153.いきなりの挨拶
瑠璃宮でのメレディスとの会食は無事に終了した。
気の毒なくらい張り詰めていたホイルと、それより少しまし程度に緊張していたレジーナは、味などわからなかったかもしれない。
大分慣れてきたアナスタシアと、魔王という身内がいるためか肝の据わっているブラントは、普通に食事を楽しむことができた。
メレディスは穏やかな態度を崩すことなく、食事マナーなどに目くじらを立てることもなかった。
以前から思っていたことだが、メレディスは身分による差別意識が薄いように、アナスタシアには感じられる。
ただ、この場にいるのは全員、将来有望な魔術師ばかりなのだから、そのために悪い印象を残さないよう、気さくに振る舞っているのだろうか。
「……きっと、マルガリテス襲撃のせいだろうな。貴族も平民も、血の色も肉の色も変わらず、斬れば死ぬと見せつけられたからな」
さりげなく尋ねてみると、メレディスは苦笑しながらそう答えた。
マルガリテス襲撃事件は、色々な影響をメレディスに及ぼしているらしい。
「そういえば、パメラの姿を見ていませんが、どうしたのでしょうか?」
マルガリテスの名が出てきて、アナスタシアは瑠璃宮の侍女であり、前マルガリテス伯爵家の生き残りであるパメラのことを思い出す。
今回、レジーナを連れてやって来てから、パメラの姿を見かけていないのだ。
「ああ……侍女ではなく、別の仕事をしてもらっている」
「そうだったのですか。どのような仕事をしているか、お伺いしてもよろしいですか?」
強い興味があるわけではないが、マルガリテス返還をとても喜んでいたパメラのことは、アナスタシアも少し気にしていた。
答えがなければ構わない程度の気持ちで尋ねてみる。
「うむ……まあ、そのうちそなたにも詳しく話そう。その話はまた今度だな」
メレディスは少し気まずそうに答える。
何か密命でも受けているのだろうかと、アナスタシアはそれ以上問いかけることはせず、ただ頷く。
最後に侍従が持ってきた褒賞の金貨をアナスタシアたち四人にそれぞれ渡し、メレディスは去って行った。
メレディスの姿がなくなると、レジーナとホイルはやっと息がつけるといったように脱力し、ぐったりと椅子にもたれかかる。
「緊張しましたわ……」
「……ぐったりした」
レジーナとホイルは疲れ切ったように呟く。
もう夜になってしまったので、レジーナとホイルには瑠璃宮に泊まっていってもらうことにした。
侍女たちに客室を用意してもらう。
「先輩も客室?」
「いや、俺は自分の部屋をもらってるよ」
「そうかよ……」
ホイルとブラントはいつものやり取りをしている。
「これらの香油は花の香りのもので、ここからは柑橘系らしいわ」
「まあ……こんなにあると、迷ってしまいますわね」
アナスタシアとレジーナは用意された何種類もの香油から好きなものを選ぶなど、女の子同士の話題に花を咲かせていた。
そうして和気あいあいとした時間が流れていく。
やがて夜も更けて、それぞれの部屋に行って就寝となった。
翌日、レジーナとホイルはリッチ商会ジュード支店に向かった。
アナスタシアとブラントはジェイミーのいる離宮に向かう。
ジェイミーはもともといた王女宮ではなく、療養のためという名のもと、軟禁用の離宮に移されていた。
王城地区にある離宮に、二人は馬車に乗っていった。
優美な造りではあるが、色彩が落ち着いているためか寂しげな印象も受ける離宮にたどり着くと、すでにメレディスから話が通っているようで、アナスタシアとブラントは中に通される。
離宮の内部は、掃除は行き届いているものの、王女宮にはたくさんいた侍女たちの数も少なく、閑散としていた。
また、大きさもこぢんまりとしていて、ジェイミーの部屋にすぐたどり着く。
「じゃあ、俺はここで待っているよ。大丈夫だとは思うけれど、もし何かあったら大声を出すとか合図してね」
いちおう高貴な女性であるジェイミーの部屋に、男性であるブラントは正当な理由なく入ることはできない。
実際は魔石が埋め込まれていないか確かめるためだが、表向きは姉であるアナスタシアが妹の様子伺いに来たとなっている。
その気になれば護衛として無理やりにでも連れて行けるだろうが、アナスタシアにとってジェイミーは戦闘能力的に脅威でも何でもない。
ブラントには部屋の外で待っていてもらうことにする。
「失礼するわ。ジェイミー、調子は……」
部屋に入り、口を開きかけたところで、アナスタシアに向かって何かが飛んでくる。
反射的によけてかわすと、アナスタシアの斜め後ろでガシャンと陶器が割れるような音が響く。
見れば、花瓶が壁に当たって割れ、残骸が床に落ちていくところだった。
「何をしにきた、このクソ魔女が! お前なんざ、さっさと野垂れ死んでしまえ!」
憎悪に染まった悪鬼のような顔で、ジェイミーが王女らしからぬ罵倒を叫ぶ。
花瓶を投げつけてくるという、いきなりの挨拶にアナスタシアは大きなため息を吐き出す。
どうやら再教育はまったく効果が表れていないようだった。






