16.良い人たち
アナスタシアたちが隠し通路から戻ると、壁は元のように閉じられた。
その後は何事もなくハンターギルドに戻り、魔石を納品してアナスタシアとレジーナは六級ハンターになることができた。
これで複数名ならダンジョンに堂々と行くことができる。一人でダンジョンに行けるようになるのは、初級ダンジョンなら五級からだそうだ。
「残った魔石が十二個なので、ブラント先輩とホイルでどうぞ。少なくなってしまいますけれど……」
昇級用に提出した分を除けば、残りは十二個だった。アナスタシアとレジーナで十個ずつ使ったことになるから、ブラントとホイルは分け前が少なくなってしまうと、申し訳なく思いながら差し出す。
「いや、魔物倒したのはお前なんだから、全部お前の取り分でいいんじゃね?」
「俺も護衛として行ったし、魔術を見せてもらうという護衛料もしっかり払ってもらったから、いらないよ」
だが、ホイルとブラントは魔石を固辞する。
アナスタシアは驚き、ぽかんと二人の顔を眺めた。
前回の人生でのパーティーだったら、差し出すのは当然のこととした上で、役立たずなどと罵られていただろう。もしパーティーメンバーの機嫌が良かったとしても、無言で舌打ちしながら全て持っていかれたはずだ。
ブラントはまだしも、これまで散々突っかかってきたホイルでさえ、文句一つ言うことなくアナスタシアの功績だと認めていることが、アナスタシアには信じられなかった。
「……なんだよ、その顔。確かにこれまで散々言ってきたけどさあ……さすがに報酬かすめ取るほど恥知らずじゃねえよ……」
驚くアナスタシアを見て、すねたようにホイルが呟く。
「で……でも、さすがに何もないというわけには……」
おろおろとしながら、アナスタシアはブラントとホイルの顔を交互に伺う。
「……じゃあ、参加報酬として魔石一個ずつもらおうか。きみもそれでいいかな?」
「あ……ああ、構わないぜ」
困っているアナスタシアを見かねたのか、ブラントが提案してくる。
ホイルも同意して、二人はアナスタシアの差し出している魔石を一個ずつ持っていった。
アナスタシアの元には十個もの魔石が残ったが、ブラントとホイルが話はこれでおしまいとばかりに区切ってしまったので、受け取らざるを得ない。
「わたくしだけが、働きに見合わぬ多くの報酬を受け取っているということになりますわね……それでしたら、せめてみなさまに食事をご馳走させてくださいませんこと?」
今度は、レジーナがそう言いだした。
アナスタシアにしてみれば、レジーナを自分の小遣い稼ぎに付き合わせてしまったようなものだ。何かを支払うことはあっても、受け取ることは考えていなかった。
食事をご馳走するというのなら、魔石を十個も自分のものとしたアナスタシアがするべきだろうと、口を開きかける。
「それはありがたいね。日帰りできる距離とはいえ、さすがにダンジョンを往復すれば疲れて、空腹にもなってきたよ。遠慮なくご馳走になるよ」
だが、アナスタシアが何か言うよりも早く、ブラントがそう言った。
「俺は肉が食いてえ。腹が減って仕方がねえよ」
ホイルも続き、すっかりアナスタシアが何かを言い出す余地はなくなってしまった。
これで自分だけ断ろうとするのは、かえって失礼に当たるだろう。受け取ることに慣れていないアナスタシアは戸惑いながらも、出そうとした言葉を引っ込めた。
「じゃ……じゃあ、よろしくお願いします……」
代わりに、受け入れる言葉を発する。
すると、レジーナが嬉しそうな笑顔を浮かべたので、やはり間違いではなかったと、アナスタシアは胸をなでおろす。
「最近オープンしたお店で、良いところがありますのよ。早速参りましょう」
レジーナに案内された料理屋は、量が多めで値段は控えめという、学生向けの店だった。店内は素朴な内装だったが、くつろげる家庭のような温かみがある。
高級品に囲まれた華やかなレジーナの印象からはかけ離れていたが、もしかしたら気を遣わせないようにとの配慮なのかもしれない。
店内にいた学生らしき客たちの中には、ぎょっとしたようにアナスタシアたちを眺める者もいたが、話しかけてくる者はいなかった。珍しい組み合わせに驚いただけのようだ。
