題もない。
アナスタシアは頷いて、口を開く。
「そちらも本当です。その他に、確認したいことがあるのです。モリス伯爵令息チェイスが、魔物化しました。それを仕組んだのはあなたですか?」
「モリス伯爵令息チェイス……? ええと……誰だったかしら……魔物化……ああ、思い出したわ! 性病で手遅れになりかけていた坊やのことね!」
あっさりと顧客の秘密を叫ぶララデリス。
状況的に仕方がない部分があるとはいえ、そういう細かい情報は必要ないのだし、言う必要があるのかと、アナスタシアは苦笑する。
しかも、チェイスはやはり魔石の影響とは関係なく、もともとがそういう性質の持ち主だったらしい。
「そういえば、実験したことがあったわね……すっかり忘れていたわ」
「実験?」
あっけらかんとしたララデリスの言葉に、アナスタシアは首を傾げる。
「セレスティアの血がどれくらい残っているかの実験よ。モリス伯爵家っていうのが、この教団の教祖一族の出身でもあるらしいけれど、教団の人間で実験なんてできないもの。彼を調べたら、ここの教祖一族の濃さも大体わかるかなと思ったのよ」
モリス伯爵家は古くは王家とも繋がりがあるので、セレスティアの血も引いていることになる。
天人教団の教祖もモリス伯爵家の出身だとは、メレディスから聞いたことだ。
それを利用したのだろうが、ララデリスの口ぶりからすると、教団の人間のことはそれなりに大切にしているのだろうか。
「その濃さというのは、魔王の因子のことですか?」
「そうね。魔王の因子を濃く持つのは、魔王の直系数代のみなの。傍系は薄くなるのだけれど、人間の血が混ざった場合にどうなるかはわからないわ。突然変異ということもあるでしょうし、調べてみたかったのよ」
「それで、どうでしたか?」
「皆無ね。普通の人間だったわ。本流からかなりはずれているでしょうし、当たり前といえば当たり前ね。それより、王女殿下はセレスティア王家の直系よね。ちょっとだけでいいから、実験させてもらえないかしら?」
「嫌です。お断りします」
アナスタシアはきっぱりと拒絶するが、ララデリスは軽く息を吐いただけで、さほど残念そうな様子はなかった。
断ることがわかっていながら尋ねてみたのだろう。
放っておくことにして、アナスタシアは続けての質問に移る。
「それを調べていたのは、黒い翼の魔王を作るためですか?」
「黒い翼の魔王……? ああ……そういえば、ヨザルードがそんなことを言っていたような気がするわね。でもアタシは興味ないわ。アタシは、強さがどれくらい受け継がれるのか調べてみたかっただけよ」
ヨザルードと関連がないのなら、セレスティア聖王国を裏から操っていた陰謀とは無関係ということだろうか。
強さを求めるのは魔族の本能のようなものなので、それを調べるのは不思議なことでもないのかもしれない。
「では、チェイスの他にも魔物化の魔石を埋め込んだ相手はいますか?」
「いないわ。あの坊や、好みじゃないのにしつこく言い寄ってくるんですもの。だから、ちょっとくらい実験に使ってもいいかなって。こっちの気持ちくらい考えてほしいものだわ」
憤慨したように、ララデリスは答える。
やはりチェイスは、元から女好きでどうしようもなかったようだ。
「好みではない相手にしつこく言い寄られる、儂の気持ちもわかってほしいものだが……」
ぼそりとしたエリシオンの呟きを、ララデリスは何も聞こえなかったように、そっぽを向いて無視した。






