159.内密の相談
神妙な態度のグローリアを眺めながら、アナスタシアはどうしたものかと考える。
前回の人生でのグローリアは、もっと傲慢で他者をねじ伏せるところがあった。
もっとごねて自分の正当性を主張するかとアナスタシアは思ったのだが、こうしてあっさりセレスティア王族だと認められると、どう振る舞うべきか迷ってしまう。
「申し遅れました。私は聖騎士団長のグローリア・セレスタと申します。セレスティア王家のお方にお目もじが叶い、とても光栄です」
「……アナスタシア・ウーナ・セレスティアです」
グローリアが名乗ったので、アナスタシアも応える。
まだ前回の人生との違いに戸惑い、ただ名前を言っただけだが、それでもグローリアはうっとりとした崇拝の眼差しを向けてきた。
「第一王女アナスタシア殿下ですね。そのお力に加え、お美しく、気品あふれる凜とした佇まい……まさに、想像していたセレスティア王家のお方そのものです。感激の極みで、この身は打ち震えております」
心酔したグローリアの目は、前回の人生での虫けらを見るような目とはまったく違い、アナスタシアは困惑する。
だが、考えてみれば、前回の人生ではアナスタシアはみすぼらしく、おどおどとしていた上に、呪いまでかかっていた。
どうやらグローリアは、セレスティア王家に対して多大な憧れを抱いているようだ。
その憧れのセレスティア第一王女が想像とは全然違う、期待外れの極みだったことから、アナスタシアにきつく当たっていたのだろう。
今のアナスタシアはグローリアにとって、セレスティア王女として満足いくものだったらしい。
「ところで、内密に相談したいことがおありだそうですが、どのようなご用件でしょうか?」
問いかけられ、アナスタシアは戸惑いを捨てて気を引き締める。
「……まずは、薬を譲ってもらいたいのです」
そう答えると、グローリアが拍子抜けしたような表情を浮かべる。
薬は天人教団で普通に販売しているので、代金さえ払えば誰でも買えるようなものだ。
その程度のことかと不思議そうにしながらも、グローリアは控えていた従者に薬を持ってくるように命じた。
すぐに従者がいくつかの小瓶を持って戻ってくる。
盆に載せられた小瓶が、アナスタシアの前のテーブルに置かれた。
「取り扱っている薬の中でも、純度の高いものです。こちらはお近づきの印に献上させて頂きます。どうぞお納め下さい」
グローリアに促され、アナスタシアは小瓶をひとつ手に取って、エリシオンに渡す。
すると、エリシオンは一瞬魔力を小瓶に流したようだ。そしてアナスタシアに向かって、頷く。
どうやら『持たざる者の祈り』で合っているらしい。
天人教団の薬が『持たざる者の祈り』ではないかという予想は、正しかったようだ。
「どうもありがとう。それで本題なのですけれど……本当に、口外しないでもらいたいのです」
これでふたつの目的のうち、ひとつは達成できた。
だが、本当の正念場はこれからだ。
「ご安心下さい。我々は、決して秘密を漏らすようなことはいたしません」
グローリアが安心させるように微笑んでくる。
各国の貴族や富豪の依頼を受けている以上、当然秘密は守るだろう。
あっさり秘密を漏らすようでは、財を築くことなどできないだろうし、そもそも存在自体が危うい。
今いる豪華な部屋も、その結果の表れだろう。
「実は……私の妹、第二王女ジェイミーが病にかかっているのです」
「第二王女殿下が……」
アナスタシアが語り出すと、グローリアは相づちを打って聞き入る姿勢を見せる。
「狂気に冒され、妄言を吐いたり、物を投げつけてきたり……もう、手の付けようがありません。治療を試みましたが、薬も治癒術も効かなくて……そのようなとき、こちらの巫女さまが素晴らしい力をお持ちだと伺い、こうして参ったというわけです」
疲れ切ったため息を漏らしながら、アナスタシアは語る。
巫女に会うための口実ではあるものの、この悩みも真実だ。
わざわざ演技などしなくても、勝手にアナスタシアの表情は深刻な悩みに彩られている。
「それはお心をお痛めになっておいででしょう。第二王女殿下の元に巫女がお伺いするのをお望みでしょうか?」
「そうですね。でも、その前に一度、巫女さまにお目にかかりたく存じます。本当に治療が可能なのか、お伺いしてみたいのです」
巫女に会うのがふたつ目の目的なので、アナスタシアはそう答える。
本当にジェイミーを治療できるなら、ぜひともセレスティア聖王国までやって来てほしいものだが、それは後回しだ。
ちなみに、ここに来るまでの間に、エリシオンにも治療は可能かと尋ねてはみた。
だが、性根の悪さを魔術で治療する方法はなく、殴れとのことだった。あとは洗脳するしかないとの答えで、諦めたのだ。
魔王がそういうのだからもう無理だとも思ったが、治癒術に関しては教団の巫女である魔族のほうが上かもしれないという。
実はアナスタシアは、ジェイミーの更生について結構期待していた。
魔族の目的がどうしても相容れないものならば仕方が無いが、体の一部を成長させる呪法のこともあるので、なるべくなら友好的な関係を築きたい。
「……それでは、巫女に確認して参ります。しばらくお待ち下さい」
グローリアは、アナスタシアの願いを受け入れる。
今のところは順調に進んでいるようだった。