「さあ、どんどん召し上がってくださいな。遠慮なさらないで」
やがて、大皿に盛られた料理がいくつも運ばれてきた。
アナスタシアは、同年代の相手と食卓を囲んだ経験が乏しい。前回の人生でパーティーメンバーとこうした店に来る機会はあったが、じっとおとなしくしていて残り物に少し手を付ける程度だった。
「ステイシィはどれがお好みかしら? こちらのパイ包みはチーズがとろけますわよ。豪快な鶏肉の炙り焼きも……」
どうしたらよいものかと戸惑っていると、レジーナがいろいろとすすめてくる。
「この肉、うめえな! いくらでも食えそうだ!」
すでにホイルは肉にかぶりつき、早くも一部の皿の上からごっそりと料理が消えていた。
「……あなたは少し遠慮しなさいな」
レジーナの呆れた呟きも、ホイルは無視して食べ続ける。
くすりと笑いながら、アナスタシアも料理を食べ始めた。
「美味しい……」
思わず、呟きが漏れた。
素朴な味わいながら、素材を良く活かした奥深さも感じられる。そして何より、みんなで食卓を囲む和やかな雰囲気が、一番のスパイスだ。
「お口に合ってよかったですわ。……ステイシィはちょっと、奥ゆかしすぎますわよ。魔物相手には、あんなに堂々としていますのに」
「……魔物は、ただ倒せばいいから。人間相手のように難しくないもの」
レジーナのぼやきに対して、アナスタシアは苦笑しながら答える。
魔物は良好な関係を築く必要もないので、力で叩きのめせばよいだけだ。人間相手でも、ただ戦えというのならおそらく難しくないだろう。
「ああ……それはわかるな。魔物のほうが楽だよね。人間だと殴って、はいおしまいっていうわけにもいかないし。正面から喧嘩吹っ掛けてくれれば、殴り返すだけだから、まだ簡単に対応できるんだけれどね」
ブラントがアナスタシアに同意する。
すると、肉に噛みついていたホイルが、変なものを食べてしまったような顔になった。
「一年のときは喧嘩を売られることもそこそこあったけれど、全部返り討ちにしたらそのうちなくなっちゃって。だから、ホイルくんに喧嘩を売られたのは新鮮で、ちょっと嬉しかったな」
「……忘れてくれよ、先輩……」
からかうようなブラントの言葉に、ホイルはばつの悪そうな顔をして小声で呟く。
しかし、肉を食べることは止めない。
レジーナがくすくすと笑い出し、アナスタシアもつられて笑う。ブラントも笑顔を浮かべ、ホイルはややふてくされたようではあったが、怒った様子はない。
そのまま和やかに食事を終え、店を出たところで解散となった。
まだ日暮れ前だったため、アナスタシアはレジーナと一緒に髪留めを売っている店を見に行くことにした。
いろいろと迷いながら、小花の髪留めと三日月の髪留めを購入して、寮に帰る。
「今日はいろいろとありましたわね……お店は時間がなくて一軒しか見られませんでしたけれど、今度は他のお店も回ってみましょうね」
「そうだね。今日はありがとう」
寮でレジーナとも別れを告げ、アナスタシアは部屋に戻る。
テーブルの上に買ってきた髪留めを置きながら、今日はいろいろな出来事があった日だと大きく息を吐く。
疑問に思うことや気がかりなこともあったが、それよりも今は良い人たちに恵まれていると、温かい気持ちに満たされている。アナスタシアのことを対等な一人の人間として見てくれる相手ばかりで、前回の人生とは大違いだ。
アナスタシアの目標はまだまだ達成には程遠いが、今回の人生ならきっとうまくいくだろうと思えた。
そうして幸福な気分のまま翌日を迎えて授業を受けたが、放課後にレジーナが用事があるからと急いで去って行った。
アナスタシアは図書室の隠し部屋に行こうとするが、いくつかの影が立ちふさがる。
「あなたがアナスタシアさんね。私は三年の次席でキーラと申しますの。少々、一緒に来ていただけるかしら」
以前、ブラントが学院ダンジョンに潜るときに一緒にいた女子生徒が、他の女子生徒を二人引き連れて、アナスタシアの前に現れた。
そして『不器量な女』と吐き捨てたときと同じ顔で、アナスタシアに声をかけてきたのだ。






